第16話 問題勃発
「大神官がへそを曲げた。どうも、その……大勢の若者に聖剣にべたべた触れさせたのがお気に召さなかったようでな。選別しろと言われてしまって……」
「はあ? 一体どういうことですか?」
「つまり、何というか、その……お前が竜騎士を見つけ出せるかどうか、半信半疑だったから、もう一つ手を打ったんだ。ふれを出してな、聖剣を鞘から引き抜けた者には、褒美として巨額の富を与える、と。そのふれのお陰で、ありとあらゆるところから若者が集まったはいいが、いかんせん、これに大神官が激怒してな。『陛下! 竜王様から賜った聖剣をなんとお考えか! 金目当てに集まったごろつき連中に、神具である聖剣を手に取らせるなど言語道断! いかな国王とは言え、神に対する冒涜は決して許されませぬぞ!』と。その後もめにもめて、結局、大神官の眼鏡にかなった者ならば、という条件付きで聖剣に目通りを許す、ということになってしまったんだ」
「で、でしたら大神官に、すぐにでも目通りを……」
「すぐにというわけにはいかん。ふるいにかけるという約束をさせられたのでな」
「ふるい?」
「つまり数があまりにも多いので、いちいち相手をしてはいられないということだ。そこで、剣の試合をやらせ、基準に満たない者を排除せねばならん。そこで……」
「陛下! 本物の竜騎士です! まさかそんな馬鹿げた試合をせよとおっしゃる気ではありませんよね?」
国王がむっとしたように言う。
「馬鹿げていようと何だろうと、それが条件だ。それに、本物だというのなら、心配などする必要はないのではないかね? 竜騎士が剣の達人であったことは、周知の事実なのだから」
なおも言いつのろうとするベンジャミンの言葉を国王はあえてさえぎり、用意させた部屋で休むようにと告げ、退出した。
衛兵の案内の下、再び王城の長々とした廊下を歩きながら、ジュドーがベンジャミンの背に向かってぼそりと言う。
「……剣試合なんて、俺、出来ねーからな」
「わかってるよ。対策考えるから、ちょっと待ってて」
振り向かずに、ベンジャミンがそんな風に答える。流石に苛立ちを隠せないようで、声がどこか刺々しい。
やがて、案内された部屋の前まで辿り着くと、ベンジャミンがジュドーに向かって、真剣かつ必死の形相で要求した。
「部屋でちゃんと大人しくしているように。くれぐれも、だまーって村まで帰らないでちょーだいよ? お願いだから。ピート君も、ライラと一緒にいたかったら、絶対ジュドー君を、こっから帰さないようにね? 分かった?」
「オーケー。すっぽんのごとく食らいついて離れないから、安心しろよ。トイレの中から風呂に至るまで、ずーっと付きまとってやるから」
そんな安請け合いをするピートに、ジュドーが大仰にため息をついた。こいつはやるといったら絶対やる奴だと思いつつ……。
その後、自分にあてがわれた部屋の中で、ベンジャミンは憤慨していた。
「まったく一体どーなってんの? ああ、もう、あの国王は! 事態をほんとややこしくしてくれちゃって! 余計なことせずに、大人しくしてくれていればよかったのに!」
「……お前が、見つけ出せるかどうか怪しいなどと、もったいぶるからだ」
エドワードが冷たく突き放す。
「だって、言いたくもなるよ。いまさらって感じだったじゃん! 少しくらい意地悪したってバチは当たらないよ。ってか、なんで僕に天罰くだっちゃうの? この場合、どう考えても天罰下るのは国王の方でしょ?」
「私に言われても困る。少し落ち着け」
「落ち着けったって、どーするの、この状況。ジュドー君は、剣が振るえないってのに、剣の試合をしろだなんて、無茶もいいとこだよ!」
「……ジュドー殿は素手で
「おお、そーいや、そーだった!」
ベンジャミンがぽんっと手を打った。
「って、でもそれ、なんか、聞いた奴ら全員嘘だって言いそうな事実だよね。けど、んー……エディが言えば信憑性は出るか。うーん、こういう時は、信用度の高い友を持つに限るというもの。ぜひとも期待しているよん」
エドワードの提案に、ベンジャミンが上機嫌で賛同する。
「あなた、竜騎士選別の試合に出るの?」
別室にて、そう言い放ったのはエリザベスだ。ブライアンを見据える眼差しは冷ややかで、口調がかなり刺々しい。ブライアンがびくりと体を震わせる。ジュドーに気迫負けしてからこっち、彼はずっとこんな調子で大人しかった。覇気が無いとも言える。
「ここまで連れてきちゃったけど失敗だったかしらねぇ」
エリザベスがため息交じりにそう言えば、
「俺を竜騎士だって断定したのはあんたじゃねぇか」
ブライアンがふてくされたように言う。
「竜騎士候補よ、悪いけど」
不機嫌そうにそう答えた。
「あなたが希望するなら護衛付きで村に送り返してあげるけど?」
「……そうしてくれ」
「やけにあっさりね?」
エリザベスが意外そうに言う。実際もっとごねると思っていたのだ。
「女に笑いながら一晩中どつき回された俺の身にもなれ」
「はい?」
「赤っ恥もいいとこだ。ぜんっぜん歯がたたねぇんだ。あんな目にはもう合いたくねぇ。王都の女はみんなあーなのか? プライドズッタズタだよ、本当。この先俺は、あの村で大人しくしてるよ。それが一番だ」
「へーえ? そんなに凄かったの?」
「小枝一本で転がされたんだよ」
「へ?」
「軽ーく叩かれているだけなのに、あの女、人の急所を突くのが妙にうまくて、悶絶させられるんだ。しかも子供を叱るみたいな無邪気な顔で、ブライアン、しっかりしろーなんて、言うんだぞ? あれ、励ましじゃなくて、絶対人の傷口抉ってる! 塩をぐりぐり塗り込んでいるのに、それに気が付いてないってところがもう最悪だ! あー! もう終わりだ、終わり! これ以上もう何も聞くな! 一生分の恥はあそこでかいたよ!」
「坊やにやられたのが原因かと思ったけど、違ったようね?」
エリザベスがそう言えば、ブライアンがむくれた。
「……男にやられるより、女にやられるほうがこたえるよ」
「まぁ、それもそうね」
くすりと笑う。
「いいわ、村へ帰る手配を整えてあげるから、それまではゆっくりなさいな。少しここで骨休めをするといいわ」
エリザベスはそう言って、ブライアンにあてがわれた客室を退出する。この先、あの坊やに何とか取り入れないものかしらね、とそう考えながら。
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