第2話 カモのネギ亭

 二年前に顔を見せた街は、ぼくの感覚では久しぶりなのにも関わらず、あまり変わっている様子はなかった。

 悔しいが、師匠の言う通り。

 一年もしたら元通りとは、よく言ったものだ。

『イノシシみたいに暴れてましたからねえ』

 それはお前も一緒だろうが。

 今回は一人だし、これからも一人だ。知っている街で、どのくらいの影響があって、どう動けばどうなるのか試すには充分だろう。


 さてと。


 ぼくはカモのネギ亭へ向かう。師匠の馴染みの店で、裏の事情にも精通しているが、表向きはただの店らしい。

 挨拶くらいはしておこうと、そんな配慮だ。

 いつもの運動着なので見た目がアレだし、服も買っておかないとなあ。目立つことはないけど、場違いな感じもある。外套コートか何かで隠すのもいいが、これからを考えれば動きやすい当たり前の服装も欲しいところだ。

『スカートも動きやすいですよ?』

 そりゃ昔の経験か? 戦闘中に下着を見せることはべつに気にしないけど、森の中に入る時に露出が多いのはどうかと思うぜ。

『女の子らしい服装もたまには考えなさい』

 お前の趣味だろ、それは。


 アーベルマの街は、それなりに大きい。冒険者ギルド、教会、貴族、領主、学校などといった、一通りが揃っている。

 その力関係は、これからじっくりと探っていかなくては。


 中央通りから一つ中に入り、裏通りとは言わないが少し人通りが少ない場所。

 まあ、表通りはどっしりと腰を構えてやる店の方が少ないから、たぶん立地的には当たり前なんだろう。街の定食屋なんてのは、表通りに居を構えない。

 じゃあ表にあるのは何かといえば、いわゆる露店やギルドなどの施設。ああ、クソッタレな教会は別所べっしょにて、だいぶ敷地を使っている。何もしなくても人は来るからな。


 カモのネギ亭の中は、カウンターもあってテーブル席もある。ただ朝の時間はやっていないのか、鍵は開いていたものの、中に客は一人もいなかった。

「――ん? 営業は昼過ぎからよ?」

「そうか」

 師匠に聞いていたので知ってるよ。

「ところで、ぼくはこれから入学試験を受けるわけだが、学生の中で騒ぎになったら困る貴族の知り合いはいるか?」

「あら、飲食店でする質問じゃないわよ?」

? 騒ぎは起こすが、こっちは誰でもいいんだぜ」

「それは脅し?」

「現実が見えてねえなら、その時になって後悔しろ」

 最初から話し合いになるとは思ってなかったが、ここで師匠の名前を出すのは性に合わない。

『あの人を頼るのはねえ……』

 こいつも同感らしいし、これが正解だろ。

 さて、すぐに背中を向けて出ようとするが、ここで。

「――なにか飲む?」

 うん、その判断が正解だ。ぼくのことを知らないようだし、とりあえず足止めは誰でもやる。向こうの立場としても、ここからが本題ってところだろう。

「カルーアミルク、ホットでくれ。カルーア抜きで」

「……なにその面倒な注文は」

「作れないのか?」

「はいはい、ホットミルクね」

 その通り。

 この面倒な言い方は、師匠の知り合いから教えてもらったらしい。


 カウンター席に座ると、奥の厨房に魔力波動シグナルがあった。この感覚、あまり知られてはいないらしいが、魔物の気配に近い。

「仕込みをシードにさせてんのか?」

「ええそうよ。自動操作オートコマンドを入れておけば、ある程度はできるから」

 ちらりと奥を見れば、確かにシードが具現している。人型であり、顔に目や口がついていないのが特徴だ。また、学校の基礎教育で教わるため、戦闘を前提とした鎧を着ているのも目に付く。

