第2章 それぞれの試練

第1話 レッドベア


アリエナからほぼ真北にある水産都市グラティアに向かうには3つの手段があった。


最短で一番安全なのは、アリエナとグラティアを繋ぐマーテル河を船で上る方法だった。マーテル河は、グラティアから流れるたくさんの川の中で一番川幅は広く流れは穏やかだった。そのため(無理をしない限り)事故は少なく安全な手段だった。


二つ目は、比較的上り下りが少ない陸路だった。アリエナを東門から出るとすぐに分かれ道があり、ひとつは東のイヴァリアに続く街道、もうひとつは北のグラティアに続く街道だった。グラティアに向かって真っすぐ伸びるその道は、イヴァリアに向かう街道と同じく、日々商人達に使われているため綺麗に整地された道だった。


最後は西側を迂回する方法だった。アリエナとグラティアを繋ぐマーテル河の西側には深い谷があった。崖の下にあるその谷は樹海が広がっており、谷の周囲は山々で囲まれていた。そのため、西門から出てグラティアに向かう者は、山々を避け、半円を描くように迂回するしか方法がなかった。この行路は遠回りになる方法ではあったが、途中には農村集落が2、3あるため、西側の行路を使う者は、その途中のどこかの村で宿泊をしながらグラティアに向かうのが安全で一般的だった。


-イヴァリア歴15年6月16日-


アリエナを出発して2日、西門を出たエストは西の行路ではなく谷の樹海に向かっていた。


****


その昔、アリエナに『西の山を切り開き、谷にグラティアまで続く橋を架ける。』という壮大な計画を立てた者がいた。その者はその足掛かりとして、樹海の森を調査する調査団を結成した。80人程集まった調査団は、人々の機体を受け意気揚々と出発した・・・・・が、数日後、谷から戻って来れたのはたったの2人だった。


「赤い悪魔が・・・赤い悪魔が・・・。」


そう何度も呟いては発狂する2人は精神を患ってしまっていた。


人々はその彼らの証言と、調査団に参加した20人の騎士が1人も戻っては来なかった事から、樹海の森には魔物である『レッドベア(毛も目も真っ赤なため、そう名付けられた)』が生息すると推測された。アリエナの人々は谷に橋を架けることは諦め、西の行路はこれまで通り迂回路を使用する事にした。


****


しかし、エストはその樹海の森に向かっていた。アリエナを出る際、リュナから『祖父に会いに行く前に、樹海のレッドベアを倒す事!』という課題を課せられていたのだった。リュナ曰く、昔レッドベアと対峙したことがあったらしいが、今のエストのスキルや動きを見れば、倒せるはず、、らしい。


それと笑いながら『やばかったら、レッドベアに「0⇔100ゼロワンハンドレットの100gravity」かけて逃げればいいじゃん』と言っていた。


西門を出たエストは、フード付きのマントを羽織っていたが、山に入り暑くなるとマントを脱ぎ、皮の装備も外して山を登っていた。脱ぐと何故かマントや装備を脱いだ方が自分らしくあれるような気がした。そして山を越え下っていくと、岩肌がむき出しになっている山の麓に辿りついた。その岩肌の先は断崖絶壁になっており、その崖の下には大きな樹海が広がっていた。


「この下のどこかにレッドベアがいるのかぁ・・。」


エストは自分が立っている場所の反対側に、マーテル河から分岐してきた川から流れ落ちる滝があるのを見つけた。「下に降りても水の確保は出来そうだな。」滝を見つけそう思ったエストは、下を覗き込み、降りるポイントを探しながら崖淵を歩いていた。


「あ、ここの下、ちょっと開けてるな・・・・。」


エストは、立っている場所の真下に樹木の無い少し開けている場所を見つけた。樹木で下が見えない他の場所より安全に下りる事が出来そうだった。


「よし!ここから下りよう。」そう思った時、『ギギ・・バサバサバサ!!!!!』と樹木が倒れる音がした。音がした方に目を向けると、倒れた樹木の下に赤い魔物がいるのが見えた。


「あれがレッドベア???ん?人がいる・・・のか??」


赤い魔物の先に、魔物から逃げる小さい人影が見えた。その影はエストの真下にある開けた部分に走ってきたが、逃げ場を無くし、赤い魔物に追い詰められた状況になってしまった。


