第14話 卒業後

―イヴァリア歴13年4月―


エストは鍬で畑を耕していた。少し離れた所では、リュナが馬に馬鍬まぐわを引かせていた。


エストの家の隣にある倉庫には、一通りの農作業機械はあるものの、主にそれを使うのはリュナで、エストは人力作業だった。エストにとってはむしろ体作りになって良かった。


吹き出す汗をタオルで拭うと、リュナに声を掛けられた。


「おーい。ちょっと休憩するわよ。」


「はーい。」


路肩で腰を下ろし、麦茶を飲んで休んでいたエストだったが隣の視線が気になってしょうがなかった。


「何?ニヤニヤしてこっち見て。」


「いやね、卒業式のエストの顔を思い出しちゃって。」


「またその話??」


「だってぇ・・・可愛かったんだもん。」


飽き飽きしているエストの頬を、リュナはにやついてツンツン突いていた。



****



無事、卒業式を迎えた4人は校門に続く通路の途中で立ち止まっていた。


ドゥーエは胸を張り、イリーナは目を潤ませながらハンカチを鼻に当て・・・・クリードは既に号泣していた。


「エストぉおお!!!離れたくないよぉぉ!!!」


「泣くなよ!!クリード、また会えるって。」


「ぼんどに??あっでぐれる??」


「もちろんだよ!」


エストはそう言って笑いながらクリードの背中をさすっていると、苦笑いをしているドゥーエと目が合った。


「ドゥーエ、負けないよ!!」


「ああ!!俺もだ!!!」


エストとドゥーエは『コツン!』と拳を合わせた。


「エスト!!!」


「ふぁ!!」


名を呼ばれて振り返るとイリーナが抱き着いてきた。


「ちょ、ちょっと・・・。」


驚いて戸惑ったエストはドゥーエを見たが、彼はニィッと笑っていた。O・Kらしい。


「エスト・・・あんたとカリン・・・2人に会えて本当に良かった。私とドゥーエだけじゃ経験できない事を2人が私にたくさんくれたの。とっても感謝してる!!!ありがとうね。・・・ぐすっ・・・これからなかなか会えなくなるけれど・・・・これからも友達でいてくれる??」


素直に自分の気持ちを伝えてくれるイリーナにエストは固まっていた。デレのみのイリーナの破壊力は半端なかった。


「も、もちろんだよ!イリーナ・・・ドゥーエ、クリードも!!この腕輪に誓って。」


感極まったクリードがエストの右側に飛びついてきた。少し涙を浮かべたドゥーエもエストの左側にそっと寄り添った。


「くっ・・・。」


ずっと耐えていたエストだったが、3人に抱き締められると堪えきれなかった。


ポロポロと涙を流し、親友達との別れを名残惜しんだ



****


「さて、もうひと頑張り行きますか!!」


くふふ・・と意味ありげに笑うリュナの視線を振り払うように、エストは鍬に手を掛け勢いよく立ち上がった。



卒業後、エストの生活は一変した。1週間のスケジュールは次の通りだった。(ちなみに1週間7日制(曜日制度)はアルストが王国を立ち上げた際に制定したと言われている。)


月曜日:農作業の手伝い


火曜日;鍛錬~夜勉強(メリルに勉強を教わる)


水曜日:農作業の手伝い


木曜日:午前:鍛錬~午後:休み


金曜日:農作業の手伝い


土曜日:午前:勉強(メリルに勉強を教わる)~午後:鍛錬


日曜日:午前:鍛錬~午後:休み


このスケジュールはエスト・リュナ・メリルの3人で決めたものだった。エスト的には木曜日と日曜日の午後も鍛錬にしたかったのだが、リュナとメリルに猛反対され渋々『休み』を取ることにした。とは言え、四六時中体に重力の負荷はかけ、農作業日の夜や『休み』の時間も勉強の予習と復習に充てていた。


