第13話 闇姫の悔恨

「びっくりした……。本当に心臓が止まるかと思ったよ。ライラのその時の格好は、ジュドーには絶対見せたくないものでなぁ……。記述にも残ってるから、ベンジャミン、お前は知ってるんじゃないのかぁ? 闇姫の戦闘時の姿がどんなだったか……」

「……血塗れの闇姫」

「そう、その通りだぁ」

 ベンジャミンの言葉に、ライラが頷く。

「ライラの姿は、長く白い髪に真っ白の服。そこに人間の返り血がつくのが楽しくて、赤い色は白い色に映えるって、わざと真っ白いドレスを着て戦に出てた。それでついたあだ名が血塗れの闇姫。あの頃のライラは、そんなのが自慢だった。けど、何故かな……ジュドーの前に立ったあの時だけは、逆に酷く、そう、酷く醜い姿だって思った」

 ライラの瞳から一つ二つと滴があふれ出す。

「ジュドーの目かな? あれを見たら、何にも言えなくなったんだ。まるで今までの価値観がひっくりかえったようだった。美しいと思っていたものが急に色あせて見えたんだ。ライラ、それで、どう反応して良いか分からなくて……そうしたら、ジュドーが言ったんだ。もう、止めてくれって。こんな戦は無意味だって。けどライラ、聞かなかった。人間に味方したジュドーの事が腹立たしくて、それで、ライラこう言ったんだ。『こんな虫けら踏みつぶして何が悪いんだ!』って。ジュドー、悲しそうだった」

「ジュドーの制止の声も聞かずに、ライラ、ジュドーに斬りかかった。ジュドーがライラを殺せるはずないって、そう思っていたから。ライラもジュドーの事、殺す気、なかった。ジュドーの腕か足を傷つけて、戦闘不能にさせれば、それでいい。それだけで、こっちの勝ちだって考えて……。でも、ジュドー、そうなれば人間達がどうなるか分かってたんだな? だから、ジュドー、決心したんだと思う。ライラは、そこで死んだんだ」

 ライラが淡々と言う。

「ライラが死んだことでどうなったかは、みーんな知ってる。ライラが創り出してた闇の軍勢が、全部全部砕けて無くなって、こっちの戦力は激減。ライラが堰き止めていた聖竜脈の力が再び動き出した事と相まって、息を吹き返した人間の軍に負けて、闇王の軍勢は氷の大地アイスランドに追い返されたんだ」

 ライラの声が止むと、周囲が再び静寂に包まれる。誰もこそりとも音を立てない中で、ベンジャミンは困惑し、詰め寄った。

「でも、その、信じられないよ。君がそんな……だって、悪いけど、君がどんなに親切な人間かってのは、みーんな知ってることさ。僕が実際に君と接した時間は短いけど、君の優しさが作り物じゃないってことくらいは分かる。君が闇姫の生まれ変わりだって言うんなら、もっとこう、邪悪な意志を感じる筈だよ。人間を毛嫌いするのが当然の反応なんじゃないのか? 納得できないよ! 全然違うじゃないか!」

 ライラが微かに笑う。

「……ベンジャミン、お前、ほんとーに良い奴だなー……。ライラの事、信じてくれてありがとうな……。けど、本当のことなんだ。ライラは闇姫の生まれ変わりで、記述に残ってることも全部本当の事だぁ。それにな、ベンジャミンの言う通り、ライラ、死んだ時は、人間のことが憎くて憎くてたまらなかった。絶対復活して、復讐してやるんだって思ってた。真っ暗闇の中にたった一人閉じこめられてなぁ……。そんな状態がどれくらい続いたか……」

 ライラの眼差しが遠くなる。

 何かを思い出そうとしているようだった。

「ある時ふっと、小さな光が見えたんだぁ。蛍みたいな微かなもので、それがしきりにライラに話しかけてくる。『うるさい、あっち行け!』って突き放しても突き放しても、諦めてくれなくてなぁ……。そんで『お前はかわいそうだ、かわいそうだ』ってしきりに言ってくる。見下されているようで腹が立ってな、『そうだよ、世界の支配者になって君臨するはずが、こんなところに閉じこめられて、さぞかしかわいそーだろーよ』って怒鳴った。そうしたら笑われてな。『そういう意味じゃないんだよ』って。『お前がお前になれないことが哀れなんだ』って。意味分からなくてな。そうだろ? お前がお前になれないって、どーいう意味だって、ふつー思うよな? 意味を聞いたら、花の種は芽吹き育てば、花になる。お前は種のまんまだって。固い固い殻を破ることが出来ずに、種のまま死んだお前が哀れだって……。そんな風に聞かされても、やっぱりよく分からなかった」

