第8話 旅立ち

 翌朝、自称聖女のエリザベス・ミラーの指示で、村長宅前に村中の若い男達が集められ、剣試合が行われた。

 結果はまあ予想通りで、これまた自称竜騎士のブライアンが優勝である。

 別にあいつがほらを吹いたわけじゃない。確かにこの村では、指導者である元傭兵のルイスを除けばあいつが一番強い。この村では、だが……。

 所詮井の中の蛙だとジュドーは思う。

「ふうん? 口から出任せって訳でもなかったのね?」

 魔法士メイジのエリザベスがそう言えば、

「あったりまえだ」

 ふんっと鼻息荒くブライアンが答える。

「じゃ、あなたでいいわ。王都まで一緒に来て頂戴」

「おう、まかせろ!」

 どんっと胸を叩き、その足でライラの眼前に立ち、ふんぞり返った。

「どうだ、見たか? 俺が竜騎士で決定だな!」

 ライラは首をこてんと傾げ、

「ジュドーが竜騎士だぁ。お前、違う」

 ブライアンがぐっと身を乗り出した。

「だーかーらー! 今の見たろ? 俺が一番強いんだから、俺が竜騎士に決まってる!」

 ライラがまたまた首を傾げ、

「んー……何でお前がそう言い切るのか、ライラ全然分からないんだけどな、お前、弱い」

「へ?」

「ちょっとエドワードと手合わせしてみるといいぞ? けちょんけちょんにやられる。お前の剣な、隙だらけ、大雑把、大ぶりで目も当てられないし、これでそこまで威張れるお前、あっぱれ。逆に凄いと思う」

 貶されているのか褒められているのか分からない。

「エドワード、ちょっといいかぁ?」

 ライラがそう言って騎士のエドワードに近寄り、何かを耳打ちする。

「え? はあ……それをやれと?」

黒死狼デスファングにがっぷりやられるより良いと思うぞ? あいつら容赦ない」

「それはまぁ、そうですが……分かりました」

 そう言ってブライアンに近づき、

「手合わせをお願いします」

 エドワードが礼儀正しくそう言った。流石騎士。

「は、はぁ! いっちょもんでやるかぁ!」

 ブライアンが意気揚々とエドワードと向かい合う。こうして向かい合うと、背の高さはほぼ同じだったが、筋肉の付き方が違っている。小山のように盛り上がった筋肉を持つブライアンとは違い、エドワードの方が細身に見える。

 ブライアンは剣を手に身構え、ふてぶてしい笑みを浮かべてみせるも、エドワードと目が合った途端、

「ひい!」

 剣を取り落とし、尻餅をついた。顔面蒼白で震えているようにも見える。

 周囲の者達は何が起こったのか分からず、

「おーい、ブライアンどうしたよ?」

「まだ打ち合ってもいないぜ?」

 そんなヤジを飛ばした。

 ライラが尻餅をついたブライアンに近寄り、

「な? 分かったろ? お前、実践じゃ役立たずだぁ」

 諭すようにそう言った。怖々ブライアンがライラを見上げる。

黒死狼デスファングと向かい合っただけで、お前負けるぞ? あいつらお前を食い殺そうとエドワード以上の殺気を放つからな。今みたいな事になって、食い殺される。それでも自分が竜騎士だって言い張りたいか? 止めた方が良いぞ?」

「殺気……」

「そう。実践じゃぁ、これ、大事だぁ。気迫負けした方が負ける。エドワードは戦い慣れてるからな。視線に殺気を込めれば、お前みたいな奴は戦意喪失する。戦わなくてもこんな風に負けるんだ」

