第19話 エリザベスの企み
「お帰りなさい、遅かったわね」
エリザベスにそう声を掛けられ、ジュドーは思わず開けたはずの部屋のドアを、バタンと閉めていた。周囲を見回し、自分にあてがわれた客室だと再確認したジュドーが、再びドアを開ければ、やはりそこにエリザベスがいる。胸の開いたドレスは何ともケバケバしい。今に始まったことではないが。
ゆったりとした仕草でエリザベスがジュドーに歩み寄る。
「……なんか用か?」
「あら、用がなければ来ては駄目なの?」
ワインでもどう? とエリザベスに勧められ、断ると、
「あら、あなた、もう成人しているわよね?」
そうエリザベスに揶揄われる。そう、もう十六才だから成人だ。けれどもとても成人しているようには見えないので、酒場で酒を頼もうものなら、ガキが何言ってやがると笑われてしまう。それは自分でも百も承知で、だからこそ腹が立つ。
「お前とは飲まない」
そう告げると、
「わたくし、あなたに嫌われているのかしら?」
エリザベスが悲しそうな表情を作る。
「用がないのなら出て行ってくれ。疲れている」
「ふうん? なら、そうね。マッサージは如何? とっても気持ちよくしてあげるわ」
にじり寄るエリザベスをかわせば、
「ねえ、わたくしと手を組まない?」
やおら、彼女がそう切り出した。
「手を組む?」
「そう。あなた、多分、本物の竜騎士よ。火竜を従えられるんだものね? くやしいけど、ベンジャミンの言う通りだったってわけよ」
ジュドーの肩にへばりついているクーノに、エリザベスが目を細める。
王都に着いてからというもの、見知らぬ人間が沢山いるせいか、クーノはこうしてジュドーにへばりつき、離れようとしない。
「だから、わたしくしと手を組んで欲しいの。ベンジャミンではなくて、このわたくしとね」
「嫌だと言ったら?」
「あら、つれないわね。何でもお望みのものを与えてあげるわよ? お金でも女でも地位でも名誉でもね。ベンジャミンに期待しても駄目よ? あれは変わり者のザドクを崇拝しているもの。権力欲も名誉欲も金銭欲もないの。あれが望むものは知識ね。ザドクと同じように知識欲だけは旺盛よ」
「どっちもどっちだな」
俺が吐き捨てると、
「あら、そんなことはないわよ。あなたが望むものをわたくしなら与えてあげられるのよ? いい取引だと思わない?」
「……俺は村に帰りたい。それを叶えてくれるのか?」
「それは無理よ。あなたが必要なんだもの」
「じゃあ、諦めてくれ。俺に取っちゃベンジャミンもお前もどっちも同じだ」
「……本当に融通の利かないガキね」
エリザベスが嫌悪も露わにそう吐き捨てると、ジュドーが笑った。
「はは、それが本音か?」
「あなた、あのライラって子が気に入らないんでしょう? わたくしの力であの女を排除してあげてもいいわよ? これでどう?」
すうっと部屋の温度が下がったような気がして、エリザベスは一歩身を引いた。一体何なのよ? そう言いたげに。
「……どういう意味だ?」
ジュドーの低い声音がかなり物騒だ。
「どういうって、その……」
「余計な世話だ。出て行ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。わたくしもあなた同様、あの女が嫌いなのよ。出来ればここから追い出したいの! ね、目的は同じでしょう? わたくしと手を組みましょうよ。あなたにとって悪い話じゃ……」
エリザベスは息を飲んだ。自分を睨み付けるジュドーの眼光が空恐ろしい。
「ライラに危害を加えたらただじゃおかない……」
そう脅されて、エリザベスの背に冷や汗が伝い降りる。
「な、なによ、なによそれ……もしかして、もしかして、あなたも本当はあの女の事が好きだったとか?」
ジュドーが言葉に詰まれば、エリザベスがまなじりをつり上げた。
「ちょっと、もしかして本当なの? それ! あんた、あんなそっけない態度を取っていながら、あなたも本当はあの子に惚れてたってわけ?」
落ちた沈黙がそれを肯定しているようで、エリザベスは癇癪を起こした。
「もうもうもう、何なのよ、皆して! ライラ、ライラ、ライラって! あんな下賤な女のどこがいいのよ? わたくしの方がずっといい女よ! なのにアーネスト殿下まで彼女に首ったけだし! 清純そうな振りして、どれだけ男をたらし込めば気が済むのよ! あんな女、大っ嫌い! 絶対絶対、追い出してやるんだからぁ!」
エリザベスの叫びにジュドーが眉をひそめた。アーネスト? 聞いた名だ。確か、ライラがやたらと自分に親切だと口にしていなかったか? なるほど、な。
「アーネスト殿下……惚れてるのか?」
ジュドーがそう問えば、怒鳴られた。
「うるっさいわね! あんたに関係ないでしょう?」
「自分の恋路にライラが邪魔なら、彼女の恋が実るようにしてやったらどうだよ?」
つい、そう口を挟んでいた。
その台詞にエリザベスが目を丸くする。
「あんたはこの国の王子に惚れてるんだろ? そのアーネスト殿下とやらが、彼女にちょっかいをかけるのが気に食わないなら、ライラが好きな奴とくっつくよう手助けしてやればいいじゃないか。だろ? 彼女は竜騎士とやらに惚れている。そいつを探す手伝いをしてやったらどうだ? 彼女に嫉妬して嫌がらせをするよりは、そっちの方がずっと建設的だと思うけどな」
そうすれば俺はお役御免だしな、ジュドーはそう思ったのだが、
「……それもそうね」
エリザベスはくるりと気を変え、明るく笑った。
「そうよ、その通りだわ。あなたとライラがくっつけばいいのよね! そうよ、そうすればアーネスト殿下もきっとライラを諦めるわ! 相手が伝説の竜騎士じゃあ、流石に横恋慕は無理だものね!」
「は? いや、ちょっと待て! 俺は違う、俺は竜騎士なんかじゃ……」
ジュドーが慌てて待ったをかけるも、
「そうと決まれば善は急げね! あの子をけしかけて、あんたの寝床に放り込めばそれで丸く収まるわ! 据え膳食わぬは男の恥って言うものね! 絶対手を出すはずよ! こうしちゃいられないわ!」
「ちょ、まてえええええ! やめろ! お前の考え、どうかしているぞ! 思考そのものがどっかおかしい……」
あっという間にジュドーの部屋からかけ去ったエリザベスは、そんなジュドーの抗議など聞いちゃいないのだった。
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