第16話 3年後


-イヴァリア歴15年6月3日-


マリウスは耳を疑った。


「どういう事ですか?」


「ん?今伝えた通りだが。どういう事かは現場に行かなければ分からん。」


「そうですが・・・。」


上官からの通達故に疑いようがないのだが、それでも信じられなかった。


通達の内容は以下だった。


『アリエナの西北部にある農村集落が蛮族により襲撃を受けた。襲撃を受けた集落の住人が言うには数は30程度。また、蛮族達は周辺集落を襲撃すると口にしていたと言う。都市の食料問題にも繋がる可能性があるため、直ちに討伐及び補助部隊を編成し出向する事。』


****


交易都市アリエナの遥か西に城壁のように連なっている山脈があった。マリウスは『その奥地に蛮族が暮らしている。』という話を確かに聞いたことはあった。グラティアに突如現れ、暴れまわった蛮族達はアルスト王国の騎士団により一掃されたという記録があったからだ。しかし、その出来事は40年程前の事で、それ以降に蛮族が姿を見せた事は一度も無かったのだった。約40年、鳴りを潜めていた彼らが、何故今になって動き出したのか・・・その存在を不気味に感じたマリウスではあったが、命令とあれば従うしかなかった。


マリウスは金色の髪を短く整え、清潔感のある端正な顔立ちをしていた。キリッと同じく整えられた眉に、少し彫りの深い目にスッと伸びた鼻は男前と評判で、女性隊員からかなり人気があった。今も華麗な軍服に身を包み、顎に手を当て、悩まし気な顔をしている彼とすれ違った女性隊員達がきゃーきゃー言っていた・・・本人は気づいていないが。


「マリウス隊長!!どうしたんですか?考え事ですか?」


「ん?ドゥーエか。エルピ君も・・お前達相変わらず仲良いな。」


回廊を歩いていたマリウスに気づいたドゥーエが声を掛けた。シンプルなワイシャツと学生ズボンに身を包んだドゥーエは今年で15歳になる。


通常、騎士高等学校に入学した者は、1年生で『二等兵』、2年生で『一等兵』、3年生で『上等兵』、4年生で『伍長』、5年生で『曹長』と進級ごとにその階級を上げていく事になっていた。(学生に階級を付けるのには「学生とは言え軍部の一員であるという自覚をもって貰う。」という目的と「階級制に慣れて貰う。」という目的があった。)そして、学校を卒業し、各隊に入る事で「准騎士(見習い騎士)」となるのだが、現在3年生のドゥーエの階級は『曹長』だった。


学生のうちに飛び級する事は異例だった。


それは昨年の出来事が大きく影響していた。昨年の春、商業区で起きた火災現場に出くわしたドゥーエは、助けを求める声を聞き、勇敢に火の中に飛び込むと人命救助に成功した。その際、背中に火傷を負いはしたものの火の精霊の加護を受けたのだった。


アリエナでも数少ない「魔法騎士」となり、この歳で准騎士に負けず劣らずの実力を身に着けたドゥーエは、その事が上部に認められ飛び級したのであった。さらに来年には入隊して准騎士になる予定である。マリウスは、ドゥーエにも他の子達と同じく卒業後の入隊を希望したのだが、上の意向には逆らえなかった。


「まぁ・・お前は優秀だからな・・・。」


「は?」


「いや、何でもない。」


被りを振るマリウスにドゥーエとエルピはキョトンとした。


短髪ブラウンのあどけない顔をしたエルピは、ドゥーエと同じ15歳の少年だった。しかし、マリウスがドゥーエを呼び捨てにして、エルピに「君」を付けた理由はエルピが違う隊の所属だったからだった。『アリエナ砲撃部隊上等兵』それが彼の肩書だった。しかし、別の隊にいる者であっても、敬称を付けなくてはならいという規定は無かったが、それでも『エルピ君』と呼ぶのは彼の生真面目さを表わしていた。


**


軍部には三つの主力部隊があった。一つがマリウス、ドゥーエが所属している騎士団だ(主に剣や槍、弓で戦う歩兵部隊だ。)。一つはエルピが所属している砲撃部隊(銃や大砲で戦う遠隔射撃が主となる。)。そしてもう一つが神国ではカリンが入る予定の魔法士隊だった(魔法を主として戦う。杖を使う者もいれば、稀に剣を使う者もいる。魔法と剣技を身に着けたものが魔法騎士と呼ばれる。魔法騎士は、魔法士が剣技を取得してなることが主流だったため、ドゥーエのパターンは珍しかった。)。