 ライラがまるで子供の頭を撫でるようにブライアンの頭をぽんぽんと叩くと、はっと正気に返ったようにブライアンは立ち上がり、

「だ、だったら! そいつだって一緒だろ? ジュドーの腰抜けが、今のに耐えられるわけがない! やらせてみろ!」

 ライラがぷうっと頬をふくらませた。

「ジュドーが殺気を込めたら、エドワードが負ける。ライラ、やらせない」

「え?」

「人間と争うのジュドー嫌がってたからな、ライラ、やらせないぞ? アシュレイのあんな顔は二度と見たくない」

「い、いや、で、でもよ、ほら……」

「もう! お前が何でそこまでこだわるのか全然分からない! 付いてきたいなら付いてくれば良い! 黒死狼デスファングに襲われてもライラ知らないからな!」

 ぷりぷり怒って行ってしまい、ブライアンは呆然となる。

「あーあ。嫌われたな?」

「う、うるせぇ!」

 ピートの揶揄にブライアンがいきり立ち、拳を振り上げるも、さっとよけられてしまう。剣の腕はからきしでも、ピートはこういった攻撃をかわすのが抜群に上手かった。

 その後、村の者達総出で見送られつつ、旅立つ段になって、別の問題が勃発した。ピートが一緒に行くと言い出したのだ。

「俺はジュドーの親友だからな。その権利がある」

 鼻息荒くピートが言い切り、ジュドーが反対した。

「何の権利だよ? マーサの逆鱗に触れる前にさっさと帰れ!」

「い、や、だ。お前一人良い思いなんてさせてたまるか! 俺もライラちゃんと一緒に行きたい! 旅したい! きゃっきゃうふふしたいぞ!」

「そーいう旅じゃねぇええええ! とにかく俺は! 剣が引き抜けないって事を証明して村にとんぼ返りする予定なんだから! ついてくんな!」

「だったらなお、俺がついて行ったって問題ねーじゃん! 竜騎士じゃないって証明して俺と一緒にかえ……いや、お前だけ帰れ。俺はライラちゃんと一緒に王都に残るから!」

「出来るわけ無いだろ! 現実考えろ! 王都でどうやって暮らすんだよ? 頼れる親戚なんかいたか? いないよな?」

「そこは愛の力で!」

「なんとかなるかあああああ!」

 掛け合い漫才のようなやりとりをしていると、

「いいよ、付いてきても」

 にこにことベンジャミンが言う。何かを企んでいそうな黒い笑顔だ。

「おお、話が分かる!」

「ちょ、待て! こいつが来るとろくな事にならない!」

「だって、ピート君がいれば、君、逃げ出さないよね?」

 ベンジャミンがたたみかけた。何やらどす黒いオーラが見える。

「ジュドー君、君ってさぁ、ちょっと信用ならないんだよね? 目を離した隙に村に帰っちゃったりとかしそうでさぁ。竜騎士って自覚がないんなら、人質大作戦といこうか? ピート君、王都でしっかり監禁……いや、保護してあげるから、好きなだけ滞在して? 好待遇約束してあげるよ?」

「よっしゃああああ! 話分かる!」

「待てえええええ! 今監禁とか言いやがったぞ? いいのか、それで?」

「断然良い! ライラちゃんと一緒にいられるなら牢屋でも天国!」

「……あ、そう……」

 救いようのない馬鹿だこいつ、そう思ってジュドーは口を閉じた。ああ、勘弁してくれ。結局、脳天気なピートと一緒に旅立つ羽目となりげっそりだ。

 ジュドーは片手を上げ、クーノを呼び戻すことにする。

 俺が村から出るなら、あいつも連れて行かないと大騒ぎになる。村中俺を捜し回って泣くだろう。一体いつになったら独り立ちしてくれるんだかな。まぁ、まだ小さいからしょうが無いか。母親が恋しい時期だ。

 いつものように竜声を上げれば、あいつが飛んできた。

 森の中から赤い影が飛び出し、俺の腕に止まる。まだまだ小竜だ。

 甘えるようにクーノが身をすり寄せてきて、苦笑が漏れてしまう。まぁ、可愛いっちゃ可愛いんだよな。こうして肩に止まれるのも、こんな風に小さい内だけだ。でかくなったら俺が潰れる。

 クーノが周囲を見回し、くるくると鳴いた。

 ――知らない人間、いっぱいいる。

「ああ、王都から来た連中だ。俺も一緒に行くんだよ」

 ――ジュドー、村出る? なら、クーノも一緒に行く。

「分かってる。だから呼んだんだ。良い子にしててくれ」

 ――クーノ、良い子する。ジュドー嬉しい?

「ああ、嬉しいよ」

 そう言って笑いかけるも、周囲の視線に戸惑った。

「……何だよ?」

 エリザベスが呆然とした様子で言った。

「何だよって……それがあなたの竜ですの? 火竜じゃありませんの。これってどういうことですの? 火竜は確か、人に懐かないはずでは?」

 エリザベスが困惑気味に横手のベンジャミンに目を向ける。


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