第5話 竜騎士の村

「いくら何でも突き飛ばすなんてひでーぞ?」

「あ、いや、その、悪い……」

 俺が謝ると、ぽかんとした少女の顔が、ふっと和らいだ。

「アシュレイ、びっくりしたんだぁ? ライラもびっくりしたぞ?」

 少女が笑い、立ち上がった。少女の笑った顔もまた驚くほど美しい。周囲の誰もが見惚れているのが分かる。少女は尻に付いた泥をはたきながら、

「それにしても、お前随分、変わったなぁ?」

 そんな事を苦笑交じりに言い出して、

「ほら、昔はライラがお前のこと見上げてたのに、今はライラがお前のこと見下ろしてる。ちっこくて可愛いけど、背、伸びなかったんだ?」

 けらけらと楽しそうに笑われて、つい、かっとなった。

「うるさい! 小さい、小さい言うなぁ!」

 発育不良なのは自分でも分かっている。それをあえて指摘されると腹が立った。

「第一! お前、俺を誰と間違えてるんだ? 俺の名前はジュドー・ブラックだ! アシュレイなんて名前じゃねぇ!」

 そう叫ぶと、少女は驚いたようで、再びぽかんと突っ立った。次いで、まじまじと俺を見据え、ふっと何かに気が付いたように言う。

「あー、もしかして、お前……まだ覚醒してないのかぁ? 十歳になるくらいまでには覚醒するはずだって聞いていたから、とっくのとうに思い出しているものだとばっかり……。どーりでお前、神殿にやってこないはずだぁ。いっくら待っても、聖剣を取りに来ないから可笑しいと思ったよ」

 覚醒? 訳が分からず眉をひそめるも、少女に顔を覗き込まれて思わず身を引いた。やはり目を見張るほど美しい顔立ちなのに、こうして近寄られると怖気がする。

 おずおずと少女が言った。

「あ、あんなー。一つ聞いていいか? お前、その、ライラが誰だか分かるか?」

 ――分かるわけねーよ。まったくの初対面だっつーの! 訳わかんねー事言うな!

 そんな風に言いかけるが、今にも泣き出しそうな少女の顔に目を止め、ジュドーは思わず口をつぐむ。どうにもやりにくい。

「ライラは、その、その、な……」

 少女がもじもじと自分の手をいじり回す。

 そこへ、ベンジャミンという例の魔法士メイジが割り込んだ。

「ライラ、もしかしてこの子が例の?」

 ライラと呼ばれた少女は、その途端、ぱっと顔を輝かせて、

「そうだあ! 彼が竜王バルデル様の息子で、今世の竜騎士だぁ! 聖剣を使ってこの世界を救う竜騎士に間違いないぞ!」

「ちょっと待ったあ!」

 いきなり割り込んだのは、村長の息子のブライアンだ。

「それは俺の事だ! 勘違いしないでもらいたい!」

 ずかずかとライラに大股で近寄り、ぐっと彼女の肩を抱き寄せる。

「ほらほら、ようく見ろよ。そこのちんくしゃより俺の方がずっと良い男だろうが?」

 ご自慢の筋肉を見せつけるように、ブライアンはポーズを決め、少女にキスでもせんばかりに顔を近づける。どう見ても迫っているようにしか見えない。

 その様子に不快感を覚えたジュドーは、思わず少女とブライアンをべりっと引き離していた。何故か分からないが、むかっ腹が立って仕方が無い。

 ブライアンが鼻白む。

「……邪魔すんなよ。ジュドー。焼き餅か?」

 脅すようにブライアンがジュドーを見下ろした。

「みっともない真似はよせよ」

「ああん? この俺に言い寄られて喜ばない女はいないぜ?」

 ブライアンがそう言い切るも、

「うーん……それはどうかな?」

 そう口を挟んだのはベンジャミンだった。やんわりと諭すように言う。

「ライラはもの凄く競争率高いからねぇ。良い男が狙いまくってるよ? 君がそれに勝てるとは思わないなぁ。ちょっと、王都に来てみ? 多分、自信喪失する」

 ブライアンが目を剥いた。

「俺は竜騎士だろ!? 救世主様だぞ?」

「僕は認めてない」

「ブライアン、竜騎士違う。ジュドーが竜騎士だぁ」

 横手からそう言ったのは当のライラである。

「い、いや、違うだろ? こ、こんなちんくしゃが、竜騎士なわけがない!」

 ブライアンの反論に、ライラがぷうっと頬を膨らませて怒った。その様子もまた何とも可愛らしい。

「ちんくしゃ違う! ジュドー格好いい! もんのすごく可愛いから! ほらほらあどけない顔立ちにバラ色の頬! 髪だってお日様色でキラキラしてる!」

 ライラの叫びに、周囲がしんっと静まりかえる。困り切った周囲から、いや、まぁ、そう言われりゃ可愛い、か? なんてひそひそと囁かれてしまう。

 ジュドーは憮然となった。褒めてくれたんだろうと分かるけど嬉しくない。そもそも、男が可愛いなんて言われて喜ぶ奴いるのかよ?

