第3話 略奪する猿
沈黙が続く重い空気の中、長老が口を開いた。
「レッドベアの縄張りが変わったのじゃ。」
「変わった?」
「そうじゃ、住処を追われたという表現の方が正しいかのう。数年前、、何処からともなく猿の群れがこの樹海の北部にやってきての・・・。レッドベアは元々この樹海の北東から滝つぼ辺りまでを縄張りとしていたのじゃが、奴らに追われ、最近ではこの辺まで移動してきたようじゃ。」
「猿?コングですか?」
「いや、違う。」
長老は渋い顔をしながら話を続けた。
「体の大きさはコングより小さい。」
「コングより小さいのに、レッドベアより強いんですか?」
「いや、1対1ならコングも負けはせぬ。奴らの恐ろしさは数と統制力・・いや、結束力と言うべきか?奴らはまるで人のようじゃ・・・。」
ギリッと強く杖を握りしめる長老は悔しさがその手に滲み出ていた。
「そして奴らは奪い取る・・・レッドベアからも住処を奪い取りおった。いずれこの樹海は奴らに略奪されるじゃろうよ。まぁ・・それゆえ儂らは奴らを『プランダーエイプス《plunder apes》(略奪猿)』と呼んでおる。」
・・・
(※以下、文章の間や、読み易さを考慮して『猿』と『プランダーエイプス』を併用させていただきますm(_ _"m)最後まで良い名前が閃きませんでした(~_~;)))
・・・
「略奪・・・・ですか。(さっきのレッドベアの傷はきっと・・)」
「そうじゃ・・・それに繁殖力もなかなかでの・・・この樹海に現れた当初は30匹ほどの小さな群れじゃったのだがのぉ・・・最近奴らの群れを見た者の報告では、250以上はいるようじゃ・・。」
「と、言う事はもっといるかもしれませんね・・・。」
「そうじゃの・・・まぁ、いずれにせよ・・・奴らに見つかれば、この場所も奴らに奪い取られ、儂らは殺されるじゃろうな。まさか人族に追われた儂らが、猿に滅ぼされるとは思わなんだ。」
「そんな・・。」
「地上に上がれば人族に襲われる・・・ここにいても奴らに襲われる。儂らに行き場はない。」
「・・・・。」
エストは長老の話を聞いている間中、震えながらギューーッと抱き着いているファルナの背中を優しく撫でていた。そして自分の想像以上の事の深刻さに言葉を失っていた。
「ここまでレッドベアの縄張りが下りてきている事がその証拠じゃ。とは言え、もう既にここまで来ているとは思わなんだ・・・。調査不足じゃった・・・そのせいで、フォックとファルナを危険な目に合わせてしまった。フォック、ファルナ・・・臆病で優柔不断な儂のせいで本当にすまなかった。」
長老は、フォックの方に体を向けると深々と頭を下げた。
「そんな・・・村長・・・。調査も命がけです。先の調査で仲間を失った長の悲しみ・・私も痛いほど分かります。どうか・・・顔を上げてください。」
そんな長老とフォックのやり取りを見ながらエストは考えていた。
『この人たちを救うには・・・。』と。
****
長老が去った後、エストはそのままファルナの住処で一晩を過ごす事になった。
「すまない、エスト君・・・村長が込み入った話をしてしまって。」
寝床の用意をしていたエストに、フォックが気まずそうに話しかけて来た。
「いえ。聞けて良かったです。」
「ど、どうしてだい?無関係な旅人にする話じゃなかったのに・・・。」
躊躇いなくそう答えるエストをフォックは不思議で仕方なかった。
「知らなかったら・・・俺はきっと後悔してた。」
「え?」
「知らないままここを去っては・・・俺は絶対に後悔してました。」
エストは、寝ているファルナの頭を愛おしそうに撫でているフィンナを見ながらそう答えた。
「最初・・・安直にここに住む人たちを全員崖の上に避難させれば・・・と考えたのですが、それですべてが解決するわけでもないようですし・・・。」
「ちょっと待ってくれ・・全員を上にって・・・どうやって?」
「え?ジャンプして。」
「は?」
何の冗談かと思ったフォックだったが、真顔でそういうエストを見て笑いそうになってしまった。しかし、夕食時にファルナが興奮して話をしていた事を思い出した。
・・・
『お兄ちゃんね、すごい高いとこにあった岩場までピョーンって飛んだんだよ!!!』
