第17話 竜騎兵

 一方、ジュドーの方は竜舎を訪れるべく、ライラとピートの二人と連れ立って、迷路のような城の廊下を歩いていた。

 浮かれまくっているライラの背を眺めつつ、「勝手に城の中を歩き回って良いのかよ?」とジュドーが問うと、ライラが上機嫌で言った。

「大丈夫だぁ。アーネストがな、自由にここへ来て良いって、ライラ、許可もらってる。もう何度もここへ来てるし、顔見知りの衛兵も問題ないって言ってくれているから平気だぁ。ほんと、みんな良い奴だなぁ」

「……アーネスト?」

「なー、ライラちゃん。アーネストって誰?」

 ぽろりと漏らした個人名に、すかさずピートが反応する。

「この国の王子だぁ。すっごいハンサムでもてるんだぞ? ライラの友達だけじゃなくて、魔法学院の女の子達は、みーんなアーネストにお熱だから、彼がふらっと見学に来た時なんか、もー、大変だぁ。授業にならないくらい大騒ぎになる。けどほんと親切な奴だから、もてて当然だぁ」

「ふーん、親切?」

 ピートが含みのある言い方をする。

「そうだぁ。アーネストはな、魔法学院に来るたんびにライラに美味しいお菓子、差し入れしてくれるんだぁ。けど、ある時な、こういうものはみんなで食べると美味しいって言ったら、今度はたーくさん持ってきて、全員にくばってくれてなぁ……。そんでもって、不自由してることはないかって、いっつもライラの事、気に掛けてくれる。ライラの家は、魔法学院じゃめずらしいくらいびんぼーだからなぁ。ほんと、良い奴だぁ……」

「……ライラちゃん、それ、どう解釈しても下心みえみえだって」

 小声でぼそりとピートが不平を漏らす。

竜舎の野草地では、二足歩行の地竜がのっしのっしと我が物顔で歩き回っていた。緑の鱗に覆われた地竜に翼はなく、乗り手は馬と同じように地上を走らせるだけであったが、地竜は軍馬などとは比べのものにならないくらい強い。

 ライラが両手を広げた。

「ここはー、地竜が放し飼いになってる。おとなしーから、ピートも遠慮せず触っていいぞ。中には気性の荒い奴もいるけど、それは別区画にいるから大丈夫だぁ。そんで、ここから先の方は、竜騎兵ドラグーンの見習生達が、翼竜に乗る練習をする訓練場になってる。翼竜の飛行訓練は見てると面白いぞ。隊列を組んで空を飛んだり、競争したりするから、まるで曲芸を見ているみたいなんだ。ライラはそこが好きだぁ。闇竜でジュドーと一緒に飛行競争した時の事を思い出すからなぁ」

 嬉しそうにそう言い、ライラは野草地の柵を開け、中へと入った。ジュドーとピートもそれに倣う。すると、体の大きな男が、竜舎の中からのっそりと姿を現した。

「ライラ、よく来たな」

 体は大きいが細い目が常に笑っているように見え、人当たりは良さそうだった。

竜騎兵ドラグーンの見習い連中も喜ぶ。で、そっちの二人はライラの友達か?」

 ライラが嬉しそうに笑う。

「そうだぁー。こっちがジュドー・ブラックで、こっちがピート・アイザック。そんで、ジュドーの方は、ほら……前にもライラが話したことがある竜騎士だぁ。やっと見つけたんだよ、ライラ」

 竜の飼育員である大男のジョニーは目を丸くし、次いで顔をほころばせた。

「そうかぁー、そりゃー、良かったな。随分と長いこと探し回っていたみたいだしな。ほんと良かった」

「……ちげーっての」

 ぷいっと横を向き、ジュドーがぼそりと反論する。

 ジョニーがジュドーを見下ろし、しげしげと眺めた。

「んー……けど、聞いていた印象とは大分違って、小柄だねぇ、君。もっと、こう、体の大きな男を想像していたんだけど……」

「悪かったな」

「いやいや、悪いって事はないよ。ただ、ちょっと意外だっただけ」

 ジョニーが人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。

 その後、竜舎の案内役を買って出たジョニーだったが、

「いやー、君、凄いね」

 案内途中でジュドーに向かってそう言った。感心しきりといった風である。

「は?」

「いや、ほんと、凄い。竜騎士だってライラが言うのも頷ける。気が付かなかった? 竜達の鳴き声だよ。あれは、本当に嬉しい時にしか出さない声なんだ。君が近づくと、竜達がこぞってあの鳴き方をするし、特にほら、地竜のヒューイに近づいた時のあいつのあの反応! あいつは本当に気むずかしい奴でね。僕以外の人間に、体を触らせたことなんかないのに、君の場合は嫌がるどころか、喜んで撫でられてた」

