第22話 二人っきり

「何かやけにご機嫌斜めだね、ジュドー君?」

「……おめーは、めいっぱい明るいな」

 やっと、あまたの好奇の目から逃れることが出来たジュドーは、ぐったりと部屋のソファーに体を埋めながら、鼻歌交じりのベンジャミンに向かって言った。

「そりゃー、もう。明日、とうとう念願の聖剣に目通りが出来るんだよ? 少しぐらい浮かれても罰は当たらない。というより、ここで罰が当たったら、化けて出てやるって感じ? ははは、ほらほら、ジュドー君もむくれない、むくれない。まー、君がむくれてる理由も何となく察しがつくけど気にしないことだね。ほら、笑って笑って。笑う門に福来たる。なんちて。けけけ……」

 どー見ても手にしたワインで、よっぱらっているようにしか見えない。しかも何故か例の自称聖女のエリザベスまでもが部屋にいる。超ご機嫌のベンジャミンが文句を言わなかったので、そのまま部屋にいすわったといった感じだ。

 げんなりとなったジュドーは深々とため息をついた。

 彼がむくれている理由は至極単純で、何処の誰が言いだしたか知らないが、竜舎を巡っている最中に、彼は伝説の竜騎士らしいぞという言葉が飛び交い始め、それによってさらに興奮度が増した周囲の反応に、とうとうジュドーがぶち切れ、「違うって言ってるだろ、おめーら。いい加減にしろー!」と怒鳴り、ぽかんと口を開けた見習い生者達を尻目に、さっさとその場から退散したという経緯があったからであった。

 心底まいったというような風体で、再びジュドーがソファーに身を沈めると、

「……おい、ジュドー、大丈夫か? お前、本当に何か、疲れてるみたいだぞ?」

 ピートが顔を覗き込む。

「まーな……。何か鉛でも飲み込んだみてーだよ。わりぃけど、俺、もう休むわ。ピート、お前も早く寝ろよ。はしゃぎすぎて、ぶっ倒れる前にな」

 ソファーから身を起こし、寝室へと姿を消す。ジュドーの後ろ姿に、ぼんやりと視線を送ったピートは、滅多に見せない困惑顔で呟いた。

「大丈夫かね? あいつ……」

 ライラもまた心配げに寝室のドアを見やり、

「ピート、あんなー……ライラ、これから厨房に行って、暖かい飲み物でも貰ってくるよ。寝る前に飲むと、体が温まるし、よく眠れるからなぁ」

「あ、じゃあ、俺が運ぶのを手伝う……」

「大丈夫だぁ。ライラ、こーいうの慣れてるし、すぐ戻って来るから、ここで待ってて」

 笑いながらそう告げて、急ぎ立ち去った。

 ライラのその行動を目にしたエリザベスは、ぐっと拳を握る。

「さあさ、みんな、そろそろ寝ましょうか? 部屋に帰ってゆっくり休みましょう」

 ぱんぱんと手を叩き、二人っきりにさせようと企むも、

「やだよ、俺全然眠くないし、疲れてなんかいない。もう少しライラちゃんとお喋りしたい」

 ピートがライラから離れようとしない。ちっとエリザベスは女らしからぬ舌打ちを漏ららすも、にこやかな微笑みを浮かべ、猫撫で声を出す。

「ほほほ。ここにライラの魔法画がありますわ。欲しくありません?」

 ちらりとエリザベスが手にした魔法画を見せれば、ピートが食いついた。可愛らしいライラの姿が余すところなく魔法画に映し出されている。ファンならよだれものだった。

「なに、それ! 俺にくれんの?」

「ほほほ。わたくしの部屋に来れば差し上げてもよろしくてよ? どう?」

「行く行く行く! 今すぐ行っちゃう、俺!」

「さあさ、ベンジャミン、エドワード、あなた達もお休みなさいな? 明日はきっと忙しくなるわよねぇ? 伝説の竜騎士の降臨ですものね?」

 上機嫌でそう告げ、全員を部屋の外に閉め出すと、目を輝かせたピートを連れ、優雅な足取りで立ち去った。ベンジャミンがその背を見送り、

「……ピート君と親しくなって、エリザベスは一体何をするつもりなんだ?」

「さあ? ああいったのが好みなんでしょうかね?」

 エドワードもまた首を捻る。女の考えていることは分からないと言いたげだ。

 やがて、トレイを手にしたライラが戻ってくるも、当然ジュドーの部屋には誰もいない。ライラは不思議そうに首を捻るも、大して気にとめることなく寝室のドアを叩けば、着替えた様子すらないジュドーがドアの向こう側から現れ、「何だ?」と尋ねてきた。

