第9話 魔法士の逆鱗

「うーん……そうだね。火竜は魔術で隷属させる事は出来ても、懐くことはない。だから基本、火竜を扱えるのは魔法士メイジだけなんだけど……でも、まぁ、ジュドー君が竜騎士だって考えれば、そう不自然でもないかな。竜騎士はあらゆる竜を従えられるって聞くしね。ほら、二千年前の大戦争の時も、野生の竜達がこぞって竜騎士に加勢してくれたんでしょう? だから戦況をひっくり返せたんだよね? なら、こうして火竜がジュドー君に懐いても不思議じゃないよ。むしろあたりまえって感じかな?」

 ベンジャミンがそう言って身を翻せば、エリザベスが慌てて引き留めた。

「ちょっとそんなあっさり……こ、これって、魔術じゃありませんの?」

「違うよ。その火竜は隷属の首輪をしていないじゃない。さ、じゃあ、行こうか」

 ベンジャミンの促しに従って、全員が馬車に乗り込もうとして、またまた騒ぎが勃発した。俺がライラと一緒に乗るんだ、いや俺だと、ピートとブライアンが争い、ベンジャミンがそれを止めた。

「ねー、あのさぁ、君達いい加減にしてくれないかな? ピート君はジュドー君と一緒でいいじゃない。で、ブライアン君? 君はエリザベスと一緒ね。君は彼女が選んだ竜騎士なんだからさ、彼女と同乗した方がいい」

 ふんっとブライアンが鼻を鳴らした。

「俺は竜騎士様だぞ? だったら俺の希望を優先させたらどうなんだよ?」

「僕は認めてない。君が竜騎士ってのは、あくまでエリザベスの主張だよ」

「なんだと! この生意気な魔法士メイジが! 少しは身の程を……」

 ブライアンがベンジャミンにつかみかかろうとしたその途端。ボンッと彼が手にしていた杖のリングから火の玉が出現し、ブライアンの真横を掠め飛んで、背後の木が炎上する。

 メラメラメラ……ボンボンボオオォ!

 勢いよく燃え上がった木が、そのままメリメリと倒れ、どおんっと横倒しになり、村人達の悲鳴がそこここで上がった。いまだボンボン燃えている木を凝視するブライアンに向かって、ベンジャミンが冷ややかに言う。

「なんか言った?」

 そう告げたベンジャミンは無表情で、炎の色を跳ね返した眼鏡の奥の相貌がかなり怖い。ブライアンは及び腰で凍り付いたままだ。

「そう、僕、魔法士メイジなんだよね? 君、魔法士メイジを何だと思ってるの? 魔法士メイジは平民出身でも全員騎士と同じように貴族になるの。平民じゃないの。そして僕のような王宮魔法士メイジはね、それより格上なんだよ? 君のような普通の村人なら平伏して当然かなぁ? ため口利いただけで不敬罪に出来るんだからね?」

「お、おれは、りゅ、竜騎士……」

「認めてない。何度も言わせないで。消し炭にされたい?」

 ベンジャミンの声がいっそう低くなった。どう見てもマジギレ寸前だ。人当たりが良さそうに見えたけど腹黒かも、ジュドーがそう思った瞬間である。

 流石のブライアンもまずいと思ったのか、その後は大人しくエリザベスと同じ後方の馬車に収まった。やれやれだ。

「……ベンジャミンって結構怖い?」

 馬車に揺られつつ、ピートが怖々そんな事を言えば、

「そりゃあね? 単なるお人好しで王宮魔法士メイジが務まるほど甘くないよん。あそこは陰謀も嫉妬もすごいから。うっかりすると、びしばし蹴落とされるんで、よろしく。足の引っ張り合いなんて日常茶飯事だからさ」

「なるほ、ど?」

 ベンジャミンはそのまま、ふいっと窓の外に目を向ける。

「……そういった中で師匠は真っ当すぎたんだよなぁ。曲がったことが大嫌いだから、逐一そういった連中の非を非難して、全部を敵に回しちゃう。見逃すってことが出来ないんだよね。尊敬する師匠だけど、もうちょっと上手くやれなかったのかなって思うよ」

 しみじみ言われてしまう。

「……結構苦労してるみたいだな?」

 ジュドーがそう言うと、

「まあねぇ。この僕を労る気があるんならさ、ジュドー君、君も気合い入れてよね? びしぃっと聖剣を引き抜いて見せて、あいつらの鼻を明かして欲しい。師匠の神託を信じなかった連中に吠え面かかせてやってよね」