 シードとはこういうものだ。

 そう教えられれば、そうかと頷けるものだし、簡単でわかりやすく、疑問を抱かないから発展もない。

 まあ聞いた話では、自動操作はそれなりに高度な技術らしいが。

「はいどうぞ、ちょっと待っててね。――おかあさーん! お客さんの相手しててー!」

「なんだ、お前でもいいだろ」

「まだ仕込みの時間なの」

「そりゃ悪かったな」

 わかっててやったけど、悪いとは思ってるさ。


 しばらく待っていると、上から女性が下りてきた。やや横に長い体躯に覚えがあって、顔も見たことがある。二年前、ぼくがこの街から帰る時に、師匠が話していた相手だ。


「誰がなんだって?」

 寝起きって感じでもないが、眠そうな顔はしてるな。

「お前らと繋がりのある、潰してほしくない貴族の名前くらい教えろって話だ」

「あんたは何を言ってる?」

 またこの反応か。

 さて――。

『チヒロ、ちょっと』

 お前は本当に短気だな! イラつくとぼくにも伝染するんだから。

「あー、そうか、わかんないか。じゃあ手始めに、――てめぇを殺したら、どこのどいつが慌てて動くのか、そこから始めてやろうか?」

「――」

 こういう、伝言係みたいな役割は好きじゃないんだけどな。しかもこれをやると、■■■の殺意も言葉に乗るし――っと、つい名を呼んじまった。

「返事はどうした」

「――教会殺し、か?」

「思い出したのなら、相応の態度で示せよ。ぼくがここにいて、当たり前に終わるとでも思ってんのか? 二年前の件で、お前らも子飼いを教会に潜り込ませられたんだろうが」

 いいから抑えろ、うっとうしいな。

『はいはい、そうします』

 ちなみに、ぼくは詳しく知らないが、師匠が言うに、こいつらは地下組織のようなものらしい。一応は国……というか、領主の認可を得ているらしいが、単なる手駒とも違って自立している。役割もぼくはよくわかっていない。

「見てわからないくらいには、変わってるか?」

「帰り際にちょっと見ただけってのもあるからねえ……そうかい、ログのところのか」

 つーか、教会殺しってなんだよ。

「今でもそう呼ばれてるよ、顔は誰も知らないけどねえ。――あんたまさか、またやるってのかい?」

「さあな。ぼくの方にその予定はないけど、結果的にそうなる可能性はある。前回だって、連中がぼくのシードを封印しようとしたから、見せしめにしただけだぜ」


 ――あの時のことを思い出せば、肝が冷える。


 一方的に、迷わず、封殺を選択してきた教会の間抜けもそうだが、ぼくの中からこいつが失われているような感覚は、ぼくに赤色の憎悪を思い出させるには充分だった。


「一年もすりゃ元通り――実際にはどうだ?」

「似たようなもんさね」

「やっぱりそうか」

 できるなら、教会なんてものは全部潰してやりたいが、それができないのも、ぼくはよくわかっている。

 それに、まあ、教会に属する者のすべてが悪いと、うん、理解していなくもないというか……。

 貴族?

 ああ、そっちはすべてが悪いと思ってないよ。クソみたいなのが多いってだけで。

「それで、貴族の話だったか」

「これから入学試験だ、会場で騒動が起きる。その際に一つくらい、貴族を狙って周辺の動きを探ろうと思ってな。ま、こいつも経験だ。最初から王都に出向いて試すような馬鹿じゃない」

「なるほど、ね」

「――いいか、こいつは配慮だ。師匠の言葉がなけりゃ、ぼくだって挨拶になんて来なかった。教会の人員に紛れ込んだお前のとこの誰かを殺したところで、お前らを敵に回したところで、できるとこまでやって逃げるさ」

「どこまで、できると考えているのか、教えて欲しいね」

「結果でか?」

「今ここで予想をして、だよ。……まったく、言葉を選ぶのも大変だねえ」

「ふうん? つっても、ぼくはお前らの戦力なんて知らないからなあ。教会と比べて、五割増しなら、それなりに時間がかかりそうだし、途中で嫌になって、役職持ちくらいを殺して終わらせると思うけど」

