第12話 ミューレル・セレニー
昼食を取り終えた4人は、教室に戻り談笑していた。
「メリル先生、かっこよかったね。」
「ああ!スッとしたな・・ってか、イリーナさっき何で止めたんだよ。」
先程、アイデンの言葉に血が上り、立ち上がろうとしたのをイリーナに腕を掴まれ止められたドゥーエは少し面白くなさそうだった。
「止めなきゃ殴りかかってたでしょ?」
「ま、まぁ・・な。」
イリーナが半目でドゥーエを睨むと、気圧されたドゥーエは頬を掻いた。
「だからよ。暴力振るったら下手すりゃ退学よ?」
「さすがイリーナ!」
「なんだよ。エストまで、俺は!」
エストがイリーナの素早い判断を称賛すると、ドゥーエがムッとした表情を見せた。それを見たクリードがドゥーエを宥める。
「ド、ドゥーエ。わ、分かってるよ、エストは。ちゃんと分かってるから。」
「うん。ドゥーエ、僕のために怒ってくれてありがとう。」
「ぐ・・・。その顔止めろ・・・。」
そして、ほっこりした顔で微笑むエストとクリードにたじろぐドゥーエだったが、イリーナが顰めっ面になった。たじろいだドゥーエの後ろから、アイデンとその取り巻きが教室に入って来るのが見えたからだ。
すると、エストを見つけたアイデンが再びエストに近寄って来た。
「また嫌味を言うつもりか?」と身構えるドゥーエ、イリーナ、クリードだったが、アイデンがエストに言った言葉は
「さっきは・・悪かった。すまない。」
だった。
「気にしてないよ。」
エストは笑顔でアイデンにそう返したが、3人はしばらく目を丸くしていた。
****
少し時間を遡る。
メリルに叱られ、早足で食堂を後にしたアイデンとその取り巻き達は廊下を歩いていた。アイデンは俯き、何かに悩んでいるようだったが、その後ろを着いて歩く取り巻き達は未だに悪態をついていた。
「アイデンさん。アイツら分かってないんですよ。都市が円滑に機能しているのは、都政に務める優秀な人達のおかげだって事を。」
「そうですよ。農産区でのんびり土をいじってるような奴らには分からないんだ。」
そんな事を話しながら彼らが学園長室の前に差し掛かると、普段開くことが無い扉がスゥーっと開いた。
「え!?」
「が、学園長??」
勿論、そこから出て来たのは学園長であるミューレル・セレニーその人だった。滅多に学園に居ることがないミューレルが目の前に現れた事に、大きく目を開き驚いたアイデンだったが一礼をしてその場を去ろうとした。
「君達・・。」
一見、気の良い執事のお爺さんのように見えるミューレルは、少し下がり気味だった老眼鏡を上げると、去ろうとするアイデン達に話しかけた。
「は、はい。」
「今後、食事を摂るのを辞めなさい。」
「え?」
「何を??」
取り巻きの2人は唐突なミューレルの言葉に戸惑うが、老眼鏡の奥から覗かせる鋭い視線に気づくと喉を鳴らせた。
「私たちが生きる上で必要不可欠なものの一つに『食べる』という行為がある。その『食』を支えてくれているのが農産区で働く方々だ。先程、私も君たちも頂いた給食のお米や野菜は農産区から運ばれたものだ。『食べ物がある』という事は大変有難い事、それを思えば農産区の方々には感謝でしかないはずだ。」
「・・・・。」
「しかし、農の苦労を知ることも体験することもせず、簡単に『土いじり』と吐き捨てる者は、農産区の方々に、その
ミューレルの言葉に俯いた取り巻き2人に対して、アイデンは顔を上げミューレルの目をしっかり見ていた。そして、再度一礼すると謝罪の言葉を口にした。
「すいませんでした。」
「ん??謝罪をするのは私にではない。それと、私は君たちに『食べ物』というのは、たくさんの方々のおかげで今ここにあるという、当たり前で忘れがちな事を思い出して欲しかっただけだよ。」