 さりげに釘を刺されてしまう。とはいっても、はいとは言えないので、ジュドーはそっぽを向くしか出来なかったが。

 その後、食事時になってまたまた問題勃発である。

「ライラちゃんは俺の隣に座るんだ!」

「いーや、俺の隣だ!」

 ピートとブライアンが、ライラを巡ってつばぜり合いだ。少しは静かにできないのかこいつら……。ジュドーは黙々とたき火に枯れ枝を放り込む。

「ピート! お前はずっと馬車で彼女と一緒だったろうが! 少しは遠慮しろ!」

 ブライアンがそう言えば、

「お前はライラちゃんに嫌われているじゃんか! いーや、村の女子達にも嫌われてたぞ! セクハラブライアンって言われてた!」

 ピートが言い返す。

「ああ? 何だそりゃ! そんなわけあるか!」

 ブライアンが鼻白み、ピートがたたみかけた。

「竜騎士の血を引いてるって言い張って、女の子にべたべた触ってたじゃんかよ!」

「お前の方こそ女の尻ばっかおっかけてるじゃねーか!」

「俺は言い寄るだけで、べたべた触ったりしないね!」

「はっ! お前と違って、俺に触られて嫌がる女はいないな!」

 ブライアンが鼻息荒くそう言い切り、ピートのまなじりがつり上がった。

「それが問題だっつーの! ライラちゃんに触ったりしたらただじゃおかないからな!」

「ああ? どうただじゃおかないってんだ? やろうってのか? ああん?」

 二人の間に火花が散る。いい加減にしろとは思うが、止める気も起きない。

「いい加減になさい、竜騎士ともあろう者がみっともない」

 憤然と割って入ったのは自称聖女のエリザベスだった。相変わらず化粧が濃い。

「あんな下賤な女のどこがいいんですの? 言い寄るのならわたくしになさい」

 エリザベスの文句に、ブライアンが言いにくそうに言う。

「え? えー、まぁ、あんたも確かに良い女だけどな……」

「当然ね」

 ふふんとエリザベスは得意げに笑うも、

「ライラは別格。彼女と比べるとあんたでも月とすっぽんだし。てか、どんな女も霞む」

「なんですってぇええええ!」

 ブライアンの言い草にエリザベスがいきり立つ。今度は三人でつばぜり合いだ。

 別の煩いのが混じっただけか……。ほんっといい加減にしろと思う。当のライラは従者に混じって食事の準備で忙しい。彼らの喧嘩など蚊帳の外だ。

「ライラ様、そのようなことは私がやりますから」

 従者が恐縮してそう言うも、

「いいの、いいの。ライラ、手伝う。ジュドーな、ライラの手料理、美味しいって言ってくれたんだ。また喜ぶ顔が見たい」

 その台詞に思わず横を向いてしまう。聞かなかったことにしよう。本当に何故こんなに懐かれているのか分からない。

 ちらりと視線を走らせ、そっとライラの顔を盗み見た。綺麗だと思う。美人だし、気立てが良い。普通なら好意を示されれば嬉しいはずなのに嬉しくない。出来れば関わりたくないとさえ思ってしまう。本当にどうしてなんだろうな?

 ちなみに問題の昼食時は、ベンジャミンの「食事は静かに取ろうね?」の鶴の一声でピートもブライアンも大人しくなった。二人とも例の火炎攻撃でかなりびびっているらしい。肝心のライラはベンジャミンと俺の間にむりくり座って終了だ。

 食事が終わると、騎士のエドワードが切り出した。

「竜騎士殿。一つお手合わせを願いたいのですが……」

「俺は竜騎士なんかじゃねーって言ってるだろ。なんべん言わせんだ」

 そう言うと、騎士のエドワードは特別反論することなく言い換えた。

「では、ジュドー殿。お手合わせを願います。私は貴殿の護衛役と同時に、剣の指南役も引き受けました。ですから是非ともお付き合い下さい」

 エドワードが、手にした剣を差し出した。

「……んなもんに付き合う義務も義理もねーよ。剣の練習なら一人でやってくれ」

 俺がそう言って突き放せば、

「一人でやっても意味がありません」

「俺が付き合う意味はもっとねーよ。よしてくれ」

 エドワードは困ったようだが、俺は剣が扱えない。剣に触ることすら出来ないのだから、食い下がったって無駄である。

 すると横手にいたライラが口をはさんだ。

「ジュドー……剣の稽古はしておいた方が良いぞ? 何かあったとき困る」

「剣の稽古までする約束はしてねぇよ」

「そりゃー、約束はしてないけどなぁ……」

 ライラが苦笑する。

「ほんと、お前。変わったなー。昔はあんなに剣の稽古、一生懸命やってたじゃないか。何でそんなに嫌がるんだー? お前、すっごく強かったんだぞ? ライラ、そんなお前の姿を見るのが好きだったな。剣の稽古をする姿が格好良くて、凜々しくて、毎回見とれてた。四天王だって一目置くくらい……」

「いい加減にしてくれ!」

 俺が勢いよく立ち上がれば、ライラがはっとしたように口を閉じ、そのまましょんぼりと項垂れた。

 しんっと静まりかえってしまった中、打ちひしがれた様子のライラに目を止め、なんとも言えない後味の悪さを覚えてしまう。どうして良いのか分からない。

 ピートが憤慨し、声を荒げた。

「お前な、いい加減にしろよ! どーしてそーなんだよ? 態度を改めろって言ったろ? ライラちゃんに当たるなんて最低だぞ!」

「あ、ああ、悪い……怒鳴るつもりは、まったくなかったんだけどよ、つい……」

 ピートの文句に反論することも出来ない。

 そう、苛立ちをぶつけた自覚はある。剣が握れないなんて情けないにも程があるからだ。痛いところを突かれて腹が立った……やっぱ最低だよな。

「ふん、そいつは腰抜けだって言ったろ?」

 くそ偉そうに言い放ったのはブライアンだ。


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