第10話 前世の記憶

「剣が怖いんだとよ。ほんっと軟弱な野郎だ。呆れるよ」

「剣が怖い?」

 エドワードが問えば、

「そ、言っただろ? ジュドーは剣が握れないって。剣を握ると吐くんだよ。だから、剣の稽古を付けようとしても無駄だぜ? 元傭兵のルイスが散々そいつに剣の稽古を付けようとして、とうとう諦めたんだから」

 ブライアンがそう答えた。これまた反論出来やしない。その通りだからだ。

「でも、ジュドーは強いぞ?」

 ピートが口を挟み、ブライアンが鼻白んだ。

「ああん? こいつが強い? 何寝ぼけてやがんだよ?」

「つえーよ。素手の喧嘩で負けたことないんだ。大の男十人がかりでもへっちゃらだった。それに、ビッグベアーとガチンコ勝負して勝ってる」

「はあ?」

 ピートが真剣な顔を作った。

「信じられないよな? 実際、それ見た俺も夢だったんじゃないかって思ったよ。でも、俺、それで助けられたんだ。かすり傷で済んだのはジュドーのおかげなんだ」

「お前、嘘つくのも大概に……」

「うーん……アシュレイは、ライラと同じように黒死狼デスファングをどつき回してたからなぁ。ビッグベアー程度じゃ相手にもならないと思うぞ? 一睨みで絶対ちびる」

 ライラがそう言い、全員が目を丸くする。

「は?」

「え?」

「はい?」

 ライラは皆の視線など意に介さず、ジュドーの方に目を向けた。

「剣が怖いってほんとーか?」

 そう問われれば頷くしかない。

「それはちょっと、問題だなぁ。聖剣も握れないってことだろ? そうすると後々支障がでそうだぁ」

「……剣を扱えなくてもいいって聞いたぞ?」

 むくれてそう反論すれば、苦笑されてしまった。

「まぁ、今回は、な。でもこの先ずっとそれだと、やっぱり困ると思うぞ? 聖竜脈が元通りになっても、ライラのパ……あー、闇王グリードが復活しているのは、紛れもない事実だから、聖剣は使えた方が良い。闇王グリードが今後、どんな手を使ってくるか分からないからなぁ」

 ピートが口を挟む。

「ジュドー、お前さ、木刀は握れたよな?」

 ピートがそんな事を言い出し、エドワードがそれに反応する。

「木刀? 木で作った剣ですね?」

「そそ。小さい頃はさ、俺達それで遊んでたんだ。んで、やっぱりジュドーは強かったよ。俺、一回も勝てたためしがないんだ」

「で、でしたら、それで練習いたしましょう。承知して下さるのでしたら、私が枝葉を削って即席の木刀を作って差し上げますが?」

 結局、承諾させられた。けっ、やったって無駄だぜというブライアンの言葉を聞きながら。剣は使えなくていいって話はどこに行ったんだ?

 その夜、俺は寝床から起き出し、見張り役として起きているベンジャミンの隣に座った。少し話がしたかったのだ。

「どーしたの? もしかして緊張して眠れない? 心配しなくても魔法士メイジは見張り役としてはうってつけなんだ。寝込みを襲わせるなんてマネはさせないよん」

 あははとお気楽な笑みが返ってくる。嫌な顔一つしない。まあ、気さくで話しやすい奴なのは確かなんだよな。怒らせなければ、だが。

「べつにそんなんじゃねーよ。ちっと聞きたいことがあってな」

 その台詞に、ベンジャミンが小首を傾げる。

「お前、あのライラって子と親しいのか?」

「親しい? いやー、あんまり知らないって方が正解かな」

 ベンジャミンはそう答えて、枯れ枝をたき火に放り込む。

「親しけりゃ、そりゃー、僕としても嬉しいけどねぇ、知り合ってからまだ十日ぐらいだよ。いや、顔は知ってたよ? 魔法学院でもの凄く有名だもん、ライラは。眉目秀麗、成績優秀、気だてもすっごくいいし、小さな子供からお年寄りまで、関係なく人気があるんだよね。けど、そんなんだから当然もてるし、何か声を掛けづらいっていうか……近寄りがたいって言うか、ついつい遠巻きにするって感じだったかな」

