第13話 ドゥーエとエスト
学園を後にしたエストとドゥーエはマーテル河の橋の下にいた。
「ふっ!!」
「はっ!!」
2人が発する声と木刀がぶつかり合うカン!カン!!という乾いた音が橋の下に響いていた。
エストとドゥーエは、昨年授業で剣術の基礎を習ってから週に2度、この橋の下で剣術の特訓をしていた。現在、2人の実力に大きな差は無かったのだが、今日はドゥーエが圧倒していた。
「だっ!!」
ドゥーエがエストの木刀を弾き飛ばすと、エストは体勢を崩し、地面に片膝を付いてしまった。
「おい!やっぱり今日動きがおかしいぞ。まだ調子が悪いんじゃないのか??今日は無理せず休めって。」
「え??いや、大丈夫だけど・・・いや、分かった。そうするよ。」
「ああ!来週またやろうぜ!!ちゃんと体休めろよ。」
もう少し続けたかったエストであったが、ドゥーエが差し出した手を掴んで立ち上がると、今日はドゥーエの言う事に従った。
****
翌日の朝、エストの全身は大変なことになっていた・・・・・・筋肉痛で。
昨日、エストは一日中スキル「0⇔100(ゼロワンハンドレット)」の「15gravity」を自分にかけ続けていた。勿論ドゥーエとの特訓の時もそうだった。
「いでででで・・・今日学園休みで良かった・・・。」
「エスト!!いつまで寝てるの!!!休みだからって・・・って、どうした??」
リュナがエストの部屋のドアを開けると、エストがベッドの脇に転がっていた。
「全身筋肉痛で。」
「はぁ・・。卒業までには慣れておくんだよ。」
「えへへ。」と苦笑いしている息子にため息を吐くと、そのまま放置して部屋を後にした。
「・・・。」
起こして貰えると思ってリュナに差し出した手が宙を彷徨っていた。
―イヴァリア歴12年12月2日―
教会を後にしたドゥーエは、エストの家に足を向けていた。
ドゥーエはエストの様子を気にしていた。エストが洗礼を受けてから、剣術の特訓でドゥーエがエストに負ける事は無かった。
弱くなった・・・そう感じたが、エストはやる気はあるようだし、本気でやっている事は目を見れば分かった。しかし、エストの動きが鈍くなったのは明らかで、さらに学園でも動きは重く、前のような躍動感は失われてしまったようだった。
元気な笑顔を見せてくれるエストではあったが、あの洗礼の結果に、エストが自分でも気づかない心の傷を負ってしまったのではないかと心配するドゥーエだった。
小雪が舞い始めた夕空の下、ドゥーエはエストの家の前にいた。
「おい!!!エスト!!!!」
ドアを叩き、大声でエストの名を叫ぶと、エストがドアを開けて顔を出した。
「あれ??ドゥーエ!?今日洗礼だったんじゃ・・・終わったの?」
「ああ・・俺はアルストの騎士団に入隊するため、騎士高等学校に行く事になった。」
「ええ!!!すごい!!おめでとう!!」
満面の笑顔で万歳しているエストについ、
「まぁな・・へへ・・・ありがとな・・・・」
と、頬を掻き照れてしまったドゥーエだった・・・・・・が、ここに来た目的を思い出した。
「・・・・・・じゃない!?!?!?」
「おおっ!?どしたのドゥーエ?」
ちゃぶ台をひっくり返すような動きをしたドゥーエにエストはビクッ!とした。
「エスト・・・。」
「ん?」
「俺は・・・俺は騎士団に入ってアリエナを守る男になるぞ!!」
「うん!!」
「だから・・・お前も・・・その・・・。」
「ドゥーエ・・・僕・・いや、俺もお前には負けないよ!!ドゥーエ!!!」
言葉が続かないドゥーエの胸を、トンッと小突いたエストはニィッと笑って見せると、表情を引き締めてドゥーエにそう言い放った。
「エスト・・・・・ああ!!!」
エストの真っすぐな目に『陰り』は一切を見えなかった。自分の心配が杞憂だった事に気づいたドゥーエは、下を向き微笑むと「これだからなぁ・・・。」と呟くいた。
少しの沈黙の後、顔を上げたドゥーエはエストの胸を小突き返した。
「じゃあな!」
「うん!また学園で。」
笑顔を見せたあと、走って帰るドゥーエの背中をエストが見送っていると、家からリュナが顔を出した。
「あれ?ドゥーエ君は??」
「帰ったよ。」