「けど……ほんの少し、ほんの少しだけ、心が温まったんだ。誰だか分からないけど、そんな風にして、いつの間にか、その光がライラのところにやってくるのが待ち遠しくなった。他に誰もライラに話しかけてくる奴なんていなかったしな……真っ暗な中で、ずっと一人ぼっちだったんだよ」

「いろんな事を話した。はじめは憎しみに近い恨み言とか、そんなんばっかりだったけど、黙って聞いてくれた。もちろんその光は、同意なんてものはしなかったけど、否定もしなかった。そのまんま丸ごと受け止めてくれたんだぁ。そのうち別のことにも意識が行くようになってな、不思議なことに楽しかったことも思い出し始めたんだぁ。ジュドーと過ごした日々が、どんなに大切なものだったかって、そん時分かった。そんで、そう……ほんの少しだけ心が痛んだ。ジュドーの暖かさが分かると、逆に自分の冷たさがよく分かる。それが日増しに大きくなってな、ライラ、泣いた。こんなんじゃー、嫌われて当然だって。当然の報いを受けたんだって……」

「そうしたら、光が言うんだ。お前は優しい良い子だって。そんな台詞、ふつー言わないよな? お前は何にも知らないから、そんな事を言うんだって、ライラ言ったんだ。でも光はそれを否定して、知ってるって。全部全部見ていたって。けど、お前は、ほら、いま自分の冷たさが分かったじゃないかって。氷に氷の冷たさは分からない。それが分かるのは、暖かいお前がいるからだよって……。ライラ、たくさんたくさん、泣いた。そんで気が付いたら、ライラ大きな暖かい手の中にいた。それ、ジュドーのパパさん、竜王様だった。ずっと傍についていてくれたのは、竜王バルデルだったんだよ」

 驚いたのはベンジャミンだけではなかっただろう。誰もが顔を見合わせる。

「じゃ、じゃあ、もしかして君が人間に生まれ変わったのは……」

 ベンジャミンがそう問えば、

「そう、竜王様がそうしてくれたんだぁ」

 ライラが頷いた。

「あそこは時間の観念ってものが曖昧でなぁ……ある時、ふっと気が付いたんだ。ライラのパパの、闇王グリードの力が強まって、ライラ、転生が間近に迫ってるってことが分かった。そんで、ライラまた泣いた。生まれ変わりたくないって。生まれ変わったら、絶対、またジュドーと争うことになるからって。竜王様、それ聞いてな、『大丈夫だ』って後押ししてくれた。人間に生まれ変わらせてあげるからって。闇姫の力を封じて、人間として転生すれば、今度こそ一緒に生きられるはずだからって」

 ライラが泣きながら笑う。

「そんでなぁ、ライラ、人間になったんだぁ。闇姫の力は使えず、最初記憶も無かったけど、七歳の時に頭、酷くぶつけて、記憶はそんとき戻った。それから、ライラ、待った。ジュドーが覚醒すれば、絶対自分の剣を取りに来るはずだって思って、学生寮には入らずに神殿の直ぐ傍で暮らしたんだ。ジュドーに会って、自分の気持ちを伝えるんだって、そう決心していたから」

 ライラが頬を赤く染める。

「けど、ほら、神殿にはたくさんの人がやってくるだろ? 竜王様を慕ってやってくるたくさんの人が……。ライラ、そん時には竜王様が大好きになってたから、そういう人達を見て『ライラと同じだぁ』って思って、何となく親近感がわいた。でも、そんな中には、悩み事や苦しい事をかかえてる人達も一杯いてなぁ……。ライラ、ちょっとだけ申し訳なくなった。だって、ほら、伝承にも記されているように、竜王様が地上に出てこれなくなったのは、ライラのパパのせいだぁ。地上をまるごと支配しようとして争って、ライラのパパは氷の大地アイスランドに縫い止められたけど、竜王様も傷ついた大地を支えるために、礎にならなくちゃいけなくなった。そうしないと、大陸全部が海に沈んじゃうからなぁ」