・・・
「そうか。君はレッドベアもあっさり倒してしまうくらいの手練れなんだったね。」
「あ・・いえ、レッドベアが手負いだったので・・・。でも、やっぱり崖の上に逃げても解決になりそうにないので・・・もう少し考えてみます。」
「そんな・・・君は気にしないでゆっくり休んでくれ。」
「・・・ありがとうございます。」
気を遣ってくれたフォックに礼を言い、エストは横になることにした。
『考えても考えても、良い案が出ない時は出ないものよ。そしたら一旦寝ちゃった方がスッキリするわ。』
横になりながらリュナの言葉を思い出したが、絶賛お悩み中のエストはそんな簡単に寝付けるわけがなく「母さんの頭の中ってどうなってるんだろう??」と思うのだった。
****
翌朝・・・早朝にも関わらず外で人が集まっている声が聞こえてきた。様子が気になったエストが外に出ると、男性達が集まり険しい顔をして話し合っていた。中には体を震わせながら泣いている者もいる。
「おい!!入口付近に奴らがいるらしいぞ。」
「やばい!このままじゃ見つかっちまう!殺されちまうぞ!」
「俺らはもう・・お終いだな・・。」
「いや!!!裏口から出て、誰かが引きつければ・・・。」
「しかし、あそこは崖の「裏口??」
「あ!エスト君。」
話合いにエストが顔を出すと、フォックは「しまった。」という顔をした。
「フォックさん。俺が行く。誰か案内してくれ。」
「くっ!やっぱりそう言うと思ったよ。いや!!!君を巻き込めない!奴らにやられて死ぬ可能性だってあるんだ!」
語気を強くエストにそう言ったフォックは、エストに背を向け他の男性と話し始めた。
「フォックさん・・・・フォックさん・・。」
エストが話しかけ続けるもフォックは無視する。よほど巻き込みなくない様子だ。しかしエストはフォックの肩を掴んで強引に振り返らせた。
「フォックさん!!!!!この中で俺が一番強い!!!!!」
「ぐ!!!!!!」
悔しそうに俯いて涙を堪えるフォックに、エストは両肩を掴みさらに語り掛けた。
「俺がこの中で一番生きて帰ってこれる可能性が高いだろ?」
「く・・・・・。」
それでも答えないフォックを諦めたエストは、別の獣人に話しかけた。
「猿達に入口が見つからないように、別の場所に誘導していけば良いんですか?」
「あ、ああ。そうだが・・・・。」
「この話し合いで迷っているうちに見つかってしまえば、それこそこの話し合いの意味が無くなってしまう。」
「ああ。」
「すぐに案内してください!」
エストがそう言うと、今度はフォックがエストの両肩を掴んだ。
「どうして・・・どうして君はそこまで!!!」
顔を下げ、涙を零し声を上げるフォックにエストは優しく話掛けた。
「フォックさんやフィンナさん・・ファルナ・・村長・・俺はここにいるみんなを助けたいんです。」
「どうして・・昨日会ったばかりじゃないか・・・。」
「んーー・・一晩でみんな良い人だって分かったし。好きになったから助けたいって思うのは自然な事じゃないですか???」
「しかし・・・・!?!?・・・君って人は・・・。」
顔を上げエストの顔を見たフォックは力が抜けてしまった。
屈託のない笑顔に中てられ『私の負けだな・・。』と思ったフォックは「案内は私がする。」と言いエストを裏口に連れて行った。
裏口への通路は、正規の入り口の洞窟より狭く屈みながら進むような場所だった。その通路を数十m進むと先に明かりが見えて来た。エスト達は出口の明かりが見えると進むペースを上げた。
しかし裏口の出口に辿り着くと、そこは崖の中腹にある岩場の上だった。
「ここが裏口だが・・・こんな場所ですまない・・・。」
「ありがとう。そんな事ないよフォックさん。むしろ都合がいい!!。」
心配そうな顔をしているフォックに笑顔で親指を立てると、エストは迷わず岩場からジャンプした。
「わっ!?」
フォックは自分の娘の話を信じていなかった訳ではなかったが、実際にこの高さをジャンプするエストの姿に驚きを隠せなかったが、遠くに着地したエストが走り始めたのを見たフォックはエストの無事を祈った。
「無事に戻ってきてくれ・・・。」
****
岩場からジャンプしたエストは、飛び降りている最中2つの事が気になった。
