第8話 二年前の忘れ物

 ぼくの緊張をほぐすためか、この神父はよく話した。

 どうでもいい世間話なので割愛するが、子爵の屋敷から出た時のまま、敬語で対応をした。対外的な態度というやつで、客商売の必須項目みたいなものだ。

 それが作り笑いだとわかっていても、そういうものだと受け入れるのが大人の対応だろう。同行している王騎士――あの貴族の屋敷で遭遇した女は、少し距離を空けて無言を貫いている。

 その視線は、こっそりやっているようだが、ぼくに向けられているので、苦笑してしまった。こっそりやるならもっと上手くやれ。下手すぎる。王騎士はそういう教育をしてないのかよ。


 教会が見えてきた。


「申し訳ありませんが、礼拝の方もいるので、裏口からになります」


 よく言うよ、最初からそのつもりだろうに。

 二年前にだいぶ荒らしたぼくは、内部構造のほとんどを頭に入れている。改築、増築があれば別だが、それにしたって迷路を作るほど大規模ではないだろう。

 案内されたのは個室ではなく、ちょっとした広間。いくつかのテーブルと椅子はあるが、装飾品はほとんどなく――。

「さあどうぞ」

 どうしたものかな。

 少しくらい話をしても良いんだが、結果の見えている話に付き合うのは、ぼくならともかくこいつは無理だろ。

 反応はないが、殺意と同時に憎悪の赤色がちらちらと視界の端に映る。

 そりゃそうか。

 シードを壊せるぼくを、どうしたって利用したいのは教会としては当然の思考。あらゆる手を、そう、あらゆる方法でぼくを頷かせるはず。

 じゃなきゃ、こんな場所に呼び出さない。

「どうしました、好きに座ってください」

「――めんどくせえな」

「はい?」

 それ以上、神父の口から言葉が続くことはなく、ぼくは吐息を落とす。

「おい、そこの女騎士」

「……なに」

「シードを出してみろ。この部屋、封じてあるから使えねえよ」

「え?」

 神父の服ってのは、どこにポケットがあるんだ? ええと……あ、これか。財布と鍵が所持品か、貰っておこう。

「わかったなら、奥に行くぞ。ついて来るかどうか、決められるほどガキじゃねえだろうな?」

 どうでもいいか。

 残っていても、帰っても、こいつが死ぬだけだ。

 最後に、軽く神父の肩を押してやると、そのまま床に倒れ、ごろりと首から上だけが躰から離れて転がった。


 奥の扉から地下へ行くと、慌てて彼女もついて来た。


 鍵のついた扉が二つ、その先は研究所だ。多人数が使う広間ではなく、個室がいくつも繋がっているような場所で、そこより少しだけ広いところが入り口である。

 研究用のテーブルは四つ重ねられ、書類や器具などが散らばっている中、一人の老人が書類仕事をしていた。

「――おう、クソジジイ」

「……」

 顔を上げた老人は、はて誰だと眼鏡をはずす。

「誰だ? シードを破壊できた稀有けうな人物が来ると、わしは聞かされているんだが」

「そりゃぼくのことだろうけどな……二年前」

「ほう」

「――忘れ物を取りに来た」

「なんだお前か、そういえば……そんな顔をしていたか? 久しぶりだな小娘、案内人はどうした」

「どうしたって?」

「愚問だったな、忘れろ。それより忘れ物というのは?」

「大事にしまってある宝石さ」

「なるほど。二つ目、右側の部屋にある。鍵はここだ――が、どうする?」

「お前が開けたら問題だろ、寄越せよ」

「ほれ」

 渡された鍵は三つあり、ぼくは苦笑しながら奥へ。

 ――彼は、ここの研究者だ。大戦中、いや、それ以前からずっと、シードの研究をしていると聞いている。

 二年前、殺そうとして殺さなかった相手だ。

 ぼくを、そしてこいつを、冷静にさせてくれた人物でもある。

『まあ、よくよく考えれば、彼を殺しても何も変わりませんからね」

 変えようなんて、考えたこともなかったけどな。

 そんな大それたこと、ガキにできるわけもない――と。

 まずは部屋の鍵、中にはいると戸棚が並んでおり、そのうちの一つ、ガラスケースを開く鍵。

 その中に入っている宝石箱の鍵が最後、中身は赤色の宝石だ。


 ……赤色?


『あのクソ師匠、完全にお人よしですねあれは』

 まったくの同感だ。

 こんなものまで、自分じゃなくて他人優先かよ。


「――嘘でしょう!?」


 あ? なんだあの女、ようやく現実に追いついたか?


