第4話 騎士見習いと恐い少女

 正直に言って、学校への入学試験があったのはタイミングが良かった。

 さすがにこんな遠い場所の情報まで仕入れられるはずもない。それでもここへ来たのには理由もあるけど……今は、いろいろと試したい。

 学校へ向かって受付を済ませるが、筆記試験はなし。そもそも就職を前提とした授業がメインだ、最初に持っている知識などいちいち評価する必要はない。

 で、やったのは簡単な面接だ。ぼくは田舎から来た小娘として受けた。それほど長居をするつもりはないので、適当である。

『最悪、今日だけで済みますからねえ』

 うん、そうなれば楽だ。

 ということで、ぼくは一般学科を受けたんだけど、向かうのは別棟にある騎士学科だ。

 シード持ちは騎士学科。で、こっちの方がぼくの狙っている貴族が多い。一般学科の貴族は、空元気か落ち着いているヤツが多いからだ。


 しかし。

 だからといって、騎士学科であっても。


「――新入生? 迷ったなら案内するわよ」


 こういう当たり前の人間もいる。


 やや見上げるようにしてやれば、長い金髪の女性だ。瞳の色は青か……。

『あなたも髪の手入れくらいしなさい』

 面倒だろ、どう考えても。かつては、運動の邪魔になるからと、ナイフで髪を切るたびに、もったいないだの、丁寧にやれだの、いろいろ言われたけど。

『今でも言います』

 それがうるさいって言ってんだよ。

「迷ってはいない」

「あのね、こっちは貴族の中でも厄介な馬鹿とか、力があるから誇示したい馬鹿も多いのよ。問題が起きる前に戻りなさい」

「忠告どうも」

 白を基調としたスカート、上着もボディラインが出るくらいにしっかりしていて、生地もそこそこ厚い。

 そして。

「それ、なんだ?」

「うん? ――ああこれ?」

 胸元にある、シンプルな逆の十字架ロザリオ

「騎士団の見習いだから」

「どっちのだ?」

「え、ああ、ごめんなさい、王騎士よ。といっても、正式なものじゃなく、将来が有望だからとか、立場とか身分とか、いろんな理由で教会からのスカウトは受けられないってスタンスを明確にするもの」

「あんたが欲しいなら、まずは国の方に直接言ってからにしろ――そういう証明か」

「そういうこと。だから実際に、騎士の訓練はまだ受けていないわ」

「へえ……ちなみに、それは受ける条件とかあるのか?」

「どうかしら。成績が優秀なら、目をつけられる可能性も高いと思うけれど……あとは、王都に直接乗り込んで、実力を見せるとか」

「あ、そう」

 んー、どう思う?

『欲しい情報は手に入りやすいかも』

 諒解。そのくらいの可能性で考えておくか。

「……あなた、落ち着いてるわね」

「あ? なにが?」

「新入生には見えないって話よ」

「さっき面接は済ませてきた。一般常識がある方じゃないのは自覚してるが――よう、問題ってのはああいうのか?」

「どれよ」

「あれ」

 廊下から窓の外、下を示す。三人ばかりの野郎が集まって何かしていた。

「あいつら……」

「知り合いか?」

「さっき言った馬鹿の筆頭よ。ちょっと気に入らないことがあると、すぐシードを出す」

「へえ」

 情報通りだな。

「一人がいじめられ、一人が取り巻き、一人が主犯ってわけか」

「そうね」

「助けないのか?」

「いちいちトラブルに顔を突っ込むほどのお人よしじゃないわよ」

 ぼくには声をかけたのに、な。

 よし。

「そこで観戦してろ」

「へ? ――ちょっ」

 二階くらいの高さなら、そのまま着地できる。障害物がないから、これ以上高いとぼくもいろいろと技を使う必要もあるけど、崖から落ちる経験は自慢じゃないがよくあった。

 着地と同時に取り巻きを蹴って気絶、いじめられ役を腹に打撃で気絶。

 これで準備完了。

「――なんだてめェ!」

「ほら、かかって来いよ。ご自慢のシードを見てやるから」

「てめェ、ガキが……!」

 いや、お前もガキだろ。

「ほれ、どうした? それともシードが使えないほどの落ちこぼれか?」

「――っ」

 ちらりと取り巻きを一瞥して、背後に飛んだ男は、そのまま右手をぼくに向けた。

「後悔するなよチビガキが……!」

 まだ成長期だぞ、そのうち大きくなる。いろいろと。


 具現したシードは、剣士型だった。


 思わずぱちぱちと両手で拍手をした。だって他人のシードを初めて見たんだもの。

 鎧を着込み、躰を隠し、兜まであって、男の体格よりも二回りほど大きく、それに相応しい――いや、それ以上の大剣を片手でぼくに突き付けてきた。

 ……なんで片手?

