第28話 復讐と後悔
「こらー! お前等! 止めろって言ってるのが分からないのかーーーー!」
主人であるライラの命令を聞き、動きを止めているのは
ライラにとってこれは予想外であったろうが、おそらく、本能で主人を察知する
ライラのまなじりがきりりとつり上がる。情けない、そう言いたげだ。
「お前らどこに目がついている! ライラが誰かも分からないとか、いい加減にしろ! 格下げだ、格下げーーーー! 全員格下げ! もういっぺん鍛え直してやるから覚悟しろ!」
目にもとまらない攻防の嵐だ。流石、血塗れの闇姫である。襲いかかってくる
と、対峙していた
「あれ? ガープ……」
ライラがそう口にする。そう、ライラと切り結んでいた
ぼきりという音と共に、血潮が床一面に広がった。
「こ、の……。恥知らずの、うつけ者め! 主に対して刃を向けるなど、万死に値する! お前等も、下がれ! 下がれ! 下がれ! 斬り殺されたいか!」
ライラに群がっていた残りの
「ガープ! こらぁ! やり過ぎ……」
ライラの声が途切れる。ガープに抱きしめられたからだ。へっ? というように体の動きも、杖を振り上げた体勢のまま止まった。
「ようやく、見つけました……」
そんなガープの声がライラの耳をくすぐる。
意外すぎる行動だった。彼がこんな真似をしたことはただの一度も無い。ふざけている、というわけでもなさそうだ。そもそも彼がふざけるなどいう光景すら、ライラには思い浮かばなかった。真面目すぎるくらい真面目な奴、という認識しかなかったのだ。
きつくきつく抱きしめられたまま、
「あの……ガープ?」
どうすれば良いのか分からず、ライラがそう問えば、はっとしたようにガープはライラから身を離し、慌ててその場に跪いた。
「も、申し訳ございません! 感激のあまり、つい取り乱しました。お許し下さい!」
「あー、いや、許すも何も、ライラ怒ってないぞ? びっくりしただけで……」
跪き、深々と頭を垂れているガープを見下ろしつつ、首を傾げた。
「……でも、なんか、お前、ちょっと変わったかぁ? 真面目一辺倒のお前が、こーいうことをするとは意外だぞ? マモンがやるんなら、わかるがなぁ……」
あいつは不真面目だからな、しかも懲りると言うことを知らない、ライラがそう言うと、再び恐縮しきった様子で、ガープが謝罪した。
「本当に申し訳ありません! に、二度とこんな真似は……」
次いで、ライラの姿を見上げて言った。
「そ、それより、グレイシア様! 早くお戻りを! 闇王様が懸念しておられたように、竜王めに呪いをかけられたのですね? ああ、その通りだったようです。本当に何という痛々しいお姿に! 申し訳ございません! 何度もお探ししたのですが、闇王様ですらグレイシア様の居所を感知できず、難儀いたしました! しかし、しかし、もう大丈夫です。きっと闇王様が、グレイシア様を元の姿に戻してくださいますとも!」
ガープの熱意ある言葉に、ライラが静かに首を横に振る。
「グレイシア様?」
「違う。呪いと違うよ、ガープ。これは竜王様の祝福だぁ。だってライラが、グレイシアが頼んだんだよ。人間にしてくれるようにって……」
ガープが驚愕する。
「まさか! そんな、ありえません。だ、第一そんな事をする理由が……」
「ジュドー……ううん、アシュレイと争いたくなかったから……だから……」
ガープが悲鳴にも似た怒りの声を上げる。
「あの男はグレイシア様を裏切った男です! あなた様を斬り殺した男ではありませんか! そんな奴の事をグレイシア様は、まだ……」
「ち、違う、違うよ、ガープ。そうさせたのは、ライラだぁ。アシュレイは、ライラを必死に説得しようとした。助けようとしたんだよ。けどライラは馬鹿だから、全然聞かなかった。あんな事をアシュレイがする羽目になったのは、全部、全部、ライラのせいだぁ。ライラが悪かったんだよ」
