第18話 飛行競争
「うっわー、君、うまいね。本当に初めて?」
ジュドーと一緒に並んで飛んでいる見習生が、感嘆の声を上げた。
翼竜にまたがっている見習生は、一二、三歳といったところか、無邪気に笑うその姿は、温室育ち特有の素直さとおおらかさを感じさせた。
「ライラの時もそうだったけど、どーしてかな……。最初はみんな、飛ばすだけでも一苦労なんだよ。ほら、君の友達は、それでいまだに地面を走ってるだろ? あんな風に、なかなか翼竜が飛んでくれないから、普通、初めての時は、みんな地面を走らせるだけになっちゃうんだ。乗り方とか扱いが下手だったりすると、それだけで翼竜は言うことを聞いてくれなくなっちゃうからね」
「ふーん? けど、褒められてもしょーがねーっていうか……わりーけど、俺は何にもしてねーよ。扱い方なんか分からないから、こいつに任せっぱなしにしてるだけだ」
「え? でも、何にもせずに飛ぶはずないよ。それに、ちゃんと右に行ったり左に行ったり、君の言うこと聞いているみたいに見えるけど?」
「頼んで、そー飛んでもらってるだけ。けど、まー、バディも毎度毎度手綱にぎられて、こー飛べ、あー飛べってやられるより、この方がいいんじゃねーのか? なぁ?」
はははとジュドーが笑うと、まるで翼竜が返事をするように、くるると鳴いた現象に見習生が目を丸くした。
「何か、今、返事したみたいだけど」
「ああ、ありがとうってさ」
「ありがとう? 何か、君、竜の言葉が分かるみたいだね」
「……さーな。どーでもいいだろ? んなこたー」
ベンジャミンの反応で、すっかり警戒を深めていたジュドーは、素っ気なく答えた。
そこへ突如、別の声が割って入った。
「よー、くそチビ」
言わずもがななユージンである。口角を上げ、にやりと笑う。
「初めてにしちゃー中々だな。どーだ? 俺と競争しねーか? あそこの山の麓までよ」
「ちょっと、ちょっと、ユージン。駄目だよ。練習区域から出るなって隊長が……」
「うっせー、黙ってろ、この出しゃばりの良いこぶりっこが! お前も痛い目にあいてーか!」
ユージンの怒声に、びくんとしたように見習生が押し黙る。
「よー、どうした? 怖じ気づいたのかよ? この口先ばっかのくそチビが!」
「……うっせーな。このうどの大木。やりたきゃ勝手にやれよ。俺は知らねー……。竜を喧嘩の道具に使う気は、いっさいねーからな」
挑発に乗るかと思いきや、あっさりかわされ、ユージンはぽかんとなる。次いで、飛行スピードを上げ始めたジュドーの後を、慌てて追いかけ始めた。
「おい! 逃げる気か! 待ちやがれ!」
「うっせーな。しつけーぞ、ったく……おーい、バディ、もっと早く飛べるか? この阿呆をもっと引き離してくれると、ありがてーな」
すると、バディがそれに答えるように、くるくると嬉しげに鳴き、勢いよく羽ばたき始めた。ぐんぐん遠ざかっていくジュドーの背に、さらに怒りを煽られたか、ユージンがしつこく食い下がった。
「待て! このひきょーもん! 待ちやがれっつってる……」
みるみるうちにユージンの声が後方に遠ざかっていき、ジュドーはやれやれというようにため息をついた。やがて、耳障りな声が聞こえなくなると、ジュドーが礼を言った。
「ありがとよ、バディ。ほんと、しつけーやつ」
最後のぼやきに、バディがくるると反応する。
「あー? いばりんぼだから、みんなに嫌われてる? ははは、そりゃー気の毒。ん? あー、いやいや、あいつじゃなくて、あいつを主人に持ってる竜の方だよ。そーそー、そーゆーこった」
ジュドーは可笑しそうに笑い、次いで眼下に広がる雄大な景色に視線を送った。
高く澄んだ青空に、遠くに霞んで見える青い山々や、大地に広がる森や丘陵を見下ろす景色は、成る程、ライラの言うとおり、大変に美しく心奪われる光景であった。
――大空を飛び回るのって。ジュドー好きだったろ?