「そんで、ライラ考えたんだ。こんな人達を目にした場合、竜王様だったらどうするのかなって……。一生懸命、竜王様の真似をしたんだ。真っ暗闇の中にいた時に、ライラがしてもらったみたいになぁ、声、かけてみたんだぁ。たいしたこと出来るわけじゃなかったけど、本当に喜んでくれてなぁ……。ライラ嬉しかった」

「そんな事を繰り返してたら、いつの間にか、ライラの周りにはたくさんの人が集まってきてた。そんで言うんだ。ありがとう、ありがとうって……。嬉しかったけど、複雑だったな。だって、ライラは闇姫だぁ。人間に生まれ変わっても、ライラのしたことは消えないんだ。なのに……ありがとうって言ってくれて、慕ってくれる……本当に申し訳なさに胸が詰まってなぁ。ライラ、こんなにいい人達に何てことをしたんだろうって……」

 泣き笑いの表情になる。

「それでな、ある日、とうとうチャンスがやって来たんだぁ。そう、ベンジャミンが、竜騎士を探し出すのを手伝ってくれって言いに来たんだよ。会っても多分、以前のようには戻れないだろうなって覚悟はしてたけど、一も二もなく飛びついた。どうしても伝えたい事があったから……」

 はらはらとライラが大粒の涙をこぼす。

「ゴメンなぁ、ジュドー……人間がお前の事捨てたって嘘ついて、人間は酷い奴だって言い続けたけど、これも嘘だったな。酷いのはライラの方だった。ライラ、たくさんたくさん嘘ついたけど、でも、お前を愛した心だけは本当だったんだって、そう伝えたかったんだ」

 長い長い静寂が落ちた。

 誰も一言も発することなく、今のライラの告白をかみしめる。

 ライラの正体は紛れもなくあの闇姫だ。そう納得せざるを得ない。だとするなら、その内に宿す力はいかほどか……。あの闇王グリードの娘なのだ。考えただけでも空恐ろしい。なのに、何故だろう? 震える彼女の肩を抱き寄せて、慰めてやりたいとさえ思ってしまう。それほどまでのライラの流す涙は透明で美しかった。

 ベンジャミンが横手のジュドーを小突き、ピートもまたそれに習う。

 ――俺は竜騎士なんかじゃ……。

 ジュドーがそう文句を言えば、

 ――この際それはどうでもいい! 今現在進行形でライラちゃんが泣いてんだ! さっさと慰めろ! 気にしてないって言えぇ!

 これまた必死の形相でピートが迫る。血の涙でも出そうな勢いだ。

 ジュドーはため息を漏らした。

 確かに何とかしてやりたいとは思うが、自分は竜騎士ではないのだ。自分が口にする慰めの言葉に、一体何の意味があるのか……。そうは思っても、放っておく訳にもいかず、しぶしぶ口を開く。

「……あー、その、わりーけど、俺には過去の記憶なんてものは全然ねーんだ。んな告白されても、答えようがねーよ。それにそもそも俺は、前にも言った通り、自分が竜騎士だなんて認めるつもりもねぇ。はえーとこ本物見つけろって言いたいが……けど、そーだな。もし本物を見つけた時には、怖がらずに今みたいにぶつかっていけば、それでいーんじゃねーのか? 多分、今のお前を見てふるような奴は、ほんと、それこそそいつの方が大馬鹿もんだって、俺が保証してやらー」

 ジュドーの言葉にライラが顔を上げる。

 今の言葉をかみしめるように数度瞬きをし、

「……ほんとーか? ジュドー。ライラ、ふるのは、大馬鹿者か?」

 そう問いかけた。

「ああ」

 ジュドーが頷くと、ライラの顔がぱあっと明るくなる。

「な、なら、ジュドー! ライラの恋人になってくれるんだな? ライラ、嬉しいぞーーーーーー!」

 ライラが両手を広げて抱きつこうとするも、ジュドーがすかさずそれを避けた。

「ちょ、ちょっと待て! 俺じゃねぇ、俺じゃ。本物だ。本物の竜騎士に言え!」

「だから、ジュドーが竜騎士だぁー」

「俺は認めてねーっつーのーーー!」

 再び抱きつこうとするライラの攻撃を避け、ジュドーが後ろへ大きく飛び退く。

 その後、すったもんだのあげく、「どーにかしてくれ!」とのジュドーの悲鳴を耳にしたベンジャミンは苦笑しつつ、「覚醒するまで待ってあげたら?」と提案し、何とかライラを納得させたのであった。


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