「グレイシア様のどこが悪いというのですか! あんな虫けらどもの為に、我らを裏切ったあの男こそ、罰せられるべきです!」
「虫けら、違う。みんなみんな大切なライラの友達だぁ。だから、ガープ。もう、やめよう。戦争なんてやっても、むなしいだけだぁ。ライラ、今のままがいい。みんなで仲良く、笑って暮らせる今の生活が好きだぁ」
「だ……しかし…………」
苦心して何かを言おうとするガープの前に、ライラが膝を突き、彼の瞳を覗き込む。
「……ガープ。お前がライラのパパに逆らうことが出来ないのは分かってる。だから、戦争を止めようってライラが命令しても、多分無理だっていうことも……。けど、お前がここへ来たのはライラのパパの、闇王グリードの命令か?」
ガープは首を横に振った。
そう、実際に受けていた命令は、「
戦が始まれば竜騎士は必ずお前達の前に姿を現す。故にこれ以上労力をさいてまで探し出す必要はない。これが闇王グリードの出した答えであった。
だが、それはガープにとってはひたすら都合が悪かった。どうしても竜騎士は自身の手で葬りたいと切望していた彼にとっては……。
そこで、長年続けてきた闇姫グレイシアの捜索を今しばらく続けるという名目上、進軍命令を先延ばしにし、闇姫グレイシアの捜索を続ける一方で、既に打ち切られたはずの竜騎士の捜索を人間に行わせたのである。
そして、人間達が竜騎士を見つけた場合、確実に竜騎士が聖竜石のもとへやってくるように仕向けたのだ。聖竜脈の無効化を見せつけ、必ず竜騎士がここへ足を運ばねばならぬ必然性を与え、自分の目の前に確実に現れるように、と。
そんなガープの思惑をまったく知ることなく、ライラが言った。
「だったら、お願いだぁ、ガープ。ここから帰ってくれないかなぁ? 命令、きいて欲しい。お願いだよ、ガープ」
肩をゆさゆさ揺さぶるライラの姿に、しばし見入っていたガープであったが、やがて決意したかのように立ち上がった。
「……申し訳ありません、グレイシア様。そのご命令はきけません。あの男をくびり殺すまでは……」
「ガープ!」
ライラがガープの服を掴む。
「処罰なら、後でいくらでもお受けします! ご存分に! しかし、きけません! グレイシア様! そのご命令だけは!」
「ガープ、ガープ、駄目だよ!」
「あの時は、グレイシア様、あなた様のそのご命令をきいて、あなた様を失ったのです!」
自分にすがりつくライラの手を掴み、叫んだ。きょとんとするライラの顔を見据え、再びガープが叫んだ。
「グレイシア様、あなた様はおっしゃいました。そこを動くな! と。あの男が、グレイシア様の眼前に敵として現れた時、直ぐさま我ら四天王が排除しようとしたんです! それをお止めになったのはグレイシア様、あなた様ご自身です! あんな……あんな命令に従ったばっかりに、我らは最も気高き主人を失いました。きけません、きけませんとも!」
制止するライラの手を振り切り、ガープが駆け出した。
「遊びは終わりです! アシュレイ! 地獄へ堕ちるがいい!」
だが、袈裟懸けに切りつけた渾身の一撃で血に染まったのは、ジュドーをかばうように立ちはだかったライラであった。ガープが繰り出した剣を受け止めようとして、
そう、通常なら傷を付けることすら難しい
一瞬の静寂。
ゆっくりと崩れ落ちたライラの体を、ジュドーが抱きとめる。
「おい! しっかりしろ!」
ジュドーの叫びに、がらんとガープの手から剣が抜け落ちた。
「あ……そんな、嘘です。どうして……」
ガープもまたライラの傍らに膝をつく。
血に染まったライラの姿に、過去の息絶えたグレイシアの姿が重なり、それに呼応するように、ガープの脳裏には過去の映像がありありと蘇っていた。
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