第7話 王命で仕方なく

「竜騎士? 竜王バルデルの息子の竜騎士か?」

「そう、その竜騎士です。その竜騎士を探し出して連れ帰るよう、陛下から命じられました。王命で、仕方なく、ここへ来たというわけです」

 ベンジャミンは、何やら王命で仕方なくをやけに強調する。

「……あんたは竜騎士を連れ帰るのに反対なのか?」

 ジョゼフが酒をつぎ足しつつそう問えば、

「いいえ、そこは全然。むしろ絶対に連れ帰らないとまずいと思っていますよ? 竜騎士を探し出して、緑の大地グリーンランド闇人デイモンの驚異から守っていた聖竜脈を浄化してもらわないと、世界が終わってしまいますので。単純に王命なのが気に食わないだけです。今更感満載なので。そこは私情の問題ですので、お気になさらずに」

「聖竜脈の浄化?」

「ええ、汚染されちゃってます。ここの部分は自業自得と言えなくもないんですけどね。人間の悪念が原因ですから。垢がたまるみたいな感じで聖竜脈が少しずつ毒されました。それを浄化できるのが竜騎士のみが扱える聖剣なんです」

「聖剣か……。竜王バルデルが息子のために作り出した炎の剣だな?」

 ベンジャミンが頷く。

「そう、それです。そして師匠の神託通りなら、すでに闇王グリードの娘、闇姫グレイシアも蘇っているはずですので、一刻の猶予もありません。竜王バルデル様がお創りになった聖竜脈を今すぐ正常化しないと、闇人デイモンどもに攻め込まれて、人の世界は終わってしまいます。人類滅亡の危機に瀕した二千年前の大戦争が、再現されてしまうでしょうね」

「そりゃまた大変だな」

 全然大変そうに聞こえない口調でジョゼフが言う。酒を継ぎ足し、それを一気に煽った。

「で、えーっとですね、ぶっちゃけ、その竜騎士というのがあなたの息子なんですよ」

「ふうん?」

「……驚きませんね?」

 ベンジャミンが意外そうに言う。

 ジョゼフがのんびりと言った。

「ま、何となくそんな気はしていたんだ。何せこいつが生まれた時によ、竜どもが騒いでしょうがなかった」

「え?」

 その場にいた全員の驚きの声が唱和する。もちろん俺もだ。

 ジョゼフが先を続けた。

「身重のリリーを連れて、竜の谷を通った時の事だよ、あん時、リリーの奴が急に産気づいちまってな。その場で出産てな事になっちまったんだが……。お前さん、竜の声の合唱なんて聞いたことあるか? あっちこっちから鳴き声が聞こえやがるんだよ。きゅいーきゅいーって例の独特の。それがあっちこっちで騒ぎ始めたと思いきや、共鳴するみたいな大合唱になりやがった。姿の見えない竜に囲まれているという恐怖よりも、畏敬の念の方が勝っちまってな……あん時俺は、竜王バルデルのお告げを聞いたような気分だったよ」

「……初めて聞いた」

「そりゃ言ってないからな」

 ジュドーが呆然とそう呟けば、ジョゼフがしれっと答える。

「なんで今まで……」

「あん? 黙ってたかって? 言うとお前、不機嫌になるだろ? 竜騎士を褒め称えた英雄伝説が大っ嫌いだもんな?」

 父親の指摘にジュドーはぎくりとなる。確かに大嫌いだった。何故かは分からないが、伝説として語り継がれている竜騎士が、誰かに褒めそやされるたびに虫唾が走る。違和感が拭えず、嘘っぱちだと叫ぶ事もしばしばだ。

「世界を救った竜騎士をたたえる吟遊詩人を罵倒するなんて、お前くらいなもんだよ。ま、俺としても、わざわざ言うような事でもねーと思って黙ってた。どうせいつかは分かる」

「いつかは分かるって……」

「お前が本物の竜騎士なら隠せないって事だよ。ま、リリーが死んでいてよかったのかもな。あいつはお前を溺愛してた。旅立つなんて言ったら、それこそ大騒ぎだ」

「母さんが死んで良かったなんて言うな」

 ジュドーがむくれると、父親が苦笑する。

「ああ、悪い。俺はこーいう質でな。お涙頂戴ものなんてげっそりする。あっさりさっぱり後腐れ無くが一番良い。そいつらと行くなら行くで、ちゃんと生きて帰ってこいよ、ジュドー。俺が言えるのはそれだけだな」

「……反対はしねーのか?」

「反対したところで、運命には勝てねーよ。第一、竜王バルデルのお告げじゃ、どうあがいたところで、災厄が向こうからやってくる。お前がこのままこの村にいると、多分、その災厄って奴が、この村まで追いかけてくるんじゃないのか?」

 自分は違う、竜騎士なんかじゃない、そう言いたかったけれど……。

 ジュドーの様子を目にしたジョゼフが、ふっと笑った。

「今のお前が何考えているんだか、ようく分かるよ。お前がたとえ竜王バルデルの息子だとしても、間違いなく俺の息子でもある。違ったら違ったで帰って来りゃあいいじゃねーか、なぁ? ここはお前の家だ。遠慮せず帰って来い」