ライラの言葉がふと耳に蘇り、思わず苦笑する。こんな景色を嫌う奴なんかいねーっての、などという感想を漏らしつつ。
やがて、ジュドーが地上へ戻ると、見習生達の盛大な歓声に迎えられてしまい、唖然となった。何が起こったのか分からない。周囲を見回し、同じように拍手をしているライラに近づき、説明を求めた。
「……この拍手は何だ?」
ライラがふんわりと笑った。
「すごいなー、ジュドーは。みんなもすごいすごいって言ってるよ。やっぱりジュドーだぁ。ユージンを負かしたのは、ジュドーが初めてだって」
「はあ? いつ俺があいつを負かしたよ?」
「ユージン、ジュドーが乗った竜に全然追いつけなかった。みーんなそれ見て、すごいすごいって……」
嬉しそうにはしゃぐライラの姿にため息を漏らす。
「……勘違いもいいとこだ。凄いのはバディであって、俺じゃねー。俺はただ乗っかってただけだ」
「でも乗り手が、バディの力を引き出したんだぁ。だって、バディがユージンの竜を負かしたのは、これが初めてだしなぁ」
「……そりゃー、さぞかし今までの乗り手が、へたくそだったんだろーよ」
不機嫌そうにそう言い捨てて、ジュドーは立ち去ろうとするも、ユージンがそれを止めた。語気荒くジュドーに詰め寄ったのだ。
「俺はこんなの認めねーからな! もう一度きちんと勝負しろ!」
ジュドーのまなじりがつり上がる。
「おめーもいちいちしつけーよ! 第一! こんな勝負でお前が勝っても、偉いのはお前の竜のレックスで、お前じゃねぇ! 勘違いすんな、このタコ!」
「んだと、このくそチ……」
罵声を浴びせようとしたユージンの動きが、ぴたりと止まる。怪訝そうに眉をひそめた。
「……なんでお前が、俺の竜の名前を知ってんだよ? 俺はお前になんか教えてねーぞ」
ジュドーがそっけなく言う。
「……知らねーよ。誰かが言ってんのを聞いただけだろ?」
「いや、そんなはずはねぇ……。俺は誰にも教えてねぇよ。誰か他の奴に、俺の竜の名前を口にされたくなかったから、わざと教えなかったんだ」
返答に窮したジュドーが押し黙ると、先程ジュドーと一緒に飛んだ巻き毛の見習生が、興奮気味に叫んだ。
「きっと竜から聞いたんだよ! さっき竜と話してたの僕、見たもん!」
その台詞に、ざわざわと周囲が騒がしくなる。
「あー? ホラふいてんじゃねーぞ、アレン! ぶっ飛ばされてーか!」
ユージンが詰め寄ると、巻き毛の見習生アレンが気圧されたように後ずさる。
「だって、だって……い、い、今気が付いたけど、バディっていう竜の名前も知ってたよ。それも教えてもらってないと思うけど……ね? ジミー?」
「う、うん。教えてない」
アレンの隣にいた金髪の少年ジミーが、おどおどと答えた。二人の返答にユージンが眉をひそめ、ジュドーに胡散臭そうな視線を向ける。
「……バディっていう名は、誰から聞いたんだ?」
「さーな。覚えてない。そんなに大したことでもねーだろ?」
「待てよ。よかねーな。俺の竜の名は、誰から聞いたんだ? 人から聞いたってんなら、そいつが誰だが教えろ。ぶっ飛ばしてやる」
「いちいち覚えてねーよ、いいから放せ」
立ち去りかけたジュドーの肩を掴んだユージンの手を、煩そうに払う。
そこへ、のんびりとピートが割り込んだ。
「なんで隠すんだー、ジュドー? 別に竜と話せるって言ったってもごもご……」
「いーから、ピート、黙ってろ! これ以上話をややこしくすんな!」
ジュドーはピートの口を塞ぎ、しーっという声を出す。
そこへ、無駄じゃねーのという感じで、ピートがある一点を指差した。そちらへ視線を向けたジュドーは、自分の努力が水泡に帰する瞬間を目にする事になる。
「うん、そうだぁ。ジュドーは竜と話せるぞー。ライラ、保証する」
人だかりの中央で、ジュドーの気も知らず、嬉しげに話して聞かせているライラの姿を発見したのだ。ライラの言葉故か、完全に信じ切ってしまったらしい周囲の者達の様子を目にしたジュドーは、思わず全身脱力する。
ほんと勘弁してくれ! とジュドーは心の中で叫んだのだった。
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