第21話 地竜ギル

 試合会場の周囲には、随分な人だかりが出来ていた。

 選ばれた場所が、地竜を調教する訓練場であった為、自然と噂を聞きつけた飼育員やら竜騎兵ドラグーンの隊員やら見習生やらが詰めかけ、はては野次馬根性の衛兵達までもが、我も我もと押し寄せていたのだから、大変な騒ぎである。

 その人だかりを見て、当然のごとく、ジュドーの機嫌が一気に斜めった。

「何だ? これは……。見せ物じゃねーぞ、おい」

「わ、わ、分かってるよ。僕だってこれは予想外……っていうか、半分は君のせいだよ。君、昨日、竜の訓練場で何かやらかしただろ? それで見習生の間で、君の事がものすごく有名になってた。竜と話せる少年がいるらしいぞ、って。それ、僕のせい? ねぇ、僕のせい?」

「わーっかったよ。文句言わずにやりゃーいーんだろ、やりゃー!」

 涙目で、ずずいっと自分に押し迫るベンジャミンの頭を、うっとうしそうにジュドーが後ろへ追いやった。次いで、目の前の光景に意識を戻す。

 人垣の中から、かの地竜が入れられている檻が、荷車にのせられ、馬にがらがらと引かれてくる。しんっと静まりかえった中、檻の扉を開ける音のみが響き、ギルという地竜がのそりと姿を現した。

 二足歩行の地竜は、基本的には大人しい性質をしていたが、人など軽く殺せるだけの殺傷力がある。本気で怒らせればひとたまりもない。しかも目の前の地竜は、平均的な地竜よりもずっと大きく頑健で、鋭い視線はその荒々しい気性を多分に物語っていた。

 武装した兵士が、ずらりと試合会場を取り囲む中、地竜へ向かってジュドーがすたすたと近づいていく。眼前でぴたりと足を止め、じっと目の前の地竜に見入っていると、地竜のギルが不機嫌そうに唸った。

 ――なーにガンつけてやがんだ、このくそガキ。何か文句でもあんのかよ?

「いーや、別に。ただどうすっか考えてただけ……。なー、お前、俺があそこの檻に入って欲しいって言えば、入ってくれるか?」

 ――さーってな。わっかんねーな。ま、俺様の気分次第ってやつだ。入りたきゃ入るし、入りたくなけりゃ、入んねー。

「あっはっは。ま、そりゃーそーだな」

 思わず笑ってしまった。至極当然である。

 そんなジュドーの様子を地竜のギルがうさんくさげにじろじろと眺め、彼の周囲をぐるぐると回った。ふんふんと匂いを嗅ぐ仕草をする。

 ――ふん? お前、調教師じゃねーな? 調教具って奴を持ってねぇ。何しに来た?

「あー、それなんだけどよ。なんか、お前と戦って、勝てって言われてんだ。そんで、お前を檻に入れるか、降参させるかしろってさ」

 ――がはははははは。こりゃ、また、お前。随分と無茶な要求をされたな。俺様を降参? 無理無理。しかもおめー、調教具も持たずに丸腰かよ。

「あー、まあ、ああいったものは、いけ好かねぇしな……」

 ――ふん? そこは同感だ。あんなものは、いけ好かねぇ。第一、頭ごなしにあーしろ、こーしろって、偉そうで嫌になる。

「ははは、こりゃ、また随分と嫌われてんな、調教師」

 ――おうよ。大体嫌なことを嫌だと言って何が悪い? 言う事を聞かないからって、体罰を与える奴なんざ、くそくらえだ。この間も、俺様を無理に引っ張る奴がいたから、ちょいと反発してやったんだが、そいつがどうも死んだらしーな。その事で俺様を責めるなんざ、お門違いもいいとこだぜ。無理を強いたあいつ等の方が、よほど悪党だ。

「んー、まぁ、お前にとっちゃ、そうなんだろうな。それに多分、お前も力の加減なんか分からなかったんじゃないのか? 竜の蹴りは強烈だからな」

 ――まーな。確かに死ぬとは思っていなかったよ。大体人間ってやつは、ほんと、もろい。竜同士じゃあれくらい、どーってことねーのにな。

 ギルはふんと鼻を鳴らし、次いで目の前のジュドーに視線を戻す。

 ――しかし、お前……なんだか知らねーが、いー匂いがすんな……

「いい匂い?」

 ジュドーは首を捻り、自分の服の袖をくんくんと嗅いだ。香水なんかを付けた覚えはないのだが、変な所で妙な匂いでも付けただろうかと勘ぐっていると、ジュドーの行動を目にしたギルが、竜らしい咆哮を上げて笑った。

 ――いー匂いってーのは、ま、感じが良い奴って意味だ。ほんと、おもしれー奴。

 再びがははと豪快に笑った後、ふいっとギルは視線を空へ向けた。

 ――ま、そうだな。俺様も機嫌の良い時もある。ごく、たまーにな……。そーいう時は、誰かが偉ぶらずに、友達に頼むみてーに、何かを頼んできたとしたら、もしかしたら聞いてやるかもな? 気が向けば、だけどよ。

「ふーん? んじゃー、ギル。一つ頼みてーことがあるんだけどよ……。ほんの少しの間でいーから、あの檻の中に入ってくれねーかな? 窮屈で嫌だろうけど、そうしてくれれば、俺は本当にありがてぇんだ」

 すると、そっぽを向いたままのギルの尾っぽが、照れくさげにゆらゆらと左右に揺れた。竜が喜んだ時に見せる仕草である。

 次の瞬間、観衆からどよめきが走った。

 何と、暴れん坊のギルが、ジュドーに背を向ける形で、くるりと踵をかえしたかと思うと、檻の方へずしんずしんと歩いて行き、大人しくちょこんとその中におさまったのだから。そんな光景を目の当たりにした人々は、腰を抜かさんばかりに驚いた。