 うーん、でもこれ、二年前の感覚なんだよな。今だと、どうだろ。やるかやらないかはともかく、やっぱり比較基準が必要か。

「あんた、宿はどこだい?」

「街の外にある森の中」

「夕方か夜、もう一度来てくれ、資料をまとめておくよ。多少はうちの得になるような人選でも構わないね?」

「ぼくがそれを選ぶかどうかは、別の話だが、カルーアミルクの代金くらいの配慮はしてやるよ」

「ホットミルクねー」

 うるせえよ、奥から口を挟むな。

「ぼくはよく知らないが、騒ぎになればなったで、うま味もあるんだろ?」

「もう片方の皿には、犠牲ってやつが乗るんだけどね」

 やれやれと、上へ戻っていったのを見送り、手元に視線を落とせば、まだホットミルクは残っている。

 んー、そんな大事おおごとにするつもりはないんだが、どうしたものか。

『そうですよね。たかが貴族を一つばかり、揺さぶるだけですから』

 平民と貴族は違うし、親の七光りって言葉を知らない間抜けも多いって聞くから、すんなりできるとは思うけどな。

 慢心はしないけど。

 いざとなったら逃げる。

『そうですね』

 プライドなんかない。生きて何をするかが問題だ。指名手配されても生き残れるくらいには想定してるぞ。

「ん……ご馳走さん、また来るぜ」

「はあい」

「ところで、お前の方が立場は上じゃないのか?」

 いてみて。

「どっちでも同じか、忘れてくれ。じゃあな」

 そんな結論をすぐ抱き、ぼくは店の外に出た。


 仕込みを終えてから、シードを消して飲み物の用意をする。小さく吐息を落としてカウンターを一度出てから腰掛ければ、上から母親もやってきた。

「――どう?」

「学生って限定でまとめてるよ」

「やってるんだ」

「そりゃやるさ、あの子はたぶん本気だろうからねえ」

 確かに、そうだろう。

 いくら自動操作オートコマンドを入れているかといって、そもそもシードは戦闘を前提にしたものだ。料理の仕込みに使う間抜けはいないし、――そもそも大半の人間は使えないだろう。

 自動操作とは、戦場において手数を増やすため、意識での操作を手放して自分も先頭に加わる際に使うものだ。単純に、二人分で戦闘が行えるのだが、細かい対応が難しいので、対一戦闘では使うなと教わる。

 そう、細かい対応が難しいのだ。

 これまでも数人に見られたことがあるけれど、その誰もが目を疑った。それはそうだ、芋をむくことはおろか、野菜を切る作業をさせれば、まな板ごとテーブルをのが、シードと呼ばれるものなのだから。

 しかし。

「あの子、私のシード見る前から気付いてたし、特に反応もしなかったのよ」

「確かかい」

「そう。直感的には、まるで、私のシードくらい当たり前のものだろうって、そういう受け取り方。そうじゃなきゃ、まるっきり知らないかの、どっちか」

「あの子に限って、後者はないさ」

「二年前は私もまだ実働だったけど、確かなの?」

「確証はないさ」

 そう、なにもない。

 暴れすぎたから帰ると、少女を連れたログリスに挨拶されただけだ。状況からそれを推測し、教会の人間を二十一人も殺した件と繋ぎ合わせたに過ぎないから。

 ただ。

「確信はしてるさね」

「――あの殺意、本気だった?」

「そうであって欲しいねえ」

 彼女たちが知っている教会殺しは、どれも暗殺だ。

 暗殺にもっとも不要なものは、殺意である。それは自分の存在を相手に教えるようなものだから。

 本物の暗殺者は、殺意の欠片も残さないのだと、彼女は知っている。

 そんな人間が殺意を見せたのだ、包丁を握る手に力が入ったし、冷や汗が浮かんだ。

 言葉だけ取れば、態度を見れば、それはきっと脅しだった。

 けれど、間違いなくだろう確信もある。

「対応は?」

「静観だよ、ああいうタイプはね。巻き込まれたら火傷やけどじゃすまないよ」

「ん、こっちでも通達しとく。嵐が過ぎるのを待てってね」

 いつ過ぎるのか。

 そして、待ち続けることに利益はあるのか。

 これから忙しくなりそうだ。


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