「それと、君の父上の教えもね。」
「はい。」
アイデンの返事を聞いたミューレルは、鋭かった視線を緩めてフッと微笑むと、アイデンの肩をポンポンと2度軽く叩きその場を去って行った。
再び顔を上げたアイデンは、スッキリとした
元々アイデンは、取り巻きが言うように中央区で働くエリート達がアリエナを支えているという考えを持っていた。そして、中央区の都政部で働く父親を尊敬していた。かと言って、彼はこれまであのような嫌味を口にするような人物では無かったし、尊敬する父親からは「他人に優しくあれ。」と教えられていた。
そんな彼が変わったのは、やはり『洗礼の儀式』の後からだった。
「君はアリエナで官僚になる素質がある。そしてとても真面目で優秀な人物のようだね。今後も周囲にいる愚鈍な怠け者達に流されることなく、勉学に励むようにね。」
儀式の後、司祭にそう言われた12歳の少年は、杖の先端に開く水晶の妖しい輝きに、いとも簡単に飲まれてしまった。
自分は優秀で、周囲・・・クラスメイトは怠け者で愚かだと。
****
放課後
「あ!!!」
学園を出る前に、エストが何かを思い出したように声を上げると、驚いた3人は足を止めた。
「どうしたの?」
「伝えるのを忘れてた!みんな、僕、昨日司祭に『家業を継ぎなさい。』って言われたよ。」
「・・・・。」
エストの報告を聞いた3人は、窺うような表情でエストを見つめていた。
「あれ?どうしたの?」
「いや、実は昨日メリル先生から聞いて知ってたんだ。」
ドゥーエが申し訳なさそうに答えた。
「ああ!!そうなんだ!」
「いや・・それでさ・・エストが落ち込んでるんじゃないかと思って・・・。俺たちからその話に触れられなかったんだ。」
「そっかー。」
「今日エストを見てて思ったのだけど、随分あっけらかんとしてるのね?」
探るように話すドゥーエに対して、いつもと同じ軽い口調で答えるエストに拍子抜けしたイリーナだった。
「うん、だって『夢』は全然諦めてないし。」
「え?」
「そうだった。こいつ、こういうヤツだった。」
「気を遣って損したわね。」
「だね・・・。」
あちゃーと額に手を当てたドゥーエが天を仰ぎ、イリーナとクリードはガクッと肩を落とした。
「まぁ・・がんばれ。」
手をひらひらと振ってドゥーエが歩き出すと、イリーナとクリードも続いて歩き始め、エストはぽつんと残されてしまった。
「ちょっと!!今の3人の態度の方が落ち込むよー。」
取り残されハッとしたエストは、そう叫ぶと彼らを追いかけた。
走っていくエスト達の姿を、学園長室の窓から眺めていたミューレルは優しい笑顔を浮かべていたが、遠くに見える教会に目を向けると、先程アイデン達に見せた以上の鋭い視線で教会を睨みつけた。
ミューレルは神国誕生時に定められた『洗礼の儀式』を嫌悪していた。子供たちの未来を捻じ曲げる『助言』など以ての外で、ミューレル・セレニーの理念とは真逆のものだった。さらにここ数年、アイデンのように洗礼を受けた後、性格や思想を大きく歪めてしまう生徒が出始めてきたことを危惧していた。
今日、アイデンの心に作為的な妖しい陰りがある事に気づいたミューレルは、彼の肩を2回叩く事でその陰りを浄化する事が出来た。しかし、それ故にミューレルは、結界で覆われた国イヴァリア自体の在り方に疑念を抱かざるを得なかった。
「イヴァリア・・・いや、イヴァよ・・。この世界をどうするつもりだ・・。」
窓際で教会を睨み続けるミューレルの手は、強く握り締められていた。
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