**


「まぁ、いずれ知らされる事だから話しておくか・・・。」


マリウスはドゥーエとエルピに、先程の上官の通達内容を詳細に話した。


「では、騎士隊が討伐に向かうのですか?」


「そうなるな。騎士団と魔法騎士団の中から編成する予定だ。」


「砲撃部からは編成されないのですか?」


「そうだ。都市からかなり離れた場所での戦闘になるだろうからな。」


「ああ。そうですね。」



先の魔族との大戦で、国王が自信を持っていた銃や大砲は魔族には意味の無い物だった。遠方への砲撃、真っすぐ向かって来る魔物への銃撃は一定の効果を上げたのだが、動きの速い魔族達には照準を合わせる事すら出来なかった。『数撃ちゃ当たる』ではないが、連弾と散弾でたまに当てることは出来たが、それも魔法の前では無用の長物となってしまった。例えば土や水の魔法で壁を作られては銃撃は遮られ、銃口に土を詰め込まれては暴発し、また火の魔法攻撃によっても銃や大砲は暴発した。


さらにバスチェナに至っては、銃兵で取り囲んだとしても『時間停止スキル』を発動されれば、一瞬で一網打尽にされるだけだった。


以来、魔法があるこの世界では、銃や大砲は威嚇や国の防衛に充てられる事になった。しかし、イヴァリアでもアリエナでも城壁の内側、国内・都内での事件においては銃は重宝されていた。一般国民・都民に魔法を使える者は少なく、また魔法で解決するよりも街の被害が少なくて済むからだった。



「実戦になるんですね。」


「そうだな。上が気軽に考えてなければ良いのだが・・・。」


マリウスは、軍司令部が入っている建物の最上階を見つめていた。




-イヴァリア歴15年6月10日-


急遽編成された討伐部隊の中にドゥーエの姿があった。そして、そこにはマリウスの姿は



マリウスが懸念した通り、上層部は事を甘く見ていた。追加報告で魔法を使う者が蛮族中にいるようだったが、数は30で変わりは無かった。また、『蛮族達は荒くれ者の集まりで知性を感じられなかった。』という報告まであった。


取るに足らないと判断した上層部は、騎士隊から30名、魔法士隊から20名、補給・補助として各隊から10名を選出し、討伐に向かわせる事にした。そして、昨今では数少ない実戦の空気を有望な若者に味わって貰おうと、補給・補助の10名の中にドゥーエを選出したのだった。


無論、反対したマリウスであったが、彼らがマリウスの言葉に耳を貸すことは無かった。皮の軽装備に、大きなリュックを背負って軍部の敷地を出ていくドゥーエの姿を見ていたマリウスは、体を震わせながら下唇を強く噛み締めていた。




討伐部隊は、アリエナの西門に向かい歩みを進めていた。蛮族が出たという噂は、農産区にある市場に来た周辺集落の住人からアリエナに一気に広がった。そのため、軍部の敷地を出た討伐部隊は、たくさんの中央区・商業区に住む人々から声援を送られた。


見送る人々の中にイリーナの姿があった。父親と共に見習いとして商談の場に向かっていた彼女は、人々の歓声が気になり『ちょっと覗いてみよう。』という軽い感覚でその場にいたのだが、隊の後方にドゥーエの姿を見つけた瞬間、驚き、全身は震え、膝から崩れ落ちそうになった。彼がそこにいる事が信じられなかった。


いくら強くなったとはいえ、15歳のドゥーエが討伐隊に入るとは夢にも思っていなかったからだ。「なぜ?どうして?」疑問ばかり湧き上がるが、その間にもドゥーエは歩みを止める事はない。


「ドゥーエ!!!!ドゥーエ!!!!!!」


慌てて隊を追いかけたイリーナが大声で叫ぶと、それに気づいたドゥーエは、イリーナに顔を向け笑顔を見せて片腕を上げたが、すぐ向き直り進んで行くのだった。


「どうか無事で・・・。」


イリーナは、遠ざかっていくドゥーエの姿を見送りながら、手を組み、彼が無事に帰ってくる事を心から祈った。




農産区に差し掛かると、道の周囲には田植えをしている人々がちらほら目に入った。手を振る農家の人々に、他の隊員と同じく手を上げ応えていたドゥーエだったが一人の少年に釘付けになった。


エストだった。


腕輪を付けた右腕を掲げて激励したエストであったが、ドゥーエはその腕を見て驚愕した。その腕は、ドゥーエも含め、討伐隊にいる誰よりも鍛え上げられていた。


「あいつ・・・やっぱり半端ねー・・・。」


ニヤッと笑ったドゥーエに気づいたエストはニッと笑顔を返した。


「帰って来たらあいつと久しぶりに一勝負だな。」


エストがどれほど強くなっているのか楽しみになったドゥーエは、微笑みながら西門を抜け、西北にある集落に向かって歩みを進めるのだった。

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