「……んなのは、証拠になんかなんねーよ」

 不機嫌そうにジュドーが言うと、ジョニーが不思議そうに首を捻った。彼の反応が理解出来なかったのだろう、ピートが言い添える。

「あー、その……ジュドーはな、竜騎士だって言われるのが嫌いなんだ。ま、そこは深く考えないで、そっとしておいてやってくんねーか?」

「んー? まあ、いいけど? 竜騎士だって言われるのが嫌? ふうん? 普通、光栄に感じると思うけどな……。いやいや、僕だったら光栄すぎて辞退するかな。もしかして君もそうなのかな? ま、いいや。ほら、着いたよ。翼竜の飛行練習を行う訓練場だ。今、ちょうど飛行練習を始めたとこらしいね?」

 長い首と尾を有した翼竜が、自身の青い翼を大きく広げて、大地を力強く蹴り上げ、悠々と大空に舞い上がっていく。翼竜の背にまたがった竜騎兵ドラグーンの見習生達が、ずらりと一列に並び、順次飛び立っていく所だった。

 と、見習生の少年が、ライラに気が付き、大きく手を振った。

 すると、それに呼応するように、次々と見習生達がライラに気が付き始め、あっという間に見習生の少年達に取り囲まれてしまう。

 少年の一人が興奮気味に身を乗り出した。

「ライラちゃん、また見学に来たの? 今、ちょうど隊長がいないから、また翼竜に乗らない? 僕の翼竜を貸してあげるから」

「いや、それだったら俺が貸してやる。でしゃばんなよ、お前」

「なんだとー! お前こそ、ひっこんでろよ!」

「いーや。前回は、お前のにライラちゃん、乗ったじゃねーか。今回は俺だ」

「それだったら、僕のを使ったって……」

「しゃしゃり出てくんな、このグズ!」

「あー、言ったな。君の乗り方だって、僕と大して変わらないじゃないか!」

 集まってきた連中が、てんでに自分の主張を言い合い、わいわいがやがや、とんだ騒ぎである。ライラが大声を張り上げた。

「あ、あんなー。みんな、ちょっといーかー? 今日は、みんなに紹介したい人がいるんだぁー。ライラの友達で、ジュドー・ブラックとピート・アイザックだぁ」

 その一言で、ぴたりと騒ぎが止み、ジュドーとピートの二人に視線が集中する。

「そんで、ライラ、ジュドーを翼竜に乗せてあげたいんだぁ。誰か貸してくれるかぁ?」

 ライラの提案に、ジュドーが慌てた。

「お、おい。俺、乗ったことねーよ!」

 ジュドーがそう言うと、ライラがふわりと笑った。

「大丈夫だぁ。ジュドーなら、すぐに乗れるようになるよ。それに、すっごく気持ちいいんだぞ? 大空を飛び回るのって。ジュドー好きだったろ?」

「好きも何も……あーもう、お前いい加減にだな……」

「ライラの友達? ふーん……」

 最年長らしい少年が、ずいっと前へ進み出て、居丈高にじろじろとジュドーを見下ろした。目元の涼しげな偉丈夫であったが、どこか威圧的で近寄りがたい。人を見下したようなその目は、口にこそ出さなかったものの、はっきりとジュドーとピートの二人の存在を「気に入らねぇ」と語っていた。

「おい、お前! それから、おめーもだ。はっきり言っておくが、ライラは誰にでも優しいんだ! 勘違いすんじゃねーぞ、こら!」

「……お前にんなこと言われる筋合いはねーよ」

 ジュドーがそう言い返し、ピートが賛同するように頷く。すると、ジュドーの横柄な態度が感に障ったか、リーダー格的な少年が声を荒げた。

「んだと、このチビ!」

 少年の放った一言に、ジュドーが頭に血を上らせる。

「んだぁ? でかけりゃいーってもんじゃねーぞ! このウドの大木!」

「何だと? 減らず口叩きやがって。小生意気なくそガキが! 年長者に対する礼儀ってものを……」

「ユージン! ユージン! 駄目だぁ! 喧嘩はよくない! ライラ、喧嘩は嫌いだぁ! 前にも言ったろ? みんな仲良くするのが一番だって」

 すかさずライラが止めに入った。頬をふくらませて、怒ったようにライラがユージンを睨み付けると、毒気を抜かれたようにユージンは拳を引っ込め、引き下がった。その場を離れつつ、「覚えてろよ、このくそガキ」と忌々しげに呟いた。


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