「あー……ライラ、ちょっと落ち着こうか? ジュドー君は、その……君が言っていたイメージと大分違うみたいなんだけど?」

 ベンジャミンの不躾な視線がジュドーに向く。

 ライラが苦笑した。

「ああ、そこはなぁ……ライラも予想外。アシュレイは本当に格好良かったからなぁ。背がすらっと高くて、ハンサムで、笑った顔がこうチャーミングで、微笑まれるとキューンてなる。でもでもほら、可愛い部分はちゃんと残ってるから大丈夫だぁ! 目つきがほんのちょっぴり悪くなったような気がするけど、男らしくて、こーいうアシュレイもライラ好きだぞー」

 悪かったな、目つきが悪くて……。生まれつきだこれは。そもそも、俺はアシュレイなんて名前じゃない。何度言えば分かるんだよ?

 ジュドーがむくれると、

「まぁ、こんな子供が竜騎士ですって? 流石偽聖女は言うことがお粗末ね」

 エリザベスが小馬鹿にする。態度はこれまたどこまでも高飛車だ。

「やっぱりわたくしが付いてきて正解でしたわね。竜騎士はブライアンです。わたくしが保証しますわ」

「僕はライラの言うことを信じるよ」

 ベンジャミンがそう言えば、

「わたくしは聖女ですわ!」

 エリザベスが声を荒げる。

「ああ、そうだね! お飾りのね! 君は、いや、今現存する聖女達全員、儀式の人数あわせ用に選ばれただけじゃないか! 本物の聖女なんてもう何年も見てないから!」

「まぁ、何て言い草なの! じゃあ、そこのライラが聖女だなんて言う気じゃないでしょうね? 神官長様はお認めになってないわ!」

 ライラがこてんと首を傾げた。

「ライラ、聖女違う。流石にそれは、バルデル様に申し訳ないぞ?」

「ああら、少しはまともなことを言うじゃないの」

 エリザベスが満足げに笑うも、

「お前が聖女いうのも違うけどな?」

 ライラがけらけらと笑い、エリザベスの怒りを買った。

「なんですってぇ! 言うに事欠いて……」

 ライラがふわりと笑う。ドキッとするほど美しい。

「聖女はいないけど、聖人ならちゃんといるじゃないか。大賢者ザドクが二千年前の大聖者ホルン・ラーダだろ? 彼が本物のバルデル様の御使いだぁ。人間達だって昔はあんなに崇めていたじゃないか。大聖者様、大聖者様って言って、慕っていたよな? どうして今こんな扱いするのかわからない」

 エリザベスが眉をひそめた。

「大賢者ザドク? もしかして変わり者のザドクの事かしら?」

「そうだぁ、その変わり者のザドクの事だぁ。そんでもってベンジャミンのお師匠さんだったな? お前凄いな、ベンジャミン。あれの弟子入りってそうそう出来なかったんだぞ? それの一番弟子って……凄いなー、お前、ほんっと凄い」

「え? そ、そうかな……」

 ベンジャミンが照れたように笑う。

 エリザベスがふんっと鼻息荒く言う。

「まぁ、何を言っているのかしら。ザドクは盗人よ。聖剣を盗み出そうとした罪人じゃないの。あれが大聖者? 馬鹿馬鹿しいったら」

 エリザベスの嘲りに、ベンジャミンが鼻白んだ。

「それは! 国王がお告げを無視したからだよ。竜騎士を探し出して、彼に聖剣を渡せって神託が下っていたのに、教会から聖剣を持ち出すなんてもってのほか、とかいって許可を出さなかったから、あーなったんじゃないか!」

「言い訳ですわね」

「言い訳なんかじゃないよ! 大体ね、今回の竜騎士捜索、なんで僕が選ばれたと思ってるの! 追放しちゃった師匠が見つからずに、弟子の僕に泣きついたからだろ?」

「そんな事聞いてないわ」

「言うわけ無いでしょう? あの脳天気国王が!」

「まぁ、何て口の利き方なの!」

 ベンジャミンがぷいっとそっぽを向く。

「はん、知らないね! 師匠みたいに追放したけりゃすればいい! でも、ザドク師匠の弟子は僕だけだから! そこんとこ忘れないで!」

 他者にも自分にも厳しかったザドクは公明正大で、民衆には人気があったが、清貧を貫き、何も持たない乞食のような格好でうろついていたので、贅沢に慣れきっていた貴族には人気が無かったのだ。

