第27話 四天王登場

「おーい、ジュドー、どうした? 何かやけに疲れてるみてーだぞ、お前」

 地上へと続く階段をそろって上りつつ、ピートがそんな事を言い出した。ジュドーがげっそりとした風体で答える。

「……まーな。何か全然関係ないところで、気力と体力をごっそり削られたからよ」

 ジュドーがそう文句を口にすると、ピートがすかさず切り返した。

「ほー? そりゃ、また、気の毒。俺だったら、気力も体力も共にパワーアップ。気力満点ってな感じで、万々歳。そんな羨ましー目にあっていながら、文句を言うくそたわけた奴は、何処のどなたさんでしょうかね? いっぺんどついて、階段を転がり落ちれば、すこーしはまともになるかもな、あっはっはっ!」

 冗談口調だが、何やら本気っぽい。ジュドーは再び疲れたような溜め息を漏らす。今のピートには逆らわない方が良いだろう。

 大神官の案内に従って一行がたどり着いた先は、巨大なすり鉢状の窪地だった。底を見下ろすと、遙か下の方に神殿とおぼしき建物があることがわかる。

 階段を使ってすり鉢状の穴の底まで降りると、巨大な建築物が一行を出迎えた。街中にある神殿よりはるかに大きく立派な造りである。建築物の大きさの割には小さめの両開きの扉をくぐり、神殿の地下へと伸びている階段を下っていく。

 地下神殿の扉を開ければ、そこもやはり巨大な空間だった。

 天井部分は暗闇で判然とせず、建物の中というよりは、広々とした洞窟という感じである。その中央に聖竜石があった。目にした半球体が微かな光を放ちながら、どっかりと鎮座している。不思議なことに、無機質な石であるはずの聖竜石は、時折心臓の鼓動のように脈打っており、生きているようにも感じられる。

 もしかしたら目の前の巨大な石は完全な球体で、半身が床部分に埋もれているだけかもしれなかったが、ジュドーにその詳細はわからない。

「あれが、聖竜脈を形作っている聖竜石です」

 大神官はそう説明するも、ぴたりと口を閉じた。

 突如、暗がりから人影が現れたからだ。

 それはフードを目深にかぶった黒衣の男で、松明の光に照らし出された白い顔は見惚れるほど美しかったが、ぞくりとする危険性のようなものも感じさせる。

 最初の驚きが失せると、大神官は怒りに身を震わせた。

 ここは聖域である。一般人は立ち入り禁止となっていて、神官達ですら大神官の許可がなければここへ立ち入ることは出来ないのだから無理もない。

「お前! 一体どこから入り込んだのだ? ここは、立ち入り禁止区域で……」

 勢い、一歩前へ出た大神官の肩を、ジュドーが掴み、押し止めた。

「動くな」

 訝しげな表情を浮かべた大神官には一瞥もくれず、ジュドーの目は黒衣の男に固定されたままだ。「いいからさがってろ」と、そう口にする。意味は分からなかったものの、現人神であるジュドーの言葉である。大神官はそれに大人しく従った。

 黒衣の男が嬉しげに微笑んだ。

「ああ、やっと来ましたね。アシュレイ。待ちわびていましたよ。本当、間に合わないかと、随分ひやひやしました。開戦を今か今かと待ちこがれている連中を押さえ続けるのも、ここらあたりが限界でしてね……」

 嬉しくて嬉しくてたまらないといった口調である。

 その男に視線を固定したまま、ジュドーが呟く。

「ガープ……」

「ガープ?」

 ジュドーの呟きにベンジャミンが反応し、腰を抜かさんばかりに驚いた。

「え? え……えええええええぇぇぇ? ガープぅ? まさか、闇姫の側近、四天王の一人っていうわけじゃ……」

「そのまさかだよ。危ねーから、もうちっと後ろへ下がれ」

 ジュドーが大神官と同じように、ベンジャミンと衛兵達を後方へと下がらせる。

「王様~? 悪いんだけどなぁ、ちょっとそこ、どいて欲しい。ライラ、前、見えない」

 ライラが国王の背をとんとんと叩きながらそう文句を言うと、しんがりを務めていた騎士のエドワードもそれに加わった。

「陛下、前へ出るなり、脇へどくなりして頂かないと我々が中へ入れません。どうか、そこからおどき下さい」

 そう、例の黒衣の人物を目にして、恐怖に身をすくめた国王が、その大きな体躯で入り口を塞いでしまっていたのだ。国王の脳裏に、あの時の恐怖がまざまざと蘇る。心臓をわしづかみにされたようなあの時の恐怖を。