「だって教会は――」

「教会は? なんだ? お嬢さん、その言葉の続きはこうかね? 教会は、シードの研究のためだけに大戦を引き起こしたのだ」

「ジジイ、間抜けに厳しく当たるなよ」

 年寄りは説教臭くていかん。

「ほれ、鍵を返すぞ。孫は元気にしてんのか?」

「そんなことまで話したか? ははは、元気にやってるよ。わしはもう長いからな、ある程度の自由は認められている。月に一度は息子夫婦と孫と遊べるからな」

「――自由?」

「そうだよ、お嬢さん。わしの扱いは悪くない部類だ。たとえ人質を取られていようとも、まだ殺されてもおらん。連中が望む成果を、それなりにわしが出しているからな」

 人質、という言葉に、彼女は言葉を失った。

 気持ちはわからんでもないが、状況入りしたら感情よりも理解を優先させろよ。

「大戦が終わって十年、それでもやっていることは変わらん。人体実験はまだ行われているし、シードの研究が終わることもない」

「ジジイ、愚痴はいいから質問だ」

「なんだ」

「退路はあるんだろうな?」

「奥に、わしがいつも使っている経路がある。鍵は持っておらんが、壊すのはたやすいだろう。その時はまず、わしを気絶させてからにしてくれ」

「そのくらいの気遣いはしてやるさ。次はこいつだ」

 ぼくは手にした宝石箱を見せる。

「これは誰のものだ?」

「ケイレアネだ」

「チッ、やっぱりか……」

「――それって、英雄の、なんなの?」

「おい小娘、どうしてこんな間抜けを連れてきたんだ」

「成り行き」

「そうか……まったく、呑気なものだな。小娘には感謝しておけよお嬢さん。お前さんはとっくに殺されていてもおかしくはない」

「それは、踏み込み過ぎたから?」

「馬鹿だろ、お前。さっき案内された、シードを封じる部屋に入った時点で、もうお前を殺す算段はできてたんだよ。、殺したところで教会が困るとでも思ってんのか」

「――」

「危機感もねえのかよ……やってらんねえが、お前には頼みがある」

「な、なに?」

「ジジイ、耳を塞いでおけ」

「70も後半になると、耳が遠くてなあ」

 言ってろ。

「ここを脱出するまでは面倒を見てやる。その後、お前はアラディール子爵のところへ寄り道せず、まっすぐ行け。ぼくの名前を出して状況を説明しろ」

「どうして?」

「いいからやれ、生き残りたいならな。そこで情報整理ができたら、あとは好きにしろ。ただぼくは、王都にある王騎士団に用事ができた。試験か何かがあるんだろう? 紹介しろとは言わないが、覚えておけ。いいな?」

「わ、わかった」

「よし。さすがにジジイは知らないだろ?」

「知っていても、さすがに教えられんだろう。まあ、知らんが」

 だろうよ。

 まったく面倒だな、本人に渡してやるのが一番安全だから、探さないとなあ……。

「これっきりだから、最後に聞いておく。虹の種に関しては何か知っているか?」

「教会が排出する虹の種、か。あれはすでに完成していて、回路グラフに対して特定の模様パターンを書き込めばそれでいい。あとは素体が耐えられるかどうかだ。ここに研究施設はないがな」

「へえ……」

「――まさか、あやつらはまだ、虹の種を探して殺し、それを奪っているのか?」

「ぼくはそれを知ってる」

「馬鹿が……そうしないために、模様を完成させたというのに……」

「気にするな、見つけたらぼくが殺しておく」

「――、そういえばシードを壊したのは、小娘で間違いないんだな?」

「おう、一番簡単な方法だ」

「クリスタルは壊してないな?」

「もちろん」

 教会で鑑定してもらった人間、つまり九割以上の者は、ピアスのような小さな宝石をつけられ、それを主軸にしてシードを使う。この王騎士もそうだ。

 シードを使う仕組みそのものが宝石に入ってるから、壊されれば使えなくなるのは当然だ。色でランク付けもされているし、武器に宝石を追加して連動率を上げたりする者もいるらしい。

「どうやった?」

「相手が間抜けだったからな。安全装置セイフティが働く前に壊した」

「なるほど? だがそれでは、相手が壊されたのに気づく前になるはずだ」

 ぼくは肩を竦めておいた。

「まったく非常識な……」

「ぼくのシードを知りたいか?」

「いいや、そんなことは恐ろしくてできんな」

「賢いなジジイ」

「ふん、お前は可愛くない」

「じゃあなジジイ、長生きしろ」

「孫のためにな」

 首のあたりを軽く絞めるようにして気絶させると、椅子を倒しておき、床にジジイを転がしておく。多少冷えるが、まあ、大丈夫だろう。

「こっちだ、来い」

「え、ええ」

「先に言っておく。できるだけ人の目につかない場所を選んで、寄り道せず、急がずにアラディール子爵のところへ直行しろ」

「やってみる……」

「それでいい。子爵はそれなりに柔軟なヤツだ、いろいろ話せるだろう」

「あなたはどうするの?」

「それはお前が気にすることじゃねえよ」

 多少のかく乱も含めて、状況の推移すいいを見てからの撤退だ。二年前の教訓を、どのくらい忘れていないのかも確認しておきたいからな。

 で、どうする?

『任せる』

 そうかい。

 見えない荷物袋からローブを取り出して羽織り、そのままフードをかぶって顔を隠す。

「――あんた、その姿」

「安心しろ、お前と逢ったのはぼくじゃない。ほれ出口だ、忘れずに動かないと死ぬぞ? 教会の拷問は酷いから、できれば避けろ。次は助けてやらねえからな」

 騎士の鎧姿は目立つだろうが、まあ、多少は大丈夫だろう。

 子爵が上手く、ずっと屋敷にいたと証明してくれれば、安全は確保される。

 はっきり言えば、この王騎士がどうなっても、ぼくに被害はない。ないが、最低限のことくらい、やってやるさ。

 この街でやるべきことも、これで終わり。

 もうちょっと滞在はする予定だが、次の目的は王都。

 ――どうしたものかな。


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