第15話 神国イヴァリア ~カリン~
―イヴァリア歴12年8月20日―
カリンが馬車に揺らされる事(途中2度の休憩を挟みながらも)約8時間、ようやく神国イヴァリアの城壁が見えて来た。毎日、行き来する商人達のために、アリエナとイヴァリアを結ぶ道は綺麗に整備されていた。そのゆえ馬車の乗り心地は悪いものでは無かったが、長時間座りっぱなしだったカリンはさすがに疲れた様子だった。
「大丈夫かい?あともう少しだからね。」
「うん。」
カリンの隣に座っていた父親が彼女を気遣った。カリンの父親、ロイド・リオネルは温和な性格の持ち主で、細目のせいか、他人にいつも笑っている印象を持たれてしまう人物だった。ちなみにカリンを溺愛している。そしてカリンの正面にいる金色の髪を後頭部でふわっとまとめ上げ、少し垂れ目でおっとりした雰囲気の女性はカリンの母親、ローズ・リオネルだった。カリンは母親似だった。
12歳の洗礼の儀式で、イヴァリアに入国が認められた都市町村の子供達の親の中には、自分達は地元に残り、子供だけを『イヴァリアの各高等学校にある寮に預ける。』という選択をする親もいたが、ロイドは迷わず共にイヴァリアに行くことを選択した。(入国が認められた子供の親で『女神の心』に祈りと誓いを立てた者は入国を認められた。)「カリンに寂しい思いをさせたくないんだ。」とローズに説明していたロイドだったが、『自分がカリンと離れたくないだけ』という彼の本音は女房にはお見通しだった。
アリエナから一番近い入国口は西門であるのだが、西門にはアリエナから来た物資運ぶ商人で常にごった返しているため、カリン達は迂回して南にある正門から入国する事になっていた。
手続きを終え、正門を抜け初めてイヴァリアに入国したカリンは、神都の景色に圧倒された。城に続くメイン通りは綺麗に石畳が敷き詰められ、両側には絢爛豪華な建物が建ち並び、美しい服飾を身に着けた人々が優雅に往来していた。
呆気にとられながら、父親に手を引かれ歩いて行くと小さな橋があり、下には人工的に造られた水路に綺麗な水が流れていた。橋を渡ると噴水のある広場があり、その中央部には大きな銅像が立っていた。
銅像の男は短髪で、太い眉毛に角ばった顔をしていた。頼りがいのある太い腕の先には身の丈ほどもある盾を携え、東の方角に顔を向け強い視線でその先を見ていた。まるで魔族の国を見張ってくれているようだった。『誠の勇者 タクミ・イノウエ』の銅像像だ。そして像の後ろに続く道の先には美しいアルスト城があった。
神国誕生時、『アルスト城』を『イヴァリア城』に改名しようとする動きもあったが、イヴァと同じく、神のようにアルストを崇拝していた者も数多く「国から『アルスト』の名を全て無くしてしまう事は、初代勇者アルストに対し不敬ではないか??」という意見が満場一致で認められ、『アルスト城』は改名を免れた。
「物語の通りだわ・・。」
カリンは3人の勇者の物語にあった、挿絵の通りのその光景に心が震えた。まさしく神の国という名にふさわしい景色だった。
「エストがこれを見たら・・・。」
「興奮して大変だったでしょうね。」
「うん。」
ローズの言葉に笑顔で大きく頷き、目を輝かせたカリンは、しばらくその景色に心奪われていた。
-イヴァリア歴12年8月23日-
上品な白いブラウスに青いネクタイを締め、膝下まであるブラックチェックのプリーツスカートに身を包んだカリンは、アルスト城の東側にある学校の校長室に足を運んでいた。
「失礼します。本日よりこちらで学ばせていただく事になりました。カリン・リオネルです。よろしくお願いします。」
「ああ!はい。リオネルさんですね。聞いてましたよ。こちらに来たばかりで慣れない事も多いと思いますが、頼りになる先輩が多くいますので、困った事がありましたら遠慮なく相談してみて下さい。きっと力になってくれると思いますよ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「では、頑張って下さい。」
「は、はい。失礼します。」
校長室に入ると、ムスッとした表情で取っ付きにくそうな雰囲気を全面に醸し出した女性の校長が椅子に座っていた。緊張しながらも無難に挨拶を言い終えたカリンが、一礼して顔を上げた途端、まくしたてるように話し出した彼女にカリンは若干引いてしまった。
そのまま素早く退散する事にしたカリンは、また一礼して校長室を後にした。しかし退散したのは良いものの、次にどこに行けばいいのかを聞きそびれてしまった。
校長室に戻るのも気が引けたカリンは、とりあえず職員室を探すことにした。
「えーっと・・職員室・・。」
「ん??なんだお前、案内図なんか見て。」
階段ホールにある案内図を指差し、職員室の場所を確認していると、突然後ろから声を掛けれた。
振り返ると、男子生徒が3人立っていた。口調や態度に少し嫌な感じを受けたカリンだったが、とりあえず挨拶する事にした。
「え?はい。今日から転入してきました。カリン・リオネルと言います。よろしくお願いします。」
そう言ってカリンが一礼するも、真ん中にいた男子生徒がチラッとカリンのネクタイの色を確認すると、カリンの一礼を無視して話始めた。
「ああ、転入生か。あ?水かよ・・・。まぁいい、どこから来たんだ?」
「アリエナです。」
「アリエナの何区からだ?」
「農産区ですが・・。」