 手にした紅茶を一口含み、先を続けた。

「それが急遽、竜騎士捜しを陛下に命じられてさ、初めて声を掛けたんだよ。師匠から竜騎士を見つけ出せるのは、あの子だけだって聞かされていたからね、一緒に来てくれって頼んだんだ。師匠の評判は例の盗人事件で地に落ちていたから、反応が心配だったけど、杞憂だった。もの凄く喜ばれたよ。アシュレイに会えるって、是非手伝わせて欲しいって、そう言われたんだ。本当、不思議な子だよね。傍にいるだけで励まされるっていうのかなぁ、どうしてあの子が聖女に選ばれなかったんだろうね? どうせ形だけのものなんだから、それらしい子を選べば良いのにって思ったよ。あ……裏金、かな?」

 最後にぼそりとそう呟き、ベンジャミンが俺の顔を覗き込む。

「けど、何? やっぱ君もライラに気があるの? 競争率高いよん?」

「そんなんじゃねーよ。ただ……」

「ただ?」

「言動が妙だろ? こー、なんか……前世の記憶があるっぽいようなことを……」

「あー、そうそう。そーなんだよね。何でも子供の頃、転んで頭をぶつけたのが原因で、前世を思い出したんだってさ。ライラはね、二千年前の記憶があるみたいだよ? 竜騎士が生きた時代を彼女も生きていたみたいだね」

「本当か、それ?」

 俺が胡散臭げに問えば、

「僕が持っている知識とも符合するから、本当なんじゃない?」

 ベンジャミンがけろりと言う。

「ライラは二千年前の生活様式にかなり詳しいし、目で見ていないと分からないような事まで知っているんだ。それと、ライラはね、二千年前の書物をすらすら読めるんだよ。解読に手間取っていた部分まで訳してくれてね。本当、あれは凄かった」

 そこで、ふと思いついたように、ベンジャミンがにんまりと笑った。

「な、なんだよ」

 奇妙な含みある笑い方に、思わず身を引いた。

「んー? 聞きたい、聞きたいかい? 聞いたら絶対びっくりすると思うけど」

「やけにもったいぶるな」

「だってねぇ。これ教えたら絶対、君、男達のやっかみの的になるよ。まー、袋だたきにあうって覚悟があるんなら話は別だけど?」

 訳が分からず首を捻ると、ベンジャミンが身を乗り出した。

「恋人同士だったんだってさ」

「……は?」

「だーかーらー。君と恋人同士だったんだってさ。前世で。ライラ、そう言ってたよ」

「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

「いやー、羨ましいねぇ。あーんな可愛い彼女がいたんだ? まあ、あの頃の君は、女なんてよりどりみどりだったろうから、特別不思議ってわけでもない。逆にライラを泣かしてたりしないだろうね? 女性関係とかで」

「し、知るかー! まったく身に覚えが、つーか分かるわけな……」

 にやにや笑いのベンジャミンの顔に目をとめ、俺はぴたりと口を閉じる。

「ったく、からかうのもいい加減にだな……」

「面白がったけど、ライラが君と恋人同士だったって口にしたのは事実だよん。くわしく聞きたいのなら、本人に聞くしかないね。けど、僕から忠告。王都に行ったら、そのことは他言しない方が賢明だね。お前みたいなチビがなんで、とか絶対言われるし、痛いよ、ジュドー君……」

 俺の石つぶてを喰らったベンジャミンが抗議する。

「うっせー、チビは余計だ」

 むくれた声でそう告げ、再び毛布にくるまって横になった。

「あれー? もう寝ちゃうのかい?」

「まーな。これ以上お前の話を聞いてると、頭痛がしそうだ」

 ベンジャミンの残念そうな声に、そっけなく答えると、

「頭痛って、君ね。ほんと歯に衣着せないっていうか、言いたいことそのまんまずばずば……ま、正直なだけましか」

 溜め息まじりの呟きを耳にして、思わず振り返ってしまう。

 問うような視線を向ければ、ベンジャミンが笑った。

「んー? ま、君みたいなタイプは、腹黒い奴には嫌われるよってこと」

「褒めてんのか? それ」

「ま、一応ね~。こんなんでも、僕、いろいろ見てきたからね。表面上はいい顔する邪な奴ってのは意外と多いんだよ。特に、金やら権力やらがからむ場だと、ね。じゃ、お休み。良い夢を」

 ベンジャミンがにっこり笑って手を振った。

 その様子を俺は黙って見つめ返した俺は、やがて「おやすみ」と告げ、今度こそ夢も見ない深い眠りについた。


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