「それと今回王命を受けたのは、僕であって君じゃない! 決定権はこの僕にあるの! 分かった?」

 エリザベスが肩をすくめた。

「はあー……分かったわよ、なら、二人共連れて行けば良いでしょう? どちらが本物か大神官様に判定していただくのよ。それでいいわね?」

「……恥を掻くのはそっちだと思うけど」

「その言葉そっくりそのままお返しするわ。ほら、見てみなさいよ。ちゃんとブライアンからは竜気が……って、あら?」

 手にした竜石をかざせば、どこへ向けてもぴかぴか光る。

「……全員に反応してるね?」

 しれっとベンジャミンがそう言い、エリザベスは焦ったようだ。

「ちょ、ちょっと可笑しいわこれ、壊れたの?」

「壊れてなんかいないよ。この村、竜騎士が一生を過ごした場所だって言われているだろ? つまり、どっかに竜騎士の墓があるんだよ。だもんだから竜王バルデル様の力がこの場所には充満してる。だから、ここにいる人間全部から竜気が出ているんじゃない? 竜石では竜騎士を探し出せないよ」

 エリザベスが癇癪をおこした。

「ああ、もう、だったらこの村で一番強い人間を連れて行くわ!」

「じゃあ、やっぱり俺で決まりだ。俺はこの村で一番の剣の使い手だからな!」

 ブライアンがずいっと進み出て、エリザベスが胡散臭げな顔になる。

「……あなたはさっき、そこの坊やに負けていたじゃない」

「あ、あれは油断しただけだ! 大体そいつは剣をふれねぇよ! 剣を使えないんだ。竜騎士は一流の剣の使い手なんだろ? そいつが竜騎士だなんて、ありえねぇよ」

 エリザベスが怪訝そうに眉をひそめる。

「剣を使えない?」

「おうよ。剣を持つのが嫌なんだと。とんだ腰抜けだ」

「ふうん?」

 エリザベスはじろじろとジュドーを上から眺め回し、ふいっと長い金の髪を後ろへ流した。

「ま、いいわ。だったら、あなたの剣の腕前を見せて頂戴。それで決定することにするから」

「はっはー、いいぜ? じゃあ、さっそく……」

 ブライアンは自信満々身を乗り出すも、エリザベスが欠伸をする。

「その前に休みたいわ。長旅でわたくし、もうくたくたなの。食事を用意して頂戴。就寝と湯浴みの準備もお願いね?」

「お? おお、そうか、分かった。おう、お前ら、さっさと用意しろ!」

「へ、へい!」

 ブライアンの命令で使用人達が散っていくと、鼻の下を伸ばしたブライアンがライラに近づいた。下心丸見えだ。

「さ、君もこちらへどうぞ。俺の家でゆっくりしていくといい。歓迎するぜ?」

 もみ手をせんばかりの猫なで声である。

 ライラは首をふるふる横に振った。その仕草もまたまた可愛らしくて、野次馬連中全員がでれんと鼻の下を伸ばすも、

「や。ライラ、ジュドーの所に行く!」

 ふいっとそっぽを向かれてしまう。

 ライラの返答に、ブライアンは目を剥いた。

「ぬああ! 何で! 何でだ? こんなくそ餓鬼のどこがいいんだよ? 俺の方が数万倍良い男だっていうのにいいいい!」

 ブライアンが頭を抱え絶叫するも、心境はジュドーも似たり寄ったりで、

「ちょ、待て! 俺は嫌だぞ! 何で見ず知らずのもが!」

 すかさずジュドーの口をピートが塞いだ。

 ピートもまた鼻の下がでれんと伸びている。

「あー、ライラちゃん? 君、ライラちゃんって言うんだ? ほんっと可愛い名前だねぇ。見た目も可憐で、可愛くってもう最高! どうぞどうぞ泊まってって、遠慮せずに。俺がジュドーの家まで案内するよ。それでどう?」

 ピートがそう言ってのける。

「おま! 何勝手に!」

「いいの? 悪いねー。じゃ、遠慮無く」

 そう口を挟んだのは魔法士メイジのベンジャミンだった。ニコニコ笑っているけど、かなり強引である。どう見ても引きそうにない。ジュドーは焦った。

「い、いや、そこは遠慮しろ! 俺は認めてな……」

「さ、こっちだよ、こっち。大丈夫、大丈夫。ジュドーの親父さん、顔はおっかないけど、基本いい人だから。女の子を寒空に追い出すなんて絶対にしない。押しかければ、必ず泊めてくれる。心配いらないよ」

 ピートがライラの手をさりげなく取ると、ライラがふわりと笑った。

「ありがとうなー、お前、良い奴だぁ」

 天にも昇る心地はこういうものなのか、ライラに微笑みかけられて、ピートは舞い上がった。豚もおだてりゃ木に登る、を通り越し、まさに崖を駆け上る勢いだ。

 きゃ、きゃんわいい! いや、綺麗! 可憐だ! いやいや、精霊だあ! こ、こんな子がいるなんてぇぇ! 俺、幸せ!

「こっちです、こっちー!」

「いや、ほんと、お前! 止めろ! 迷惑だ!」

 勢いのついたピートを止められる奴がいるはずもなく。なんだかんだでジュドーは、ライラとその他一行を自分の家に連れて行く羽目となったのだった。


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