第26話 密やかすぎる告白

「で、どーすんだ? これから……」

 ジュドーがそう問うと、ベンジャミンがはっとなる。

 しげしげとジュドーを眺め、

「え、ええっと、そ、それは勿論、これから、えー……王都の東にある第二神殿まで行って、聖竜脈の源泉にあたる聖竜石にその剣を突き立てて、そこに竜気を流し込む、んだ、けど……えーっと…………」

「んだ? 何か歯切れがわりーぞ?」

 ジュドーが片眉を跳ね上げる。

「……ジュドー君、だよね? まったくの別人になっちゃったとか、そういう事はない?」

「はあ? 別人に見えるのかよ?」

「いーや、全然」

「おもいっきり否定するんなら聞くな!」

 へそを曲げたジュドーに向かって、ベンジャミンが慌てて言い繕った。

「あ、ごめん、ごめん。でもでも、さっきの君の言動は、その……意外だったというか、ちょっと度肝を抜かれたから……」

 ジュドーが首を傾げ、ベンジャミンがすまなそうに身を縮めた。

「ごめん。ほんとーにごめんって、思ったよ……。記述に残っていた君のイメージは、あらゆることに秀でた見目麗しい若者って感じで、本当に人も羨むくらいに恵まれた奴だって思ってた。その上、きっとたくさんの人達から慕われながら幸福に生きたんだろーなー、なんて勝手な想像ばかりふくらませてた。まさか、あんな風に苦しんでいたなんてちっとも知らなくて……君、そういったこと、全然周囲の人達に言わなかったんだね? 言っていたら、記述に少しくらいは……」

「……言ってどうなるってもんでもねーだろ? それに、あん時はほんと、ぎりぎりせっぱ詰まった状態で、手心を加えられるような状況じゃなかったんだよ。少しでも気を抜けば負けるってな状況下で、士気を下げるような事を言えってか? 無理だ。いーんだよ、あれで。あいつらを生き残らせる為には、あれが最善だったんだから」

 ジュドーが口調を和らげる。

「……ベンジャミン、お前が気にする事でもねーよ。俺が選んだんだから。城を飛び出す道を俺が、俺自身が選んだんだ。泣いている子供達や、苦しんでいる人達を助けてやりたくて……結果的には、はは、ほんと随分悲惨な事になっちまったけどな……」

 口角を上げ、無理矢理のように笑う。

「だから、ほら、行こーぜ……。あんな事、繰り返さない為にもさ。さっさと行って、さっさと終わらせよう。そんで今度こそ、幸せに暮らしましたって、記述で終わらせてやろーぜ。なぁ? めでたしめでたしって、そういう終わりにするんだよ」

 ジュドーが励ますようにベンジャミンの肩を叩けば、

「あー、ははは、そーだね。そーしよっか、ジュドー君」

 嬉しげにベンジャミンが答え、ライラがそれに便乗する。

「そうだぁー。ジュドー、今度こそ結婚式だー! ライラ、がんばるぞー!」

「って、ちょっと待て。なんでいきなりそうなる?」

 横手から抱きつこうとしたライラを、すんでのところでかわし、さらに抱きつこうとするライラを牽制しつつ、ジュドーがつっこみを入れる。

「だって、ジュドー、ライラの事、愛してるって……」

「い、言ってねー! そこまで言ってねー!」

「違うのかぁ? やっぱりライラの事嫌い……」

「そ、そんな事も言ってねーっていうか、頼む、もーちょっと落ち着け! 記憶が戻ったばっかで少し混乱気味なんだ。アシュレイであると同時に、俺はジュドーだよ。今思うと、昔の俺って、結構かゆくなる台詞、平然と口にしていたような気がするし、あーいう事を今の俺にやれって言われても絶対無理だ。断然引く。だから俺に、昔みたいな接し方を強要されても困るし、その……お前にあの時の状態を再現されるというのも、俺にとっては非常に困る。もう少し時間を掛けて、昔の俺と今の俺が重なるまで待ってくれ。な? な? 頼むから!」

 ジュドーが必死に頼み込むと、ライラが頷いた。

「んー、分かった。ライラ、努力する。べたべたしすぎずに、初めてのお付き合い、みたいな感じにすればいーんだな?」

「そ、そうそう、そんな感じ」

 ジュドーがほっと胸をなで下ろすと、ライラが笑った。

「けど、一つだけ、ライラ聞きたい。ライラの事どう思ってる? ライラは自分の気持ち言った。ジュドーも言って」

「い、い、言えって……い、今ここでかぁ?」

 ジュドーの声が裏返った。

 なにせ人であふれかえっているのだ。

 跪いた神官達が自分をぐるりと取り囲んでいて、その輪の外には、国王と一緒に衛兵がわんさといて、事の成り行きを見守っている。

 こんなに人が溢れかえった中でどーしろと? と、ジュドーは心の中で絶叫し、次いで期待に満ち満ちた目をしているライラに、そろりと目を向ける。

 そう、期待に満ちた目だ。愛の告白を今か今かと待ち望んでいる目……これを拒絶できるほど自分は強くない、ジュドーはその事実を自覚する。まるで背水の陣のような心境だった。逃げ場がどこにもない。

 ピートが面白くもなさそうにぼそりと言った。

「……言っちまえよ。まー、今回だけは聞かなかったことにしてやるからよ」

 ジュドーがぼそぼそと反論する。

「聞かなかったことにしてもらっても、しょーがねーよ。しっかり聞く気だろ、お前」

「そりゃー、耳があるからな」

「気を遣う気があるんなら、もーちっと離れろ」

「やだね。なーんでお前にそこまで美味しい思いをさせにゃーならんわけ? 第一俺だったら、気にせず何回でも『ライラちゃん、愛してる!』って言えるってーの。ほれ、さっさと言えよ。それが嫌なら譲れ! 喜んで引き受けて、愛してるって叫んでやるから!」

「だー、わーかったよ!」

 羨ましすぎるぞ、この野郎! というような顔つきで、ずずいっと押し迫るピートの頭を後ろへと押しやった。ジュドーは観念しきった表情で、こふんと咳払いをし、ふいっと視線を逸らす。顔が耳まで赤い。

「あ……愛してる……」

 蟻さんの声かと言うほど密やかだ。これを聞き取れる奴は地獄耳かもしれない。

「や! 聞こえない!」

 案の定、密やかすぎるジュドーの声に、ライラがふてくされた。もう、これ以上無いほど。ジュドーはうっと言葉に詰まる。

 その後、「愛している」「聞こえない」を一体何度繰り返したことか。一向に状況が改善せず、見るに見かねたベンジャミンが、「せめて人がいない場所で言ってもらったら?」と提案し、何とかライラを納得させたのであった。


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