 自分達が目にしたものに理解が追いつかず、誰一人身動きすらしない。

 ジュドーがからからと笑ってみせた。

「はい、俺の勝ち。これで文句ねーな?」

 驚きに目を見開いている国王と、あんぐりと口を開けて突っ立っている大臣に向かってジュドーがそう言ってのける。

 ぱちぱちとライラが嬉しげに拍手をし、続いてベンジャミンもまた盛大な拍手を送った。やったー! と言わんばかりの満面の笑みである。

 すると、それに釣られるようにして、金縛りが解けた周囲の者達による大拍手がまきおこり、大変な騒ぎとなった。

 国王が唖然とした表情でぽつりと言う。

「いや、その……こういう展開は予想外、というより、その、どう判断すればよいと……」

「い、い、いかさまだー!」

 怒りも露わに叫んだのは、コルネール大臣であった。

 ジュドーの傍らに立っていたベンジャミンの所へ、コルネール大臣がでっぷりと太った体をゆすりながら、ずかずかと大股で近寄り、声を荒げた。

「どーせ、ベンジャミン! お前が何か小細工をしたんだろう? 魔法を使って!」

「い、言いがかりです! 隷属の首輪もなしに、竜を自在にあやつれる魔法なんかありませんよ! そんなものどこにありますか!」

「いーや、お前だ! お前が何かやったんだ! でなければ、こんな珍現象がおきるわけがない! 師が師なら、弟子も弟子だ! くだらない小細工ばかりしおって! いもしない竜騎士が実在するかのように吹聴してまわり、国王をたぶらかした挙げ句、こんどは偽の竜騎士などを仕立て上げおって!」

「偽者などではありません! 口を謹んで下さい! 師の悪口など聞きたくもない!」

「ほーう、大きく出おったな。では白黒はっきりつけようではないか。ちょうどここに武装した兵士が百人おる。そいつらを倒して貰おうか。もちろん素手でな。こんなこと朝飯前だろう? 死黒狼デスファングを素手で倒せる実力の持ち主だ。造作もあるまい?」

「無茶苦茶だ! 大臣、あなた本気で……」

「だったら、嘘だと認めたらどうかね? そのほうが遙かに利口……」

「大臣、お待ち下さい」

 二人の間に割って入ったのは何と、同じように状況を見学していた第一王子のアーネストであった。背がすらりと高く、きびきびとした調子で話す王子は、なるほど、整った見目形に、人を引きつける魅力を持った若者であった。

 洗練された上流階級特有の優雅さを持ちながらも、高飛車な感じはまるでなく、柔らかな雰囲気を持った好青年でありながら、人の上に立つ風格をも併せ持っていた。

 ベンジャミンとコルネール大臣の二人を一瞥した後、アーネスト皇子は父親である国王に視線を向ける。

「……父上、竜騎士の記述には、確か、竜を自在に操れる能力を有していたとのくだりもございましたが、そのことはいかがお考えですか?」

「あ? ああ……そ、そうであったか?」

 伝承の類いにはうとい国王が、しどろもどろに答える。

「だとしたら、今の現象は、彼が確かに竜騎士であるという可能性を示しているといえるでしょう。その上、コルネール大臣? あなたはいささか魔法には疎いようだ。その魔法士メイジが口にしたように、今のような現象を引き起こせる魔法など存在しません。今の暴言に対しては深く反省し、魔法士メイジ殿に対して謝罪した方がよろしいかと」

「い、いや、しかし、王子……」

「私の意見に何か異存でも?」

「い、いえ……ございません」

 悔しげにそう答え、一応ベンジャミンに向かって儀礼的な謝罪の言葉を口にしたが、その表情が、申し訳ないなどとは微塵も感じていないことを明確に物語っていた。

 ライラの明るい声が響く。

「アーネスト、ありがとうなぁ。ほんとお前は公正な奴だぁ。きっと良い王様になるぞ」

 ライラの言葉に、アーネストが嬉しそうに笑う。

「いえ、当然のことをしたまでです。礼にはおよびません」

 次いで、ジュドーの方に視線を向け、

「ジュドー殿。お初にお目に掛かります。私はベルギアス王国の第一王子アーネストです。以後お見知りおきを」

 そう丁寧に挨拶され、戸惑うばかりだ。

「あー、その……俺は見ての通り平民だし、堅苦しいのは苦手でね。宮廷風のあいさつを返せ、なんていうのは勘弁してくれ」

「ははは、分かりました」

 ジュドーの返答に、アーネストが明るく笑う。次いで、自分に向けられたアーネストの無遠慮な視線にジュドーが閉口する。

「……なんだよ?」

「あ、いえいえ、失礼。ただ、そう……少しこの目に焼き付けておこうかと思いましてね。未来のライバルの姿を……」

「はあ?」

「まだ、確定してはいませんが。それでは、失礼。また、後ほど」

 そう言い終えると、軽く一礼し、立ち去った。

 その後、国王や警護をしていた兵士達が居なくなると、途端にまってましたとばかりに、竜騎兵ドラグーンの見習生達がわんさとジュドーの周囲に群がり、竜達が今、何と言っているのか教えてくれとせがみ始めた。

 特に自分の持ち竜が何と言っているのか、自分の事をどう思っているのかを、しきりに知りたがり、結局ジュドーは、それぞれの持ち竜がいる竜舎を順に巡り歩く羽目となったのであった。


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