1つは紫色の動物が、素早く動く影に襲われている事。
そして、もう1つは入口を隠している枝葉を怪しんで見ている2匹のプランダーエイプスがいた事だった。
着地したエストは、とりあえず目的を果たすため枝葉を怪しんでいる2匹に向かって大声を上げた。
「おい!!!!こっちだ!!!」
「ギャ!?」
「ギギ?」
エストの声に反応した2匹が木々を渡りながらエストに向かってきた。
「よし!」
2匹が自分に向かって来るのを確認したエストは、襲われていた動物の方に向かい走り出した。
走っている途中に
「クゥウウ・・・」
という鳴き声が聞こえたエストは足を止め、声がした方に顔を向けると昨日倒したレッドベアの子供と思われる小熊が素早い影に襲われていた。
小熊に攻撃を加えた影が枝の上に飛び移ると、やはり先程見た2匹と同じ種類の猿だった。確かにコングよりは小さい体だが、腕はやや長く、鋭い牙と爪を持ち、真っ黒な体毛の中にある鋭い目はギラギラしていた。
『ニタァ』と不快な笑みを浮かべた猿が、再度子熊を攻撃する姿勢を取った。それを見たエストが飛び出すが、一つの影に背中を爪で削られてしまった。
「ぐ!!!」
振り返ると先程の2匹に追いつかれていた。さらに鋭い爪でエストの命を奪いに来る。
「くっ!!殺らなきゃ、殺られる・・・。」
エストが剣を抜こうとした瞬間、今度は子熊を襲っていた猿に背中を蹴られた。よろけたエストに追いかけて来た1匹が、牙をむき出しにして襲いかかる。身を翻して回し蹴りを繰り出すも、動きが素早く躱されてしまった。
その隙にまた別の猿に右腕を爪で引っ掻かれ、違う個体には左脇腹を殴られた。
「がぁああああ!!」
左によじれたエストの右首を狙って、回し蹴りを躱した猿が再度牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
スキル「
堪らずエストは重力負荷を自分を中心にした半径2mの範囲に切り替えた。
「グギャアアア!!」
「ギィィィィ!」
「グギィイ!?」
3匹のプランダーエイプスが一気に地面に平伏すような姿勢になった。しかし、2倍の重力下でも立ち上がろうとする猿達を目にしたエストは、剣を抜いた。
「グギギ!!」
危険を感じた3匹は何とか半径2mの範囲から抜け出すと「ギャッギャッ!」と互いに合図を送り、樹海の奥に退いていった。
「いててて・・・くそ・・・考えが甘かったな・・結構やられちゃった・・・。」
顔を歪めてそう呟いたエストは、剣を収め、スキルを解除すると蹲っている小熊に近寄った。小熊は気を失っているようだ。
「息がある。」
ホッとしたエストは、小熊を担ぐと、滝の音が聞こえる方向に向かって歩き始めた。
崖の上から流れ落ちる楕円型の滝つぼの水はとても綺麗だった。良く見ると魚も泳いでいる。滝つぼの周囲は開けており青空が良く見えた。夜になればさぞや神秘的な姿を見せてくれる事は想像に難しく無かった。
ここに辿り着くまでにリュナに教わった薬草をいくつか取っていたエストは、滝つぼに着くと小熊の傷口に汲んだ水で傷口を洗い、作った傷薬を小熊に塗り始めた。
「キュアアアアア!?!?」
傷薬が染みたのか、奇声を上げた小熊が目を覚ましてエストを見ると、驚いて距離を取ろうとするが傷のせいか動けないようだった。とても気弱な目をしている。
エストを親の仇と理解しているのだろう・・・素直に応じてくれる訳がない事はエストは重々に理解していた。しかし小熊を放っておけないエストは、自分の傷口に傷薬を塗り込むのを見せ、その後も震える小熊に何も言わずそっと塗り込む作業を続けた。
自分を理解して欲しい・・とか、許して欲しい・・・という思いは一切無く、エストには「この子を助けたい。」という思いしか無かった。
「この状況を見られたら、また母さんに『甘い』って言われるのかな・・・。」
歯を食いしばりながら、染みる傷薬に耐え抜いた小熊の頭をそっと撫でたエストは、そのまま何も言わずに立ち去った。
「キュゥウウ。。。」
子熊はエストが去っていった方向を見つめていた。
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