第4話 割符

 飛び級の試験は、流石中級狩人への昇格試験だと言えるような難易度である。午前中に三つの試練をこなし、その成績によって午後の最終試練、中型モンスターの討伐に参加できるかが決まる。


 試験場である丘を覆う森というのは町の北側に位置し、面積としてかなりある。丘を越え森を抜け、更に北の草原へと続く整備された道から外れなければ、小型モンスターより強いモンスターに出くわす可能性は低いが、森の深いところには中型モンスターも豊富に居る。町も近く、森と町の境では対策が講じられている為、森で大型モンスターの目撃例は珍しい。なので近場で、比較的安全に下級狩人が依頼を受けられる狩場の一つと言える。中級狩人にもなれば、公道に沿って北の草原や、その更に北側の山脈近くを通り、隣町への護衛任務を受ける者もいるだろう。


 一行は組合の馬車で公道を走り、丘の中腹あたりで狩人達が徒歩で森の深部に向かう一つの道に逸れた。道中、午前の部の成績で午後の参加資格が定められるといった説明や、受験者達の安全の為、特殊な割符が配布された。


「こちらの割符は試験中肌身離さずお持ちください。割符のもう半分を持っているバンブル試験官には、皆さんの位置が把握できるようになっています。緊急時はこのように口に咥えて吹く事でお知らせください」


 ケラは手早く木札を割り、説明しながら、その片方を受験者達に手渡していく。配られた割符は片手で握り込める程小さい。配り終えると彼は割符をもう一つ割り、片割れを咥えてみせる。細く吹けば、ぴーっと高く鋭い口笛のような音が鳴り、ケラが目の高さに掲げている割符のもう片方が彼の指の間で振動した。それに倣って受験者達は割符を鳴らそうと口に含む。だがコツが要るのか、直ぐに鳴らせたのは、ナゴの弟の方とスバキだけであった。残り四名は目的地に着くまでの間吹き続け、ルハナが渡された割符の束からは鈍い振動が伝わっていた。


 森の細道を歩く事およそ十五分。なだらかな丘の高まりにある、少し開けた場所に着いた。狩人が狩りの拠点として使えるように組合が管理している町の周りに点在する数々の広場の一つであり、定期的に若木や草の刈り入れがされている。森の中で野営をする狩人達は基本こういった場所を利用する。ここは特に広く、丸い広場の端から端まで駆け足でもかなり掛かりそうだ。


 今回の試験ではこの広場の東側の森との境近くに拠点が置かれることとなった。ケラは背負っていた鞄から簡易的な解体用の作業台や素材を処理する為のナイフ、値段を設定する時に使う秤などを広げている。受験者の中には地面に布を広げ、持ち歩く荷物を厳選し始める者も居る。ルハナは薪を集め火をおこし、モンスター除けの香を投げ入れると広場をぐるりと一周した。小型にせよ中型にせよ、モンスターが近くに潜んでいないか確認する為である。スバキも気になるのか、荷解きせずに彼女の背丈以上はあるであろう棒を片手に、広場をうろうろしていた。


 午前の試練はつつがなく進行していた。最初の試練は薬草の採取。それぞれ違う薬草を取って来るよう言い渡され、皆駆け足で森へと三々五々に散っていく。薬草は広場からそう離れていない場所に生えている為、ルハナは受験者がどれくらい離れているのかを割符から窺いつつ、どの受験者にも同行せずに広場で待つ。この試練で試されるのは、薬草の見分け方や、採取方法の知識である。六人に課せられた薬草はどれも似たような薬草があったり、採取の際、独特な作法が必要だったりする。


 案の定、六名のうち一名、銃の男が間違った薬草を持ち帰り、早々に午後の部への参加権を失った。ただし現時点では知らされない。午前一杯の試練には全員が参加するのだ。


 第二の試練は食肉を一人十キログラム一時間以内に調達するという模擬依頼である。こちらは一人で挑んでも、誰かと組んでも良いという事もあり、例の三人組はフライングピッグを一頭仕留め、ケラに捌いてもらう事で六十キロの食肉を手に入れた。ナゴ姉弟は三人組に少し遅れてパンテオンを担いで帰って来た為、フライングピッグを解体していたケラには頼らず、二人で四苦八苦して鹿を捌いていく。大きな獲物を扱うのは不慣れなのか、かなりもたついた様子である。


 第二の試練中、ルハナは森を駆け、陰から受験者の様子を観察していた。三人組ではブラゼが力にものを言わせ、フライングピッグを狩るところまで見届けると、更に東に向かっていたナゴ姉弟の後を追った。彼らに鉢合わせた頃には既に矢と剣を以てパンテオンを仕留めており、拠点に戻るところであった。残るはスバキなのだが、彼女は他の受験者とは逆方向、ここから広場を挟んで西側の森に入った為、ルハナもナゴの二人と共に広場に向かうことにした。


 拠点に戻ったナゴ姉弟がパンテオンを捌く様子を少し見てから、ルハナは広場を突っ切って行く。スバキの割符が引っ張られる力から考えるとかなり広場から離れているようである。ルハナが割符に従い森の中をずんずん進むと、スバキの姿を見つけた。


 彼女は地面に腹ばいになっていた。

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