「なんだぁ。お茶でも飲んでいけば良かったのに。」
そう言いながら家の中に戻るリュナの後に続いたエストだったが、立ち止まりドゥーエが去って行った方向に体を向けると、エストもポツリと呟いた。
「ありがとう。ドゥーエ。」
****
家に戻った後、急に「俺」と言い出したエストに「やめてぇ・・・もうちょっと「僕」でいてぇぇ。」とリュナがエストに泣き縋るのであった。
―イヴァリア歴12年12月16日―
学園が休みであるこの日、エストはメリルの家を訪ねていた。
エストは少し緊張した面持ちでソファーに座っていた。
白いタートルネックのニットにジーンズという、学園では見る事の出来ないメリルの姿はエストにとってはとても新鮮だった。妙に緊張しているエストを見て微笑んだメリルは、彼の前にコーヒーとクッキーを差し出し対面のソファーに座った。
「さて、今日はどうしたのですか?学園では話せない相談って言ってましたが?」
「はい・・相談というか、先生にお願いがあって・・・来ました。」
「え?お願いですか!?それは・・どのような・・。」
初めてエストから「お願い」という言葉を聞いたメリルは驚いたが、とりあえずその内容を聞いてみる事にした。
「先生・・確か歴史だけじゃなく他の教科も教える資格があるんでしたよね?」
「はい。全教科、教えれますよ。それがどうしましたか?」
「先生・・・卒業した後も・・先生に時間がある時でいいんです。俺に勉強を教えてくれないでしょうか?」
「え?えええ!?!?」
「へ??どうしたんですか??」
「いえ、熱とか無いかと・・・。」
エストは額に手を当てられてしまっていた。
「・・・。」
「あ、ああ!?ごめんなさい。」
ガクッと項垂れたエストに、メリルはおたおたし出した。
苦笑いをしたエストは気を持ち直すと、再び説明をする事にした。
「俺、これまでアルストが関わる歴史ばっかり好きで、他の教科はちょっと苦手でした。」
「ちょっと??」
「・・・・・とても苦手でした。洗礼の儀式の後から、真剣に他の教科も取り組んでみたんですけど・・・基本が分かってないから、ちゃんとした理解が出来なかったんです。なので一から学び直しをしている所なんですが・・・元々頭が悪いので・・なかなか進まなくって・・・。あ、ダメな生徒ですいません。」
「そんな事ないです。偉いです!エスト君。自分をそんな風に言ってはダメです。」
メリルは自分を下げて語るエストを本気で否定した。
「エスト君は頭が悪いんじゃないです。まだ勉強の要領を掴めてないだけですよ。」
エストはメリルの言葉がとても嬉しかった。そして「この先生になら・・。」と思ったエストは、今日伝える予定では無かった「本当の理由」をメリルに伝える覚悟を決めた。
「先生。俺まだ・・方法は思いつきませんが「夢」を諦めてないんです。」
「え?夢って・・確か一流の騎士になってイヴァリアに入国を認められる事でしたよね??」
「はい。今は騎士だけにこだわっている訳ではないですが・・・何かで認められようと思っています。ただ・・そのためには勉強しなきゃって思ったんです。」
信じられないという顔をしたメリルに、エストは一瞬伝えたことを後悔したが、その判断は間違えてはいなかった。
「凄いです!!凄いですよ、エスト君!!」
目を輝かせたメリルはとても興奮しているようだった。
「助言を受けても、自分の意志を貫くなんて・・・本当に凄いです!!」
「そ、そうなんですか?」
メリルのあまりの興奮っぷりに、エストは唖然としていた。
「はい。これまで私が見て来た生徒達は、自分の望まない洗礼の助言に従って『夢』を諦める子しかいませんでしたから・・・。」
メリルは少し寂しそうな顔を見せたが、エストを見て微笑むとソファーから立ち上がった。
「エスト君!!」
「はい!」
エストもメリルに続いて立ち上がる。
「勉強、教えます!」
「え?ホントですか?」
「はい!エスト君の『夢』応援します!!」
「ありがとう!先生!」
メリルに感謝を伝えたエストの目の端には、光るものがあった。
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