第14話 悪夢の行方

「あなた達! どこで油を売っていたんですの!」

 唐突にその場に姿を見せたエリザベスが、ベンジャミンにそう言って詰め寄った。

 ベンジャミンは目を丸くし、そこではたと気が付く。そう言えばこの二人、いや従者を含めた三名が、この場にいなかった事に。ライラが闇姫という事実に気が動転しすぎていて、そんな事にまで気が回らなかった。どうでも良かったとも言う。

「どこでって……ここで死黒狼デスファングとやり合ってたけど?」

 実際に死黒狼デスファングとやり合ったのはライラで、号令一つで彼女が追い払ったけど、と思うもそこは言わないでおく。闇姫うんぬんはこの際黙っていよう、ベンジャミンはそう決めた。

 エリザベスがまなじりをつり上げた。

「どうしてわたくし達を追いかけてこないんですの?」

「どうしてって……君達こそどこへ行っていたのさ?」

 ちらりと青い顔をしているブライアンに視線を走らせる。

 エリザベスが激高した。

「ブライアンが死黒狼デスファングを見て真っ先に逃げ出すから、彼を守るために、わたくしが追いかけなくちゃならなくなったのよ! あなたは竜騎士の護衛でしょう? だったらわたくし達を守りなさいよ! どうして追いかけてこなかったの!」

 ベンジャミンが大げさに息を吐き出した。

「あのさぁ……死黒狼デスファングを見て、真っ先に逃げ出す竜騎士って、既に終わってない? こんなのを追いかけていく君もどうかしているよ。ここで一緒に戦ってくれていれば、ジュドー君も負傷せずにすんだかもしれないのに。君こそどうしてここを離れたりしたの」

 エリザベスが憤然と言った。

「そっちこそ偽物でしょう? 何でそんなちんちくりんを守らなくちゃならないのよ?」

「ちんちくりん、ねぇ……」

 まぁ、確かに、ブライアンとジュドーが横に並べば、ブライアンの方が竜騎士っぽく見えるのは事実だ。剣を身につけ、黙って立っていれば、威風堂々たる体躯のブライアンのほうが立派に見える。けど、どう見ても見かけ倒しだと、ベンジャミンはそう思う。

 ピート君だってこの場にふんばったのにねぇと、そんな言葉を胸の内で呟いた。度胸だけなら彼の方が上なんじゃない? とまで思ってしまう。

 日暮れ頃、ようやく王都にほど近い町にたどり着いた一行は、宿の一階にある酒場に顔を出していた。客で溢れかえった店内はそれなりに活気があり、木のテーブルに腰掛けている客達が、それぞれ好みの酒を手に、楽しげに談笑している。

「はい、お待ちどおさま」

 一行が注文した食事をテーブルへと置いた女将さんは、ジュドーの肩にいる小竜クーノに目を止め、にっこりと笑いかけた。

「おや、まあ、可愛らしいねぇ。よーく懐いていること。けど竜の卵なんて、高すぎてぼうやにはちょと無理だろ。もしかして、運良く卵を拾ったのかい?」

 赤い鱗に金色の目をした火竜クーノが、ジュドーの肩にへばりつき、大人しくジュドーの手から受け取った木の実を囓っている姿に、女将さんが目を細める。微笑ましい光景だと、そう思ったのだろう。ジュドーが首を横に振った。

「いや。森の中を散歩してたら、くっついてきた」

「くっついてきた? この小竜がかい?」

 女将さんが驚き、ジュドーが頷く。

「そりゃ、また、あんたって……あー、そうか、誰か別の人が飼ってた奴が、逃げ出したんだね? それだったら大変だ。きっと元の飼い主はその子を探してるよ。探してやったほうがいい。多分、相手は貴族だろうから、見つければたんまり謝礼をもらえるさ」

「いや、クーノの育ての親は、ちゃんと自分の親だ。けど、人間に捕獲されそうになって、怪我させられたもんで、怯えちまったんだな。くっついてどうしても離れてくれなかったから、結局こーなったんだ」

