第4話 夢の中の女

 腕を組み、村長の息子のブライアンが居丈高に言い放った。

「エリザベス様。こいつもこの村の男なんだけどな。剣も持てない腰抜けなんだ」

「そうですの? けど、まぁ、まだ子供ですからね」

 ケバケバしい女はエリザベスというらしい。一応エリザベスはそう言って取りなしてくれたが、ブライアンが小馬鹿にしたようにふんっと鼻を鳴らした。

「は、子供? こいつ、これでも成人してるんだぜ? 俺と同じ十六才だ」

 ブライアンの台詞にびっくりしたようだ。まじまじと俺を見下ろし、

「これで? 十才くらいにしか見えませんわ」

 そりゃ言い過ぎだろう。俺は憮然となる。まぁ、エリザベスという女を見上げている時点で、反論出来ないが。

 ブライアンが鼻息荒く言った。

「発育不良の腰抜けなんだよな。もっと隅で小さくなってりゃいいものを、何かと絡んできてうざったい。本当、身の程知らずも良いとこだ」

「……絡んでくるのはいつだってお前だろうが?」

 そうぼそっと言えば、ブライアンがいきり立った。

「うるっさい! 竜を所持しているからって、えばってんじゃねぇぞ、この腰抜けが!」

 その一言で二人の魔法士メイジは顔を見合わせる。

「竜を所持? こんな子供が? 卵を買ったんですの?」

 胡散臭げな女の台詞に、俺はふいっと視線をそらす。買えるわけがない。竜の金額は一般庶民には手が出ないものだと以前のゴタゴタで知っている。

 ブライアンが鼻息荒く言う。

「いや、違うよ。多分、野生の卵がかえった時に傍にいたんだろ? 竜は初めて目にしたものを親だと思うらしいじゃねーか。偶然が味方しただけだ。なのにこいつは身の程をわきまえず、いっつもえばり腐って……」

「いえ、ちょっとお待ちなさい」

「そうだよ、卵からかえった時傍にいたって、そりゃ可笑しいよ。竜の親はどうしたの? 人を近づけるわけがない」

 二人の魔法士メイジが交互に言う。

「卵を盗んだんだろ?」

「無茶言わないでちょうだい」

「そうだよ、簡単に言わないで」

 ベンジャミンという魔法士メイジが険しい顔を作った。

「君、竜の前に立ったことある? あれから卵を盗むってどれだけ大変だと思ってるの。竜ハンターって名前聞いたことない? 人気の職業だけど命がけ。大金を稼げるのはそれだけリスクが高いからだよ。君、彼を剣も持てない腰抜けだって言ったじゃないの。専門の知識と技術を持った竜ハンターでさえ、卵を盗もうとすれば、死ぬこともあるんだよ? 君の言っている事は矛盾しているよ」

「そ、そんなこと言ったって……」

 ブライアンはタジタジだ。

 ベンジャミンという魔法士メイジが身をかがめ、俺に問う。

「ね、君、竜を所持しているって本当?」

「所持なんかしてねー……」

 そっぽを向いた俺の一言に、ブライアンが目を剥いた。

「嘘ぶっこくな! いっつも赤い竜を連れ歩いて見せびらかしているくせに!」

「クーノは友達だよ! 物じゃねぇ! 勘違いすんな、このタコ!」

「んだとぉ、このくそ餓鬼が!」

「くそ餓鬼言うな! 同い年のくせに! このウドの大木が!」

 ブライアンの拳をさけ、その腹に俺が拳をぶちこめば、ブライアンは体をくの字に曲げて悶絶する。いつもこんな感じだ。売り言葉に買い言葉で取っ組み合いの喧嘩、にはならない。大抵俺の拳一発で他の奴らが吹っ飛ぶからだ。

 そう俺は力が強かった。体の割に、いや体格に見合わない怪力なのだ。だからだろう、剣は持てないが、俺は素手の喧嘩で負けたことはない。なので余計に反感を買っちまう。分かってはいるが……つっかかってくるな、このタコ!

「ちょっと、ちょっと。あなた、この村で一番強いんじゃなかったの?」

 焦ったようにエリザベスが問うと、

「う、うるせぇ……ちょっと油断しただけだ」

 腹を押さえ、うずくまったままのブライアンが言う。あん? ちょっと油断しただけ? お前の反撃なんざ、くらったことねーよ。

「へーえ? 強いねぇ、君」

 ベンジャミンという魔法士メイジが愛想良く笑う。丸眼鏡の奥の顔立ちはあくまで穏やかだ。こちらは高飛車な感じがまるでないので、エリザベスという魔法士メイジよりずっと親しみやすかったが、どことなく抜け目なくも感じる。

「ね、君の竜、クーノって言うの? 僕に見せてくれない?」

「……いやだ」

 何かを企んでいるように見え、ぷいっとそっぽを向けば、

「まぁ、何て態度なの! 陛下の命を受けて動いているわたくし達に向かって!」

 エリザベスという例のケバケバしい金髪女が食ってかかってきた。まったくうざったい。

「知らねーよ、んなこたぁ。ブライアンがあんた達が探している竜騎士なんだろ? だったらそいつを連れて、とっとと帰ってくれ、迷惑だ」

「僕は認めてな……」

「アシュレイ!」

 唐突に別の女の声が割り込んだ。耳にしたその声は、水が響くように澄んで美しい。気が付けば俺は誰かに抱きしめられていた。風に翻る長い黒髪が視界の隅に映る。漆黒の髪は艶やかで、カラスの濡れ羽色、そんな賞賛が思い浮かんでしまう。

「え? な……」

「アシュレイ! 会いたかった! ようやく会えて、ライラ嬉しいぞ!」

 俺に抱きついていたのは、精霊と見紛うばかりの美しい少女で……なのに、俺はその姿を見て息が詰まった。仰天したと言ってもいい。

 紫水晶のような瞳は蠱惑的で、肌は抜けるように白く、ふっくらとした唇はみずみずしい。女神もかくやという美しさだ。言い寄られれば誰もが骨抜きにされそうなほど魅力的である。なのに自分は、思わずその少女を突き飛ばしてしまっていて、はっとなったのは彼女がバランスを崩し、尻餅をついたからだ。

 周囲がしんっと静まりかえる。

 誰もが自分の所業に驚いているようだ。

 驚いているのは、俺の彼女に対する仕打ちに対してか、それとも彼女の並外れた透明な美しさに度肝を抜かれているのか、定かではなかったけれど。それほどまでに目にした少女は美しかった。

 サラサラと流れる漆黒の髪が、雪のように白い顔を縁取っている。さながら白雪の精霊……そんな思いが沸き起こり、白雪のように美しい……例の一節が脳裏に蘇る。透明で冷たく、そして儚げで……全てが何かに符合する。一体何に?

「ジュドー、お前、何やってんだよ?」

 ピートの声にはっと我に返る。


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