 ベンジャミンが言う。

「えーと、それじゃあ、そろそろ自己紹介させてもらおうかな。僕の名前はベンジャミン・グリーン。この杖を見てもらえれば分かると思うけど、魔法士メイジだよ」

 ベンジャミンが手にしていた杖を掲げてみせる。そこには魔法文字がびっしりと刻み込まれており、突端部分には、銀色のリングが取り付けられていた。さらにその内側には一回りほど小さい二つのリングが存在している。

 視線を自分の横手にいるライラに移し、

「で、彼女はライラ・ディ・ロンド。魔法士メイジ見習いだよ。魔法学院卒業がまだなんで、正式魔法士メイジって紹介が出来ないだけで、非常に優秀だから、そこんとこよろしく」

 そう紹介し、最後に左隣にいる体格のがっしりとした男に目を向けた。寡黙なのか先程から殆どしゃべらない。

「それから、こっちのふてぶてしそーな奴は、エドワード・ストーム。ベルギアス王国の騎士で、剣の腕前は国で一、二を争う実力者」

「……ふてぶてしいは余計だ」

 エドワードがぼそりとそう文句を言うと、

「いーじゃん。分かりやすくて」

 しれっとベンジャミンが言い切った。気心の知れた仲らしい。

「で、えーと……さっきも言ったと思うけど、僕たちの遠征の目的は、竜騎士を探し出して、王城まで連れ帰ること。そうしないと、世界の終わりが来るから。聖竜脈がこのまま正常化されないとさ、世界全部が闇王グリードの力に飲み込まれちゃうんだよね」

 ベンジャミンがそう言い切った。

「飲み込まれる?」

 ジュドーの声に、ベンジャミンが頷く。

「そ。闇王グリード自身は原始の戦いで、氷の大地アイスランドに竜王バルデルの力でがっちり縫い止められているから、そっから動けないけどね、あれの力はあらゆるものを凍てつかせる。つまり竜王様がお創りになった聖竜脈を正常化させないと、ここ緑の大地グリーンランドが闇王グリードの力に侵食されて、世界全体が雪と氷に閉ざされるんだ。そうなるとどうなるかわかるかい? 多くの生き物が死に絶える」

 ベンジャミンがそう言って身を乗り出した。

「当たり前だよね? この先ずっと春はやってこないんだから、寒さに耐えられない生物は自然淘汰されちゃうよ。そして僕達人間はというと、氷の大地アイスランドからやってくる闇人デイモン達に滅ぼされるってわけ。二千年前に起こった大戦争の再現になってしまうんだ。あの時は竜騎士が世界を救ってくれたけど、あわや人類滅亡するところだったみたいじゃないか。僕はあんなものを再現したいとは思わないよ」

 ジュドーがぷいっとそっぽを向く。

「俺は竜騎士なんかじゃねーよ」

「まだそういう事言う? 親父さんも君が竜騎士だって認めているみたいだけど?」

「だから……」

「あんなー、ジュドー……」

 目を向ければ、真剣な眼差しのライラと目が合った。

「……ベンジャミンが言ったことは全部本当だぁ。闇王グリードは、過去に闇姫を通じて受けた聖剣の力の痛手から既に立ち直っていて、その影響で闇姫のほうも復活している。だから闇鬼オーガ黒死狼デスファングも、ずっとずっと力が強くなっているのに、肝心要の聖竜脈はその効力を失ってて、人間の世界はとっても無防備で危ない状態なんだぁ。ほんと、今お前が動かないと、人間の世界はお終いなんだぞ? せっかくお前が守ったこの世界が消えちゃうんだ。ほんとーに、それでいいのか?」

 黙り込んでしまったジュドーの手を、ライラが励ますように握った。

「お、おい……」

 ジュドーは握られた自身の手を引っ込めようとするが、ライラはしっかりとその手を掴んで離さない。

「ね、行こうよ、ジュドー。ライラ、手伝う。力になるよ。絶対絶対どんなことがあっても離れないから……」

 そう語ったライラの瞳は、不思議な色合いを湛えていた。

 美しく澄んだ紫水晶のような瞳は、憂いの影を含んだはかなさと、力強い意志の煌めきを感じさせ、相反する性質のものが反目することなく一つに溶け込んでいるさまは、はっとするほど美しい。

 ジュドーは慌てて視線をそらす。頬が熱い。

 ――違ったら違ったで帰って来りゃあいいじゃねーか、なぁ?

 そんな父親の声が後押しをする。

「……何をすりゃーいいんだよ? 言っとくが俺は、剣なんて使えねーからな?」

 ベンジャミンが頷く。

「うん、それでいいんじゃない? 今回は戦うっていうより、聖竜脈の正常化が目的だからさ、剣を鞘から引き抜いてくれればそれで問題ないよ」

「剣を鞘から引き抜く?」

「聖剣を鞘から引き抜けるのは、竜王バルデルの息子の竜騎士だけなんだ。そんでもって、その聖剣でないと聖竜脈を形作っている聖竜石を浄化できないってわけ。了解?」

「ふうん? ということは、剣を鞘から引き抜けなければお役御免だな?」

 ジュドーの言葉にベンジャミンの顔が引きつった。

「なんでそーなるの。大丈夫、君なら引き抜けるよ。師匠の神託は絶対だ」

「引き抜けなかったら?」

「ああ、はいはい、分かったよ。そん時は村に帰っていいから」

 ベンジャミンが降参というように両手を挙げた。


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