「ハッ!道理で田舎臭いガキだと思った。」
カリンはムッとした。初めて会った人物に対する口の利き方をせず、さらに馬鹿にして来た彼らに不快な思いをしたカリンは、ここも素早く退散する事にした。
「私、職員室に向かいますので失礼します。」
彼らに一礼して振り返り歩み出そうとすると、真ん中の男子生徒に腕を掴まれてしまった。
「待てよ!話は終わってないだろって、おい!コイツ生意気に腕輪なんかしてやがるぞ。」
「痛ッ!!やめて下さい!!」
掴まれた腕を持ち上げ、腕輪に手を掛けようとした彼をカリンは思い切り突き飛ばした。
「いてて。何だよコイツ。」
突き飛ばされた男子生徒が2、3歩後退ると、その左側にいた根暗そうな男子生徒がスッと前に出て来た。
「お前・・・生意気だな・・・。」
根暗そうな男子生徒がポツリとそう言うと、何かをブツブツと唱え始めカリンに向かって手を差し出した。すると差し出した掌からボンッと火の玉が生成されると、男子生徒は振りかぶりカリンに向かってその火の玉を投げつけた。
「え?」
突然の出来事に驚いたカリンは、両目をギュッとつむり身構えることしか出来なかった。しかし縮こまったカリンの前に、突如水の壁が立ち上がると火の玉はその壁に遮られてしまった。
「は???」
それを見たもう一人の男子生徒が、こめかみに青筋を立て、同じく火の玉を作り出した・・・その瞬間、カリンの背後から凛とした女性が現れた。
「いい加減にしなさい!!!」
カリンの前に出て怒声を上げたその女性が、ピンっと指を弾くと、3つのとても小さな水の玉が弾け出し勢いよく彼らに向かって飛んで行った。ピシャッ、ピシャッと彼らの体に当たった水の玉がその勢いで弾けると大量の水が溢れ出し、一瞬で出来上がった大きな水の玉の中に彼らは閉じ込められてしまった。
騒ぎを聞きつけた教師が、ごぼごぼと苦しむ彼らを呆然と見ていたカリンの脇を走り抜けると、彼らに向かって手を翳している女性に大声を上げた。
「クリミナ・レディフォーネント!何事ですか!?」
「はい?私は火の方々が転入生に手を出そうとしていたので、少し諫めただけです。」
クリミナと呼ばれた女子生徒が、教師を一瞥すると翳していた手を下した。彼女が手を下したと同時に水の牢を解かれた男子生徒達は、ビシャビシャに濡れた状態でぐったりと廊下に横たわっていた。
「くっ・・・あなた達、こちらに来なさい!!」
苦い顔をした教師が彼らを叩き起こすと、さっさとその場を去って行ってしまった。何とか起き上がった彼らは、ヨロヨロとふらつきながら教師の後を逃げるように追いかけていった。
「あ、助けてくださって、ありがとうございました。」
呆然としていたカリンだったが、我に返るとクリミナにお礼を言った。クリミナ・レディフォーネントと呼ばれた彼女は、右腕はノースリーブ、左腕は長袖という特徴的なブラウスを着ていた。その少しタイトなブラウスは彼女のスタイルの良い曲線を綺麗に描き出し、首元にはカリンと同じく青いネクタイを締めていた。そして、カリンと同じ金色のなめらかで艶やかな髪は腰ほどまであり、涼やかな目元は彼女の美しさを際立たせていた。
「あなたがカリン・リオネルさんですね?」
「あ、はい・・・え?ひぃっ!?」
背が自分より高いクリミナの顔に視線を合わせるため、少し顔を上げて問いに答えたカリンは、クリミナの真後ろにいつの間にか立っていた不気味な男に気づいて悲鳴を上げた。
「いやいや、好き勝手にやってくれたようですねぇ?」
甲高い声でそう言った猫背の不気味な男は、だらしなくシャツを裾から出し、灰色のぼさぼさの髪を掻きながら、三日月のように口を開きにやけていた。緩めた深紅のネクタイは、シャツを同じようにだらしなくぶら下がっていた。
しかしクリミナはその男の存在に気づいていたようで、当たり前の事のように会話を続けた。
「ああ、ヴァレンタインさん・・あなた、下の者の教育がなってないのではないですか??」
「言いますねぇ・・・ところでこのお嬢さんは??」
「今日、転入してきた子です。水の精霊の加護を受けているので、あなたが気にする事はありませんよ。」
「ほぉ・・・そうですか・・・・。初めまして、ワタクシ、スクラーダ・ヴァレンタインと申します。今後ともヨロシク。」
ニタリと笑い礼をしたスクラーダにクリミナは振り返ると、再度スクラーダに忠告をした。
「気にしないで良いと言いましたよ??それよりも先程も申し上げました通り、下の者の教育がなってないのではないですか??」
「ふはは、そうですねぇ。彼らにはワタシからも躾をしておきましょう。」
「ええ、でもほどほどにして下さい。」
クリミナの返しにフッと不敵な笑みを浮かべたスクラーダは、その後何も語らずスゥッと姿を消していった。
ため息を吐いたクリミナはカリンに向き直ると、
「さて、カリン・リオネルさん。水の精霊の加護を得ているあなたの身請けは、私がいたす事になりました。こちらに付いて来てください。」
そう言って廊下を歩きだしてしまった。その様子にカリンは戸惑ったが、クリミナに付いて行く以外の選択肢は無かった。
カリンが初登校してから約40分。この短い時間に起きた一連の出来事は、これからの学校生活にカリンが不安を抱かせるには十分過ぎる出来事だった。
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