第20話 強さの証明
コルネール大臣は、目の前の光景に面白くもなさそうに口元を歪めた。
ベンジャミンが連れてきたという例の小僧が、
先王の代から王宮
ある時、コルネール大臣が宴会の席で、ど派手な衣装でめかし込んできたことがあった。それは、緑の上質なチュニックに大粒のエメラルドをあしらったもので、コルネール大臣は自らの権力の象徴とばかりに、とかくその衣装に関しては、自慢たらたら鼻高々であったが、無論そんな格好を質素を好むザドクが快く思うはずもない。
民衆のことを第一に考えた行動をすべきだと忠告し、「まるでカエルの親玉だ」などという辛辣な嫌みを口にした。それに、コルネール大臣が立腹するより早く、ザドクの喩えに妙に得心してしまった周囲の者達から失笑を買ってしまったのだ。
なにせ言い得て妙とはこのことで、誰もが納得するほどぴったりな喩えだったらしく、どこからともなく上がったくすくす笑いは、やがて天をつくほどの大爆笑へと変化し、その事で山よりも高いプライドを粉々に砕かれたコルネール大臣は心底腹を立て、それ以来犬猿の仲という有様であったのだ。
大人げないとも言う。
そういったいきさつ上、ベンジャミンの師匠であるザドクが逮捕された時には、コルネール大臣は小躍りしたものだった。これで邪魔者を厄介払いできるとばかりに、いろいろと難癖を付け、国外追放にまで追い込んだのもつかの間、ここで万が一にも彼が信用を取り戻せば、逆に自分の立場は危うくなりかねない。
コルネール大臣は、もったいぶった仕草で切り出した。
「ま、まあ……エドワード殿が嘘を言っているとは、私も言いませんとも。しかし、疑う者もいるであろうという事は、あー、その……ご理解頂けるでしょうな? ですから、左様。それ相応の証拠というものを提示して頂きたいのだが……」
エドワードが反論する。
「……ですから、先程も申し上げましたように、ジュドー殿は、原因不明のトラウマをかかえており、真剣を握れないのです。ですが私は、木刀での練習で、既に彼の才覚をはっきりと見て取っております。真剣を握れるか否かは、おいおい克服してゆくしかございません。今すぐにというわけには……」
「ああ、分かっておる、分かっておる。だが、貴殿の話を裏付けるには、真剣を使う必要などありませんぞ」
そう断言し、コルネール大臣は視線を国王へと移す。
「陛下、如何でしょうな……。実際に、エドワード殿の話を、例の、あー……少年に再現してもらうというのは?」
「再現?」
「左様……。まぁ、
「うむむ……」
大臣の提案に国王が頷きかけ、エドワードが慌てた。
「地竜? まさか大臣殿……ギルという例の地竜をジュドー殿にけしかける気ではないでしょうな? あれはすでに乗り手を一人殺しております。非常に危険……」
「
「しかし、大臣殿! たかがテストでそのような危険をおかせなどと誰が頼めますか!」
「あー、分かった分かった。なら、こうしよう」
反目し合う二人の会話を、煩そうにシャルル国王がさえぎった。
「武装した衛兵を周りに待機させておく。これでどうだ? もし例の少年が、降参の合図を出せば、直ぐにでも試合は中止させる。こういう条件でなら悪くあるまい?」
「それは大変良い案にございますな、陛下」
大臣が即座に賛成し、国王に向かってうやうやしく頭を下げた。
大臣のでっぷりと太ったその体は、国王のような堅太りとは違い、ぶよぶよとした脂肪のかたまりであることが見て取れる。明らかな運動不足を匂わせる体型に、てらてらと脂ぎった顔はどこか狡猾そうで、成る程、ザドクの言葉通り、これで緑の衣装などを着込めば、狡いアマガエルの出来上がりといったところであった。
コルネール大臣は、お辞儀をした体勢のまま、エドワードに向かって口元を歪め、にやりと笑ってみせた。これで逃げることなど出来まいとでもいうように……。
結局エドワードは、その条件を飲まざるを得ず、苦々しい思いで退出した。
その報告を聞くやいなや、ベンジャミンが憤慨する。
「あんの腹黒大臣! どこまでもいやみったらしい……。師匠の裁判の時もそうだった! 陛下にあることないこと吹き込んで! いーや、それを真剣に聞く陛下も陛下だよ! 少しは人を見る目ってものを……」
「ベンジャミン、少し落ち着け」
「これが、落ち着いていられますか! あいつと師匠とは昔っから馬が合わず、いけすかない奴だったけど、なんで、こうまで目の敵にされなきゃならんわけ? こっちのやることなすことに、いちいち難癖付けて! あー腹の立つ!」
ベンジャミンが、まるで子供のようにじたんだをふむ。
「だから、落ち着け。個人的な恨みは、このさい忘れろ。肝心なのは、今回の無茶な申し出を、どう乗り切るか、だ。ジュドー殿にどう切り出す?」
「どう切り出すったって……正直に言うしかないでしょ? この場合。下手に隠し立てなんかしたら、逆にへそ曲げるよ、あーいうタイプは……」
ベンジャミンの意見にエドワードも同意し、頷いた。確かに下手な隠し立ては逆効果だろう。そうはいっても、言い出しにくいことこの上ない。
気が進まないながらも、ジュドーの部屋を訪れたベンジャミンは、恐る恐る今までの経緯を告げ、ジュドーの姿にじっと視線を注ぐ。まるで爆発寸前の火薬をかかえたような気分である。ややあってから、
「んで、勝敗はどうやって決めんだ?」
ジュドーがそんな事を言い出した。
「勝敗?」
「まさか、殺せとかいうわけじゃねーんだろ? 竜なんてほんと、馬鹿みてーな値段で取引されてるもんな。問題を起こしても、処分なんてまずされねぇ。今回の気の荒い奴も、お偉方はそんな感じで、隔離って方法をとったわけだ。で、どーすんだ?」
「あ、ああ。確か……解放した竜を再び檻の中に追い込めばいいって話……」
「ふーん、檻にぶちこめ、ね。で、それ以外で勝利宣言できる方法はあんのか?」
「それ以外? そりゃー、対峙した竜が戦闘不能になれば完全勝利だろうけど……どうせジュドー君のことだから、殺す気なんてないんでしょ? ま、うまく気絶させるなんて真似が出来るんなら、それでもいいと思うけどねぇ?」
「ふーん、分かった」
「え?」
「つきあってやる。結果は保証しねーけどな」
「い、いいのかい」
嬉しさ半分、驚き半分で、ベンジャミンが椅子から立ち上がる。
「いいもなにも……んじゃ、俺が断ったら諦めんのか? お前」
「諦めない」
ベンジャミンの即答に、ジュドーが苦笑を漏らす。
「だろ? ほんと、食い下がりようはスッポン並みだよな、お前……。要するに争うだけ無駄ってことだ。はえーとこ終わらせれば、それだけ早く村に帰れる。そんだけだ」
ぶっきらぼうに言い捨てられたものの、ベンジャミンは心底喜んだ。ジュドーの手を握ってありがとうを連発し、さすがにジュドーも最後には、「うっとうしいから自分の部屋へ戻れ!」と、彼を部屋から追い出したのであった。
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