第15話 勘違いと疑惑
「ちょ、おい! 本当か!」
ピートが声を荒げ、エリザベスと一緒に別テーブルに着いていたブライアンを睨み付けると、彼はむくれたようにそっぽを向く。お前には関係ないと、小声でぼそぼそとそう言った。
ライラが寝ぼけ眼で言う。
「本当、困った奴だと思うぞ? ライラはジュドーが好きだって言ってるのに、全然聞かないし、俺と添い遂げてくれって言って迫るのもなぁ……夜這いっていうんだよな? あれ……。ほんっと困る。ブライアンは笑えるけど、それだけだぁ。タイプじゃない。というか……うーん、ジュドー以外は全部芋に見えるし、こればっかりはなぁ……」
「そ、それで、ライラちゃん無事? 何もされてない?」
ピートが焦ってそう問うと、ぼんやりとライラが言う。どう見ても半分寝ているといった感じだ。
「何かって……ああ、相手はしてやったぞ? 一晩中。だから眠くって……」
ライラの返答に、がたんとジュドーが勢いよく立ち上がる。ブライアンの眼前に立ち、やおら拳を振り上げ、目の前のテーブルをたたき割った。重々しい木製のテーブルが轟音と共に真っ二つだ。人間業とは思えない所業である。
そこで、ようやく目が覚めたらしいライラが目をぱちくりさせ、騒動の方へ目を向けた。当のブライアンは、目の前の光景に度肝を抜かれたのか、手にしていたコップが滑り落ちる。顔面蒼白だ。
「表へ出ろ!」
そう凄んだのは確かにジュドーだ。
だが、人が変わったようなその声は、とても彼のものとは思えない。ブライアンの青ざめた顔からさらに血の気が引く。蒼白と言って良い。
「な、な?」
「ぶっ殺す!」
それはまさに殺気だった。
大人と子供程にも体格差があるのに、ブライアンはジュドーの動きを止められなかった。引きずられるままなすすべもない。
「ちょ、ま、待て! 俺は何にもしてない! 誤解だ! 頼む、助けてくれ!」
ブライアンが悲鳴を上げ、ライラがのんびりと割り込んだ。
「え? あー……ジュドー? 剣の稽古を一晩中つけてやったんだけど、そんなに怒ることだったか?」
ジュドーの動きがぴたりと止まる。
「……剣の稽古?」
「そうだぁ。ブライアンの腕は酷すぎるからなぁ。面の皮が少しでも薄くなるようにって、しごいてやったんだぁ。びしばしな。朝方には大人しくなったぞ? もう二度と手は出しませんって土下座した。ちょっとはましになったんじゃないか?」
ライラがケラケラ笑う。
「剣の稽古……」
ジュドーがぼんやりとそう繰り返し、ベンジャミンがぽんっと手を叩いた。
「あ、そういえば闇姫ってさ、剣の腕もすごかったよな? だから血塗れの闇姫って渾名がついたんじゃなかったっけ? ほら、どんな豪傑もばっさばっさ切り刻むから」
返す言葉もない。ジュドーが自分の手元を見るとブライアンは失神していて、何とも気まずかった。ジュドーが手を放せば、ごとんとブライアンの頭が床に落ちる。
「……何なのよ、これ……」
そう言ったのはエリザベスだ。真っ二つになったテーブルを凝視している。人間業じゃないと心底そう思った。ジュドーの姿にそろりと目を向け、
「もしかして本当に本物、なの?」
そう呟いたエリザベスの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
王都は活気のある街だった。今まで目にしたどんな街よりも遙かに規模が大きく、石畳の大通りを行き交う人の数も、驚くほど多い。
皆と一緒に大通りを歩いていたジュドーは、注目を浴びている気がして眉をひそめてしまう。通りを行き交う人々が、時折、自分の方をちらちら見ていくのだ。
「……なんだぁ? 妙に注目集めてねーか?」
ジュドーの怪訝そうな声を聞きつけたライラが説明した。
「それはぁ、多分、クーノのせいだぁ。ほら、竜の卵は高価だろ? 連れ歩ける人間は、ほんの僅かだぁ。だもんだから、人慣れした竜を所有できるってのは、ここでは権力の象徴みたいになってるから、多分、どこの貴族か大富豪の子息なんだろうって、みーんなジュドーの事、注目してるんだぁ」
「は、それはまた、迷惑な話だ」
ジュドーは眉間にしわを寄せ、そっぽを向く。
「おーい、ジュドー。けど、そんだけじゃねーぞ、これ」
ピートが周囲の様子に視線を走らせながら、ぼそりと呟く。
「そんだけじゃねー?」
「だって、見ろよ、ほら……」
ピートが指差す方角に目をやれば、呆けたような表情を浮かべ、突っ立っている三人の男達の姿があった。その視線を追ってみれば、なるほど、ピートが言った事も尤もで、どうみても彼らの視線はライラの背に辿り着く。
「だから、言ったでしょ? ライラは競争率高いよんって」
二人のやりとりを見ていたベンジャミンが、ぷっと吹き出した。
「何処行ってもこんな感じだよ? ほんとライラは人目を引くんだ。雪の中に咲いた深紅のバラみたいに華やかなのに、百合の花のような清楚な雰囲気もあって、本当に綺麗って言葉がぴったんこ。けどライラは、容姿を褒められても、「ありがとう」って恥ずかしそうにお礼を言うだけの奥ゆかしい反応するから、これまた周囲の男達は惚れ直すってわけ。分かる?」
艶やかなライラの長い黒髪が、風になびく様子に目を向ける。
「……けど、あれだよね。ライラってか弱い女の子って感じがもろにあるのに、妙に肝がすわってる部分もあるっていうか、変な貫禄もある。こう、大勢の前に出ても物怖じなんてまずしないし、注目を集めても全然平気だし、態度が普段とまったく変わらないんだ。まるでどっかの女王様みたいだよなーなんて、ふと思ったこともあるけど、今じゃあ、納得。闇姫の生まれ変わりじゃあね。注目されて当然、大勢の者達にかしずかれて当然ってなもんだったろうから、物怖じなんてするわけがない。むしろ注目する人間達なんて、それこそライラにとっちゃ、芋畑の芋とそんなに大差ないんじゃないのかな? あまりにも当たり前すぎて、注目されていることにすら気付かないってね」
「んー、確かに……」
ピートが訳知り顔で同意する。
それも尤もで、ライラの背に目を向ければ、うきうきと浮かれている様子が見て取れるが、周囲の状況などそっちのけである事は一目瞭然であった。時折声をかけてきたそうな様子の若者がいても、それにすら気が付いちゃいない様子で、そのわきをさっさと通り過ぎてしまう。視界から完全に離脱状態なのだろう。
その後、王城にたどり着いた一行は、案内役の衛兵の誘導に従って、長々とした廊下を歩き、謁見の間へと辿り着く。謁見の間は権力を象徴するかのように煌びやかな造りだった。金と赤で装飾された室内は豪奢で、窓から見晴らせる庭園は美しい。
ジュドーの姿に目をとめた国王は、一瞬意外そうな顔をしたものの、特別何かを言うこともなく、ベンジャミンの報告に満足そうに笑った。
「よくやった」
そう言って彼の苦労をねぎらった。けれども、ベンジャミンが神殿にある聖剣を取り扱う許可を下さいと告げると、国王は何とも言えない複雑な表情になる。
「……すまぬが、少々問題が発生してな」
言いにくそうに切り出した。
「問題? どのような」
ベンジャミンがそう聞き返す。
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