第19話 旅立ち


アルマの暴露に一同固まった。


「何それ??」


「アルマもよくわからなーい。」


「エスト・・あんたいったいどこで何をやってるの???」


「ええ!?何もしてないよ。」


ジト目で見てくるリュナとイリーナに、エストはアルマを抱っこしながらたじろいだ。


「まぁ・・・いいわ。あんた天然の人たらしだものね。」


「なんか・・酷いこと言われている気がする。」


ガクッと項垂れたエストの頭を、アルマがいい子いい子している。


「で、いつ・・・旅に出るの?」


「ん?あ!母さんに聞いたのか・・・。うん、明日にでも。」


「ええ?そんなに急に??」


「うん!早い方がいいと思ってさ!!!!」


「あんたワクワクしてない?」


「え?うん。してる。」


そう言ってニッと笑ったエストを見たイリーナは『これは何を言っても明日行くな・・。』と思い、深くため息をついた。


「分かった。絶対帰って来なさいよ。」


「うん!もちろんだよ!」


エストの胸の中で話を聞いてたアルマが、ギュッとエストにしがみついた。


「エスト??どっかに行っちゃうの?」


「ちょっと冒険にね!」


「ちょっとってどれくらい??」


「うーん・・・分からないや。」


エストは、ウルウルした瞳で上目遣いをしてくるアルマについ言葉を濁してしまったが最後・・・


「やーーーーーーー!!!!行っちゃ、やーーーーーだーーー!!!!」


「あ!!こら!!アルマ!!」


「やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」




ギャン泣きするアルマを説得するのに1時間掛かってしまった。



****


「いやぁ・・・あんたが色んな所で『キラー』してるとは思わなかったわ。」


「その話はもう止めて・・・。」


家に帰り、旅の支度を終えたエストがダイニングの椅子に座っていると、リュナがニヤニヤしながらマグカップを2つ持った来た。


「ほい。」


「ありがとう。」


「さてと。」


リュナは疲れた顔をしているエストにコーヒーを差し出すと、自分の分はテーブルに置いてソファーが置いてある居間に向かった。リュナがリビングテーブルを退かせて、床に敷いてあるカーペットを捲り始めると、エストが驚いた様子で居間に顔を出してきた。


「え??何しているの?」


「うん。ちょっとね。確かここに・・・。あった。」


リュナが捲ったカーペットの下から、外れるように加工された床板が出て来た。


「エスト、これ外してみてちょうだい。」


「うん。」


エストは恐る恐る床板を外してみると、床下に何かをくるんだ布があった。床下に手を突っ込みその布を手に取ると、感触からそれが剣だと分かった。


「これって・・・・。」


「布を外してみて?それはあたしが愛用していたものよ。」


「母さんの?」


リュナが無言で頷く。


「きれいだ・・。」


エストは鞘から抜いた剣身の輝きに見惚れていた。昨今、剣士の間で鍔の装飾にこだわるのが流行りになっているのだが、リュナの愛用していた剣は余計な装飾などはなく、円を二つ重ねたようなデザインのとてもシンプルなものだった。


「持って行きなさい。」


「え!?」


「旅に出るには必要なものよ。」


「でも・・・俺は今日母さんが買ってたのが、そうなのかと思ってた。」


「これはあたしの愛剣の代わりよ。」


今日、エストがクリードへの挨拶を終えてイリーナ達と合流すると、リュナが一本の剣を持っていた。あまり高くもなく、安いものでもない、騎士見習いが持つような一般的な剣であったため、エストはそれが自分用なのだと思っていた。


「いや、俺がそっちでいいよ。」


「ふっ・・・今からなぜその剣が必要なのか説明するわ。」


「え・・・その顔・・・何か嫌な予感しかしないんだけど・・。」


『ふははは』と今にも牙が見えそうな(ないけど)歪な笑顔をリュナはしていた。



****


「どう?こっち持ってく??」


「いえ、母さんの剣でお願いします。」


説明を終えたリュナが悪戯顔でエストに一般的な剣を差し出すと、エストは135°くらいの角度で頭を下げるのだった。


****


-イヴァリア歴15年6月14日-


早朝にエストとリュナはアリエナの西門にいた。


「え?あの子1人でですか?」


「そうよ。」


「あの歳で外に出る事は珍しい事ではないですが・・・1人いうのは・・・。」


「大丈夫よ。あの子強いから。」


「はぁ・・まぁ、リュナさんが言うなら。」


リュナが門兵と話を付けていた。


エストのように洗礼の儀式により家業を継ぐようにと言われた者で、家が大所帯のため出稼ぎに出る者や、その他の都市町村で働くように言われた者など、エストと同じ年の頃でアリエナを離れる者は決して少ないわけでは無かった。しかし、大抵は数人で馬車に乗り合わせたり、家族に送ってもらうというのが一般的な出方であり、早朝に1人でアリエナを出るという事例は門兵の彼にとっては初めての事だった。


「じゃあ、よろしくお願いね。」


「分かりました。」


そう言って門兵から離れ、エストの所に戻って来たリュナは親指を立てていた。


「上手く説得出来たわよ。」


「ありがと・・・ふぁ・・。」


「何?眠いの??弛んでるんじゃない??」


「母さんのせいだから・・・。」


「ん???何の事???」


口笛を吹いてそっぽを向くリュナにエストは項垂れた。


****


昨夜、エストが一人でゆっくり寝ていると、急にリュナがベッドに侵入してきたのだった。


「は!?何やってるの??」


「いいじゃん・・しばらく会えないんだし・・・。」


「えーー・・・・・・・。」


嫌がったエストだったが、ほろっと涙を零すリュナを見てしまい、仕方なく一晩だけリュナの抱き枕になることにした。




までは、よかった。


「いてっ!」


肘打ちをお見舞いされ


「おふっ!?」


腹部を膝蹴りされ


「あーーーーっ!?いってー・・・・。」


ベッドから蹴落とされた。




****


「母さんが寝相悪いこと忘れてたよ。」


「だから、何の事かなぁ???」


「はぁ・・・もういいよ。」


ため息を吐いてエストが顔を上げると、門兵から声が掛かった。


「リュナさん!エスト君!許可出しましたよ!こちらへどうぞ。」


「はい!」


エストが門兵の下に足を向けると、背後からリュナに抱き締められた。


「エストなら大丈夫!何があっても乗り越えられるよ。」


「うん。」


「無事に帰ってきなさいね。」


「うん!!!」


ポンポンとリュナの腕を優しく叩いくと、エストは門兵の下に歩みを進めた。


大きな城門の脇にある人用の小さな門の前にエストが立つと、内開きのドアが開かれ、ドアの外側にある鉄格子がゆっくりと上がっていった。


外に出て振り返ると、リュナがボロボロと涙を流しながら手を振っていた。今度はゆっくりと鉄格子が下がるとドアが閉じられ始めた。


エストはニッといつもの笑顔を見せると、リュナに向かって大きな声を上げた。


「行ってきます!!!!!!」






閉じられたドアを見て、エストは小さく息を吐き出すとくるっと振り返り、最初の一歩を踏み出した。


上を向いたエストの瞳に、綺麗な青空が映し出されていた。

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