 がちがちと歯が鳴り、冷や汗が噴き出す。

 前へ出るどころが、黒い人影から離れるように後ずさった為、ライラが国王の背に鼻をぶつける羽目となった。

 すると、国王の存在に気が付いたガープが、にっこりと笑った。

「ああ、約束通り竜騎士を見つけて来て下さったようですね? 国王陛下? お礼に、苦しまずに殺して差し上げますから、ご安心を……」

 その言葉に敏感に反応したベンジャミンが、すかさず国王を問い質した。

「約束? まさか、陛下。竜騎士を敵方に売り渡す算段……」

 国王が慌てて首を横に振る。

「う、売り渡す? いやいやいやいや、そんな約束はしていない。ただ、探せと言われただけで……」

「それに応じたら普通、敵方に売り渡すってことになっちゃいますよ! 陛下!」

「それは誤解だ、誤解! 生き残りたければ、助けを求めろと言われたからそーしたまでだ! それに普通、売り渡すというなら、こっちにしかるべき利益があるだろうが! この場合、どーみてもわしに利益など一つもない!」

 ベンジャミンの抗議に、シャルル国王もまた負けじと言い返す。

 ガープが笑った。心底嬉しそうに。

「会えて本当に嬉しいですよ、アシュレイ? あなたをくびり殺せるかと思うと、実にわくわくします。二千年前のあの時から、あなたは必ずこの私が殺すと決めておりましたから。あの時はエギュンに先をこされて、本当に悔しい思いをさせられましたが、今度はそうはいきません。誰にも……誰にも邪魔などさせるものですか!」

 憎悪のこもったガープの台詞に、ベンジャミンが首を傾げた。

「先をこされた? って、ジュドー君? 君、もしかして最期は闇人デイモンに殺されたの?」

「まー、多分、な」

「多分、て」

「良く覚えてねーよ。シアが死んだ後は、それこそ指一本上げる気力すら残ってなかったんだから。最期に覚えているのは、誰かの罵声と背に感じた鋭い痛み。そんだけだ」

 裏切り者、確かそう叫んでいたはず……。

 ジュドーは遠い過去の記憶を探った。

 エギュン、か……そう言われれば、あいつの声だったような気もする。裏切り者か……は、確かにな。あいつらからしてみれば確かにそうだ。

 皮肉るような笑みが口元に浮かんでしまう。

 ベンジャミンは驚愕する。

「え? え? ってことは……もしかして、君が殺されたのは大戦時ってこと? でもでも、記述では終戦後、竜騎士は兵士達を率いて国に帰ったって……」

「ふーん? んで、その後、どう生きたかってのは、書いてあったか?」

「……いや、その……全然」

「多分、最後の一踏ん張りをする為に、誰かが俺の死を隠したんだろ? 兵士達の士気を落とさない為に……。まー、別に責める気はねーよ。どっちかってーと、あそこでへたりこんじまった俺が、無責任って奴だったんだから……」

 ベンジャミンが言う。

「いや、でも、ねぇ、ジュドー君……。もしかして記述って結構、嘘が混じってたりする? もしかして、それで君、嫌がってた? 竜騎士の話を聞かされるの……」

「さー? 記憶がないんだから、そんな細かいこと、いちいち意識してねーよ。ただ単に、いけ好かねぇ野郎だって思っただけで……」

「自分の事なのになぁ」

 ベンジャミンが苦笑する。

「自分の事だからだろ? はっきり言って、お門違いの美辞麗句なんざ、かゆさを通り越して迷惑なだけだ。それより、気ぃぬくんじゃねーぞ。あいつはあの当時、俺と唯一剣術でタメ張ってた奴なんだからよ」