「くらいやがれ……!」

 空いてる左手は何に使うんだ、お前は。片手で扱うなら、盾くらい作れよ。自分よりでかいシードなんか使うから、踏み込みの感覚が本人のものと違うし、そこが調整されてない。

 こいつがどのくらいのレベルなのか、ちょっとあとで調べるか。


 振り下ろされた剣は、ぼくの肩のあたりでぴたりと停止。

 まあ避けてるけどね。


 帰るか。

 適当に飯を食って、ベースに帰ろう。



 何が起きたのか、彼女はわからない。

 いや、対峙した本人もわかっていなかっただろう。ただ現実として、少女が背を向けて歩き始めた途端、まずその大剣が切断されたかのよう、切っ先を落とし、そこからはシードのすべてが崩れ落ちるようばらばらになり――最後には、消えた。

「……は?」

 彼の間抜けな声は、現実を受け入れていない。ただ、数秒ごとに顔色が悪くなり、何度も何かを試すように右手を振って。


「――は? なんで、俺のシードが……?」


 冗談を言っている顔ではないと気づいた瞬間、彼女は廊下を走っていた。

 一秒でも早く。

 一階に降りて、靴を履き替える時間を可能な限り短縮して、すぐに学校を出る――いた。

 のんきに、通りを歩いている。

「ちょっと!」

「ん? なんだお前、さぼりかよ」

「あ、あなた、今、――あいつのシードを壊したの!?」

「うるせえよ、落ち着け」

 ぺちんと額を叩かれ、その速度に反応もできなかったが、だからこそ余計に思考が落ち着いた。左手で額に触れるが、痛みはない。

「ここらへんで飯が食える店はあるか?」

「え?」

「あんまり金のかからないところ」

「あ、ああ、ええと、学生がよく使うような店なら……あ、そこだけど」

「なんだ、テラス席もあるじゃないか」

 こちらの言うことなど聞かず、マイペースなまま中に入って注文を済ませ、軽食を手にしてテラス席へ。とりあえず落ち着こうと、自分も深呼吸をして、飲み物だけ頼んだ。


 少女の名は、チヒロとうらしい。


「ちなみに」

 カレーを食べながら、チヒロは言う。

「ここまでのお前の行動に、一つ間違いがある」

「急になによ」

「馬鹿なのかお前は。あんな状況を見て、真っ先に向かうのは教員か、もっと上だ。あるいは教会でもいい。そうしていたら、巻き込まれることもなかった」

「……でも、それはあなたが、本当にあいつのシードを壊した……のよね? それが事実だったら、でしょう?」

「そういう間抜けなところも、学校で習えるんだな」

 いちいち皮肉が引っかかる。

「なによ」

「目の前の出来事しか見てないから、状況の動きを考察することもできてないって、遠回しなアドバイスだ」

「……?]

「ぼくがやったように見えたか?」

「それは、だって、どう考えてもあなたが……」

「どう考えても? 違うだろ、お前が考えただけだ。こっちの言い分は単純シンプルでいい、

 それはおかしい。

 だってあの場面で、じゃあ、誰がやったというのか。

「あのクソ間抜けは――」

 彼女は言う。

「一日くらい様子を見て、翌日になってもシードが使えなくなったとようやく自覚して、どうする? ぼくを探して見つけるくらいなら、近場の権力者に話を通すはずだ。すると必然的に、校長あたりに話がいく。――さて、あの場面を見ていたのは誰だ?」

「それは、私だけ、だと、思うけど」

「呼び出されたお前は、どう言うんだ?」

「見たままのことよ」

「見たまま? お前に、?」

「――」

 言われて、ようやく彼女も気づいた。

 なにが見えた?

「あいつのシードが、まるで、斬られたみたいに、ばらばらに……」

「へえ、そんなことがあったのか」

 そうだ、それしか見ていない。あとは彼が口にした言葉だけ。

 そして当事者のチヒロは、やっていないと言っている。

「うそ……」

「言い張ってみたらどうだ? まあたぶん、お前のことは信じられるだろうし、ぼくを追いかけずに校長室に行ったところで、似たようなもんだろうけどな。――被害者がそれを認めれば、学校で過ごして長いお前の意見は受け入れられる」

 事実かどうかはさておき、だ。それは果たして良いことなのだろうか。

「――待って。あなたは何がしたいの?」

「何が? よくわからないことを言うんだな。ぼくは気に入らないクソ間抜けがいたから、ちょっと顔を見せただけだぜ」

詭弁きべんよ」

「じゃあどうするんだ?」

 面白がっているのは、にやにやと笑っている雰囲気でわかる。

「どうって……」

「どうしようもねえだろ。この場を去って、学校側に連絡を入れるか? そんなことはもう想定してるし、ぼくは最初に言った」

 彼女の行動に間違いがある、と。

「報告していいのね?」

「なんでそれをぼくが決めるんだよ……好きにしろ」

「確認するけれど、新入生よね?」

「さっき試験を受けたばかりだ、まだ確定の書類はもらってないな」

 ――こいつは、性格が悪い。

「ところで、王騎士はこの街にいるのか?」

「いるにはいるけれど……」

「領主のところか」

「ええ。あとは冒険者ギルドに、知り合いが滞在しているわね」

「ふうん……ギルドねえ。ま、大した障害にはなりそうにないな。知り合いっていうなら、相談でもしてみたらどうだ? どこまでぼくの手の上なのか、早めにわかると動きやすいぜ」

 そして、チヒロは立ち上がると、そのまま背を向けた。

「ちょっと」

「悪い、片づけは頼んだ」

 すぐに立ち上がった彼女は、すぐ片づけをして追おう――そう思って、けれど、肩の力を抜くようにして、もう一度座った。

 追って、どうするというのだ。

 くこともなければ、聞けることもない。

「動きやすいって……どう動けばいいのよ」

 そんなに選択肢があるとは思えないし、――思いつかなかった。

 いや。

 思いついたところで、あの少女と対峙するのは、怖すぎる。


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