―イヴァリア歴13年4月9日―


メリルが学園の仕事を早めに終えて帰宅すると、間も無くエストが訪ねて来た。


「先生、今日からよろしくお願いします。」


「はい。よろしくお願いします。」


エストが一礼すると、メリルは微笑み家に招き入れた。


「エスト君、そこに座って。」


「はい。」


今日はソファーではなく、ダイニングテーブルの椅子にエストを座らせた。


「さて、出していた課題はやってきましたか?」


「はい!」


エストからノートを受け取り、中を確認したメリルは微笑んだ。


「うん。ちゃんと出来てますね。じゃあ、ちょっとしたテストを作って来たので、やってもらおうと思うのですが良いですか?」


「分かりました。」


エストはメリルから用紙を受け取ると、さっそくテストに取り掛かった。



(この子、本当に変わりましたね。)


真剣にテストに取り組むエストにメリルは感心していた。1年程前なら『抜き打ちテスト』なんてものを出しようものなら、机に突っ伏して「ええ!?聞いてないです!?」と駄々をこねていた。


カリカリという鉛筆の音を聞きながら、メリルは紅茶を淹れていた。カップをテスト用紙の脇に置き、エストの対面に座ったメリルが話かけた。


「エスト君。最初からそんなに根詰めたら後が大変ですよ。テストと言っても学園じゃないのですから、どうしても分からない部分があったら質問しても良いんですからね。」



しかし、エストは返事をする事無くテストに向き合っていた。


「エスト君??」


それでも、エストは返事をしなかった。メリルは驚嘆した。そして、ふとドゥーエが食堂で言っていた言葉を思い出した。


『ダメだってカリン。こいつ何かに夢中になってる時、ぜんぜん他人(ひと)の話聞かねーもん。』


「ああ、この子はもともと集中力が高かったのですね。凄い・・・今も私の声が届かないほど集中している・・・この子は本当に化けるかもしれませんね。」


メリルは鉛筆の音を聞きながら、紅茶に口を付け微笑むのだった。


****


「先生、ありがとうございました。」


「はい。気を付けて帰って下さいね。」


エストが一礼すると夜道を走って帰って行った。手を振るメリルの腕時計は8時半を回っていた。メリルの家からエストの家まで、マーテル河に架かる橋を除けば建物が途切れる事は無かったため、この時間帯であれば家々の明かりがエストの帰り道を灯してくれた。



交易都市アリエナの夜はマーテル河を挟んで両極端であった。マーテル河の東にある商業区は街の灯りは遅くまで煌々と輝き、中央区にある都政部も深夜まで明かりが消える事は無かった。打って変わってマーテル河の西側は、河沿いにある家々の明かりが灯っているものの広大な田畑には明かり一つ無かった。


メリルの家がミューレルの近隣にあった為、エストはミューレル学園の脇を走っていた。このミューレル学園もエスト達の卒業の際に大きな変化があった。ミューレルが学園長の座を退いたのだった。その理由は『高齢のため』という事だったのだが、日々元気に動き回っている彼を知っている教員達は、その理由に納得していなかったが、無理に引き留める事もなかった。後任になったヘルシアはミューレルの教え子であり、ミューレルと同じ理念の持ち主であったため、比較的スムーズにバトンを渡すことが出来たからだった。


しかし、『度々顔を出すから。』と言って学園を去って行ったミューレルを、その後目にした者は一人もいなかった。











****




交易都市アリエナの遥か東。


仄暗い室内で2人の男が言葉を交わしていた。


「事は順調に進んでいるか?」


「はい。今のところ滞りはございません。」


「そうか。それと・・・あれは順調に成長しているのか?」


「はい。そのようでございます。しかし、このままで良いのですか?」


「良いも悪いも無いだろう。」


「そうではありますが・・・。」


「あと数年の我慢だ・・・耐えてくれぬか?」


「御意に・・・バスチェナ様。」

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