 ライラがお茶の乗ったトレイを手に、ふんわりと笑う。

「暖かい飲み物だぁ、ジュドー。これ飲んで休めば疲れが取れる。ライラ、何度も飲んだことのあるお茶だから、味は保証するぞ」

 そう言って、手にしたトレイをジュドーの手に押しつけ、立ち去ろうとするも、そんなライラをジュドーが呼び止めた。

「……お前は飲まねーのか? カップがやけにたくさんあるけど」

「あー、それ、な。みんなで飲もうと思って、たくさん用意したんだけど、なんか、ライラが部屋に来たら、みーんないなくなってたんだぁ。多分、疲れて部屋に戻ったんだと思う。ジュドーも疲れているみたいだし、邪魔するのもなぁ……ライラも部屋に戻るよ」

 すると、溜め息まじりにジュドーが言った。

「いいよ、飲んでけよ。どーせ、寝れねーんだから、同じだ」

「……寝れない?」

「まーな。最近ずっとこうでよ。体は疲れてんのに、神経がさえわたってて、ちっとも眠れやしねぇ……」

 ライラの表情に目を止めたジュドーが、苦笑を浮かべた。

「お前が心配することでもねぇっての。いいから、気にすんな」

 そんな風に答え、お茶の入ったトレイをテーブルの上へ置くと、ソファーへ腰掛け、カップに茶を注ぎ始める。そんなジュドーの様子を、しばし眺めていたライラであったが、同じようにソファーに腰を下ろした。

 無言の時がしばらく続き、

「……何でだ?」

 やがて、ジュドーがそう問うた。

「んー?」

 ライラが不思議そうに首を傾げる。

「何でお前、いまだに昔の恋人の事を、そんなに思っていやがるんだ? 聞いた限りじゃそいつ、前世でお前を殺した奴なんだろ? いっそ、見限っちまった方がよかねーか? そんな奴……。せっかく新しい人生を始めたんだから、新しい恋人でも作った方がいーと思うぜ、俺は」

「ライラは、ジュドーが大好きだ」

「だから、お前な……」

 文句を言おうとするも、真っ直ぐに自分を見つめるライラの姿に、ため息しか出ない。

「あー、あー、分かったよ。じゃ、仮に俺がそうだったとして、俺がお前のことを、もう何とも思ってねぇって言ったらどうすんだよ?」

「……ジュドーはライラが嫌いか?」

「好きも、嫌いもねぇ。知り合ってからまだ一月もたってねーだろーが。俺はお前の事、何にも知らねぇ。まったく身に覚えのない過去の話を持ち出すのは止めてくれ」

「……ごめん」

 しゅんとしたライラの様子に、再びジュドーが溜め息を漏らす。

「あー、ったく。責めてるわけじゃないよ。ただ、可能性としてはあるんだよ。もう何とも思ってないって可能性が……。好きな奴を普通、手に掛けたり出来ないだろ?」

「そうだなー……確かに、ライラもあの時は、そう思ったな。お前が泣いた意味も分からなくて……」

「……泣いた?」

「そうだぁー。ジュドー、泣いてた。ライラ、死ぬ直前にジュドーの顔が見えたんだぁ……。多分、お前がライラを最期に抱きとめたんだな。直ぐ目の前にジュドーの顔があった。それで、泣いているお前の顔を見て、ライラ思った。何でお前が泣くんだよって……。泣きたいのはこっちの方だって。ライラを刺したのも、裏切ったのも、全部全部お前じゃないかって……」

「けど、ジュドーは自分の良心に忠実だっただけなんだな。ジュドーは命ある者達を全部愛したけど、ライラは違った。ライラはお前しか愛さなかった。お前以外は、全部石ころみたいに感じてたんだぁ。だから、簡単に踏みつぶした。それが間違いだって事を、ジュドーは教えようとしたんだよ。だから、あの時も必死に説得しようとした。ライラは、ライラは、ほんと馬鹿だから、全然聞こうともしなかったけどな。それで、結局……」

 声を詰まらせ、ライラは下を向く。

「なー、ジュドー。でも、これだけはライラも分かるぞ。あの時は、全然分からなかったけどなー。ぶたれた方よりも、ぶった者の手の方が痛いこともあるって、あれ、本当だぁー……。ジュドー、痛かったんだな。刺されたライラより、ずっとずっと痛くて苦しかった。だから、泣いたんだー。辛くて、苦しくて……ごめんなー、ジュドー。そんな辛い目に遭わせたのは、ライラだー。だからなぁー、もし記憶が戻って、やっぱりライラの事もう何とも思ってないって言われても、ライラ、それでいい。ちゃんと聞くから、本当の事言って大丈夫だぞ。な、ジュドー……」

 顔を上げたライラは、慌てて声をかけた。

「ジュ、ジュドー? 大丈夫かー?」

「何……」

 何がだ? とそう聞き返そうとして、ジュドーは気が付いた。無意識のうちに頬を伝っていたのは、熱い涙。


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