 ベンジャミンがゴクリと喉を鳴らす。

 最強だった頃の竜騎士と同程度の強さを持った闇人デイモン。しゃ、洒落にならない! 声にならない悲鳴が、ベンジャミンの喉の奥から漏れた。

 ガープがいる奥の暗がりから、ぞろぞろと武装した兵隊達が現れる。

 無論、人間ではない。鎧武具に身を包んだ闇鬼オーガ闇人デイモン達だ。

 闇鬼オーガは額に一本角を生やした魔物で、知能が低く凶暴だ。黒い鎧に覆われた大きく盛り上がった筋肉は、それこそ岩でも握りつぶせそうである。

 一方、闇人デイモン兵の体躯は人間と変わらない。闇人デイモンであることを示す額の黒印さえ隠せば、人間に紛れることも可能だろう。

「竜騎士以外の雑魚を排除なさい! 邪魔です!」

 ガープが命令を下す。武装した闇鬼オーガ闇人デイモン兵達が動けば、ジュドーがそれを迎え撃とうとするも、そんなジュドーに飛びついたのはガープであった。

「あなたの相手は、この私です!」

 振り下ろされたガープの剣を、ジュドーは手にした剣で受け止める。

 朱の軌道を描く聖剣フレアードと、青白い軌道を描く闇の刃とが交差し、まるで闇の冷気に反発するが如く、ジュドーの剣が紅蓮の炎を吹き上げた。

 剣を交差させたまま、歯を食いしばるジュドーの眼前には、以前と変わらぬ笑みをたたえたガープの顔があった。

 そう、彼はいついかなる時も、こんな風に涼しい表情を崩したことがない。苦しいとか悲しいとかいうガープの感情を、ジュドーはついぞ目にしたことがなかった。四天王の中では一番の実力者であったが、何を考えているのか分からないという点でも一番で、どこか他の者達と一線を引くようなところもあった。

 だが、あらゆる事にどこか冷めた目を向けることが常であった筈の彼が、何故かアシュレイとの剣の稽古だけは、どうしてそこまでと思うほどムキになった。剣での勝負がつかずに、日が暮れるまで剣を交え続けたこともあったほどである。

 ――おーい、お前等、いー加減にやめたらどーだよ?

 呆れたようにそう言ったのはエギュンだ。無論、そんなガープに負けず劣らず、頑固なまでに意地を張った自分もいたのだが……。

 ガープの猛攻に耐えきれず、後退を繰り返せば、ガープが呆れたように言った。

「……おやおや、これはまた随分と弱くなったものですね。これでは、歯ごたえがなくて少々もの足りませんが……まあ、あなたをなぶり殺せることでよしとしますか」

 ジュドーは臍をかむ。

 聖剣を手にしたことで記憶を取り戻し、最強の剣士としての復活を果たしていたものの、過去の自分との体格差が、いかんともしがたい壁となっていた。

 体が小さいために、間合いが違う、力が違う、何もかもが過去の自分とずれている。そのずれは、決定的な実力の差となってジュドーの前に立ちはだかった。

「そらそら! よそ見をしている暇などありませんよ!」

 ベンジャミンやピートに気遣わしげな視線を向ければ、嘲りの声が飛ぶ。

 両名が振るう剣戟の余波は、確実に神殿内部を破壊した。

 石造りの床を削り取り、石柱を砕き、もうもうたる砂塵が吹き荒れる。

 壁際まで追い詰められ、喉元に剣先を突きつけられたジュドーが動きを止めれば、ガープは底意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

 ジュドーの喉元から赤い血が一筋流れ出る。

「それとも……そう。お友達が先になぶり殺しにされるところを、一部始終見物させて差し上げましょうか? それもまた一興……」

「待て、お前……グレイシアまで殺す気かよ!」

 ジュドーの叫びに、ガープがはっとなる。

 後方を振り返り、目にした光景に驚いたようだ。そこには、ようやく国王の体を押しのけて、中へ足を踏み入れていたライラの姿があったのである。

 ガープの目が驚きに見開いた。


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