「いや、だって……そりゃー変だ。さっきも言ったろ? 野生のものは、まず人には懐かないって……。その上、人に酷い目にあわされたっていうんなら、絶対あんたにだって近寄ったりしなかったはずさ。ぼうや、そいつは絶対別の誰かに飼われていたんだよ」

「飼われてねーよ。いーからもう向こうへ行ってくれ」

 ジュドーが女将さんを煩そうに追い払う。納得いかなげな表情をしつつも、女将さんが立ち去ると、ベンジャミンが身を乗り出した。

「怪我か……クーノは竜ハンターに襲われたってことだよね? ジュドー君が竜ハンターを追い払ったの?」

 ジュドーが首を横に振る。

「いや、人の姿は見ていない。そいつらから逃げだしたクーノを、俺が森で偶然見つけたんだ」

「ん? じゃあ、怪我をしたクーノを見たってだけ? それで人間に捕獲されそうになったってよく分かったね?」

「クーノから聞いたんだよ。三人の人間に襲われて逃げだしたって、そう言ってた。一人が大剣を振り回す奴で、残り二人が魔法士メイジだな。杖を持ってたってよ」

「クーノからって……ああ、もしかして、ジュドー君は竜の言葉が分かるの? それで君、今までずっとクーノと話してるみたいな感じだったのか……」

「……信じるのか?」

 意外に思ってジュドーは目を丸くする。竜と話せるという自分の言葉を信じる人間はまれだ。大抵は嘘つき呼ばわりされる。

 ベンジャミンがにんまりと笑った。

「だってさ、竜騎士は竜達と意志の疎通が出来るって、古文書に書き記されているもの。二千年前の大戦では野生の竜達が竜騎士に加勢してくれたそうじゃない。それで劣勢をひっくり返せたんだよね? だったら、ほら、クーノの言葉が分かっても不思議じゃないよ。むしろ、ああ、やっぱりねって感じ?」

「あ、いや……」

 まずい、とジュドーの顔に書いてあったが、ベンジャミンは気にせずたたみかけた。

「ジュドー君、そろそろ自分が竜騎士だって自覚したら?」

「……違うって言ってるだろ?」

「往生際が悪いねぇ、ほんと」

 ベンジャミンがやれやれというように肩をすくめる。

 ライラがはしゃいだ声を上げた。

「なー、なー、ジュドー。王城に着いたらな、竜舎に行ってみるといいぞ。地竜も翼竜もいるし、絶対お前のいい遊び相手になる」

「……遊びで王城に行く訳じゃねーよ」

 ジュドーがそう答えると、

「そーだけどな。お前、竜好きだろ? 竜達もお前のこと大好きだしなぁ。闇竜だって、お前を慕う奴多かった」

 ライラの台詞にベンジャミンが目を丸くする。

「闇竜が? けど、あいつら闇王の僕だろ? よく竜騎士なんかに懐いたね」

 ライラが笑う。

「まあなー。でも竜としての性質上、やっぱり相通ずるところがあるんだぁ。闇竜の扱いは本当、みんなが感心するくらいうまかった。飛行競争なんかやらせてもダントツ一位だったし、明るくて気さくだったから、ジュドーを慕う闇人デイモンもたくさんいたんだぁ」

「へーえ……なんか、あれだね。君の話を聞いてると、恐ろしい闇人デイモンのイメージが、何か崩れてくような気がするよ」

 ベンジャミンの感想を耳にしたライラが苦笑する。

「んー、それは多分、ジュドーだからだぁ。ベンジャミンが行ったら、やっぱり恐ろしく感じると思うぞ? だってお前、死黒狼デスファングとじゃれ合ったり、闇鬼オーガとふざけてど突き合ったりなんかしないだろ?」

 ベンジャミンが、口にした水をぶっと吹いた。

「ジュドーはそんな感じで、どんな奴相手にしても、体ごとぶつかって行く奴だったし、怖がられてない、好かれてるって感じれば、やっぱり心を開く奴多いんだぁ。ライラも、そうだったし……」

「ふ、ふーん……」

 奇妙な冷や汗を掻きながら、ベンジャミンがジュドーの姿をちらりと見やった。死黒狼デスファングとじゃれあい、闇鬼オーガとたわむる……。さすが伝説の救世主。肝っ玉のすわりようも並じゃない。そんな事を考えた。