「やっぱり人だ!」


追い詰められたその人影は小さい女の子だった。


「お父さん・・・助けて・・・。」


震えながら少女は父に助けを求めたが、間を詰めたレッドベアが右腕を振り上げた。


もう終わりだ・・・・そう思い覚悟した少女はギュッと目をつむった。


「だぁ!!!!!!」


「ガアアアアアアアア!?!?」


が、レッドベアの一撃の代わりに男の人の声がした・・・少女がつむっていた目を開くと、レッドベアが体をのけ反らせてそのまま真後ろに倒れた。


レッドベアが右腕を振り上げた所に、崖から飛び降りたエストがレッドベアの右肩を蹴ると、その反動を利用して少女の前に着地したのだった。


「大丈夫??」


「え!?!?・・・ひっ・・・人族!!!!」


安否確認のため少女の方に振り返るが少女に恐がられてしまった。


「ん?君も人族なんじゃないの??」


何故恐がられたのか分からず、キョトンとしたエストは少女をよく見ると少女には狐のような耳と尻尾を生やしていた。


「え?きみって『グウウウウウウウウ・・・。』


そのまま少女に話しかけようとしたが、背後からレッドベアの唸り声が聞こえた。姿勢を低くして、こちらに突撃してくるつもりのようだ。


「ウヴァゥ!!!!」


エストが振り返るとレッドベアが突進してきた。


「やばっ!!」


エストは急いで少女を抱きかかえると、大きくジャンプした。


「ひぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」


叫ぶ少女に構わず、レッドベアを大きく飛び越えたエストは、人が数名座れそうな崖の途中にせり出した岩場に少女を座らせた。


「ちょっと待っててね。」


「ひっ・・・え?」


エストが手を伸ばすと、その手に怯えた少女の頭の軽く撫でた。


「ファルナーーー!!!」


「お父さん・・?」


「ガ!?」


崖に激突したレッドベアが上下左右を見渡してエストを探していると、後方に叫びながら一人の男性が現れた。レッドベアは赤い目を大きく見開くと、今度はその男性に対象を変え走り出した。


「くっ、レッドベアっ!!」


少女と同じく狐の耳と尻尾を生やした男性が、レッドベアの突撃を必死に躱そうとしたが吹き飛ばされ、その勢いのまま木にぶつかり意識を失ってしまった。


「ああ!!お父さん!!!」


少女が崖から身を乗り出すと、レッドベアが男性に駆け寄り、再び右腕を上げて止めを刺そうとした。


「やべっ!!」


レッドベアが右腕を振り下ろす・・・・が、空振りしたレッドベアはそのまま転がり倒れてしまった。


「グガ!?」


不思議に思ったレッドベアが体を起こすと、エストが男性の前に立ちはだかり、その足下には自分の右腕が落ちていた。


「あぶねー・・。」


レッドベアが右腕を振り下ろす間際、岩場から飛び出したエストがレッドベアの右腕を斬り落としていたのだった。


「ガギャアアアアアアアア!!」


発狂したレッドベアの真っ赤な目は怒りに満ちていた。エストを睨みつけて立ち上がったレッドベアは左腕を振り上げた。   


「遅い。」


しかしエストは瞬時にレッドベアの右側にまわると、勢いよく剣を真横に振り抜いた。


「グギャアアアア!!!」  


叫んだレッドベアの腹部がバクッと裂けると、そこから血を吹き出して前のめりに倒れた。


エストは剣に着いた血を払い落して鞘に納めると、倒れたレッドッベアに目を向けた。赤い毛色のせいで、遠目ではよく分からなかったがレッドベアは全身傷だらけだった。


「何かに襲われたのか・・・?」






「お父さん・・・・。」


「あ!そうだった。」


レッドベアの状態に気を取られ、一瞬少女の事が頭から抜けてしまっていたエストが顔を上げると、少女は岩場の先から四つん這いになって泣き顔を出していた。


「ごめんね。お待たせ。」


慌てて少女のもとへジャンプしたエストは、少女を抱き上げ再び岩場から飛び降りた。


「ひっ!・・・・・・・え???」


先程、勢いよく飛び降りていったエストに抱かれた少女は、その勢いのまま落ちていくのだと思い身構えた・・・・が、ふわっと宙に浮かぶようにゆっくり落ちていく状況に呆然としていた。


ストッと静かに着地したエストは、少女を地面に降ろすと、少女は「お父さん」と呼んだ男性の下に駆け寄って行った。


「お父さん!!!お父さん!!!」


悲痛に叫ぶ少女の下に歩み寄ったエストは、彼女の父親の脈と呼吸を確かめると彼女を落ち着かせるように「気を失っているだけで時期に目を覚ますよ。」と優しく語り掛けた。


ホッとした少女は、立ち上がるとエストに礼をした。


「助けてくれて・・・ありがとう・・ございます。」


汚れた茶色のワンピースに身を包んだ少女が顔を上げると、エストは少し微笑んでいる少女に安心した。少女の髪は肩まである赤みを帯びた黄褐色で、毛先はちょっと乱切りだった。眉毛は気弱に下がっているが、まつ毛が長いパチッとした目はとても可愛らしいものだった。


フッと微笑んだエストは、男性を背負うと「このままここにいると危険だから、えっと、君?の住んでいる場所に案内してくれるかな??」と少女に問いかけた。


コクッと頷いた少女は「私・・・ファルナ。」と自分の名前を教えてくれた。


「ファルナ・・・可愛い名前だね。君にピッタリな可愛い名前だ。俺の名前はエスト。よろしくね。ファルナ!」


ニコッと笑顔を見せてエストがそう言うと、ファルナは体をもじもじさせながら顔を赤くしていた。




エストは意識せずに謎のスキル「幼女殺し」を発動していた・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る