 その後、食事を終えた一行は、そろって部屋へと引き上げるも、ライラの部屋へ一緒にくっついていこうとしたピートは、「お前の部屋はこっちだ。大人しくしてろ」とジュドーに止められる。

「なーんで邪魔するんだよ、ジュドー。いーじゃん。お前ライラちゃんと恋仲になるつもりねーんだろ? アタックする権利くらい俺にもあるぞー」

 ピートが文句を言うと、ベンジャミンが苦笑した。

「んー、確かに自由だけどね。覚悟した方がいいよん。ジュドー君にも、ちらっと言ったけど、ほんとライラは人気あるんだ。王都に帰ってからも、今と同じ態度をとるのは結構勇気がいると思うよ? 身の程を知れ! って感じで、袋だたきにあう可能性大だからねー。ま、その点、ジュドー君の場合は心配いらないかって感じ? 逆にいったーい目にあわされるのは、多分そういった連中の方だからね。でも君は、ちょっとあれかなーなんて、あはは」

 ジュドーがげっそりと言う。

「……焚き付けるのは、やめてくれ、ベンジャミン。ピートが、んなことで諦めるような奴なら、俺だって苦労しねーよ。ずたずたのぼろぼろになっても、目当ての女にきっぱりふられるまで、諦めねー奴なんだから」

 すると、分かってんじゃん、と言いたげに、ピートが満足げに腕を組んで頷き、ふーん、根性はあるんだね、君、などという感想をベンジャミンが口にする。

 やがて夜も更け、全員が寝静まっても、いまだに宙を睨みすえたまま、眠りについていないジュドーに気が付いたクーノが、声をかけてきた。

 ――ジュドー、眠れない?

 そうクーノが問うも、他の者が聞くとクルクルという喉声にしか聞こえない。彼の言葉を理解出来るのは、やはりジュドーだけだった。

「まーな……お前は先に寝ろ」

 ――悩み事なら、クーノ、聞く。

 クーノの提案にジュドーは苦笑し、クーノの頭を撫でた。

「別にお前が心配することでもねーよ。ただ……何か、ここまで来てあれなんだけどよ、帰りてーってのが本音。自分でもうまく説明できねーんだけど、嫌な感じがするって言うか……まるで悪夢を見てて、開けちゃいけない扉の前に立ってるみてーなんだ。ほら、悪夢の中ってよ、行きたくないって思うような場所にでも行っちまうだろ? そんな感じ。しかも現実となると、なおいっそう酷い目にあいそうな気がしてよ」

 ――……ジュドー、竜騎士になるの、嫌?

「嫌も何も、俺じゃねーよ」

 ――でも、多分、ジュドー、竜騎士。あってる。

「あのなあ、クーノ、お前まで……」

 ――でも、本当。クーノ、ジュドーから、竜気、感じる。竜は、みんな、同じ。感じる。とっても暖かい、竜王様の気。竜騎士、それ、無尽蔵に引き出せる。竜騎士、竜王様の化身、言われるゆえん。

「……いいから、もー、寝ろ。俺も寝るからよ」

 ぶっきらぼうにそう言い捨てると、クーノに背を向ける形で、ジュドーはごろりと寝返りを打った。クーノはそんなジュドーの背を眺め、やがて諦めたように、同じように寝床で丸くなる。

 翌朝、ジュドーは寝不足な自分より、はるかに眠たげに、目をこすりこすり朝食を取るライラの姿を目にしていた。天気は上々で、窓から差し込む朝日は柔らかい。

「何か、やけに眠そうだな……」

 朝食のスープをスプーンでかき回しながら、ジュドーがそう言うと、

「ん~? ライラ、寝不足。ちょっと眠い……」

「寝不足?」

 ライラの返答に、ジュドーは首を傾げてしまう。夜更かしでもしたのだろうかと、あれこれ考えていると、

「ブライアンがなぁ、ライラの部屋にやってきたんだぁ……」

 爆弾発言に目を剥いたのは、おそらくジュドーだけではなかったであろう。寝耳に水だった全員が息をのむ。


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