第3話 異色の受験者、スバキ 

 狩人の階級は上は一級から下は十級まであり、組合の試験を受けることで昇格したり、一定の依頼達成数を満たせずにいると降格したりする。その他にも違反行為により階級降格や免許剥奪もある。そして狩人階級は数字に応じて、大まかに上級、中級、下級と分けられており、特にそれらの分類を跨ぐ昇格試験というのは厳しく採点されることで知られている。


 一般的に上級狩人と呼ばれるのが上から一級、準一級、そして二級の免許を持っている者達で、組合が指定する危険区域での狩猟が許される。大型モンスターの討伐依頼も上級狩人の管轄になり、それらは実力さえ伴っていれば実入りの良い仕事ゆえ、上級狩人の多くは大型な獲物が出る狩場近くの町を拠点にする者が多い。


 ここホッパーの町も北に向かえば険しい山脈、その手前には草原が広がり、二日程西に馬を走らせれば砂漠となり、少し足を延ばせば多種多様なモンスターが狩れると、ルハナ以外の上級狩人もかなりの人数が滞在している。おまけに東はマンティス王国との国境が徒歩で半日の近さにあり、上級狩人として受けられる外国からの依頼もホッパーのような国境沿いの町に集中しやすい事も、上級狩人が多く居る理由の一つだろう。


 今回の昇格試験の受験者は、以前完遂した仕事の依頼者から推薦状をもらい、例のスバキという者以外は六級から四級への二級分の昇級を目指している。受験者の六級を含め、五級から七級の狩人は大まかな分類では下級狩人に当たり、小型の獲物を主に狩る。


 対して準二級、三級、四級は中級狩人と称され、勤勉に働けば一家を難無く養える程の収入を得ることができる。今回の飛び級試験のように下級から中級への昇格、つまり五級と四級の間には大きな壁があり、事実として多くの狩人が五級で頓挫する。ケラが言っていた不合格で当たり前というのは、あながち嘘ではないのだ。


 ではスバキという受験者の保有している九級免許というのはどこにあたるのか。それは下級狩人以下の階級である。上から八級、九級、十級で成っているこの下層の者達が請け負う依頼は、子供がこなせるお小遣い程度の雑務、お店番から町内で完結する届け物、赤子のお守りやお年寄りの代わりに買い物といったもので占められている。町の外で仕事ができるのは七級以上、つまり下級狩人に昇格して初めて町から出てモンスターを狩りに行けるのである。それ故、七級への昇格試験は成人の儀とも呼ばれ、十五歳以上のローカスト国民であれば、狩人を生業としていなくとも七級の狩人免許を保持しているものが大半である。それだけこの国ではモンスターは身近な存在なのだ。


 勿論移民であれば、大人でも八級以下の狩人は居るには居る。だが半月程で試験資格を得て、さっさと下級狩人になる者が殆んどだ。自国で腕に覚えがある者も多い故、中には実力が早々に認められ、ルハナのように飛び級でどんどん昇格する者もいる。だが大抵は二級分、多くても三級分の昇格が通例である。九級から四級などといった、五級分の飛び級試験に臨むスバキは異色である。


 余程格上のモンスターを仕留めたのであろうとルハナは思い、彼女の推薦された理由に目を通せば、エリマンティアンボアの討伐を指揮したと記されていた。にわかに信じられないが、確かにエリマンティアンボアは中型のモンスター、固体によって大型にも匹敵する猪型のモンスターだ。どういう経緯で彼女が討伐を指揮するに至ったのかが不思議ではあるが、本当だとしたら四級への飛び級試験への推薦理由としては充分である。


 試験官手帳の中身を読み進めながら、ルハナはケラと共に狩人組合の建物の二階に向かう。先を歩いているケラは職員ベストの上から上着を羽織り、ルハナと同じく鞄を背負い、出掛ける装いである。今回の試験官の補助として彼が同行するのだ。ケラの主な役割は組合が請け負っている仕事を現場で行う事。つまり素材の鑑定や大体の買取価格の設定、更には有料でモンスターの解体や素材の処理をする。試験の採点にも大きく関わってくる、大事な役割である。素材の価値はケラが判断してくれるので、試験官としてルハナの仕事は受験者の狩りの腕前、任務態度、他人との連携の上手さを評価し、不測の事態に対処することである。


 そういう意味では、今まさに前任の試験官の退場という不測の事態の中、試験内容や受験者の詳細を記憶しようとしているルハナは試験官の役割を立派に全うしていると言えるであろう。


 組合の建物の二階は屋内の屋台村のようになっている。小さい飲食関係のお店がいくつも連なっており、座って食べる為、様々な大きさの机や椅子もある。狩人でなくても利用できるので、昼と夕方はかなりの賑わいを見せる。しかし早朝である今、人はまばらである。


 テーブル席の一角に数人の狩人が集まっており、ケラはそちらに足を向けた。きっと待たされている受験者の面々であろう。付いて行っているルハナは第一と第二の試練の趣旨を確認したところで手帳を閉じ、集まっている受験者に目をやった。


 今回の受験者は合計で六名。左の小さめのテーブルに座っている男女二人は、髪色や顔立ちから察するに、同じナゴの姓の受験者、おそらく姉弟であろう。姉の方はやや細身の剣を腰に差しており、弟の方は弓を背負っている。


 対して真ん中の大きなテーブルには三人組が座っている。その中でも逆さにした斧の長い柄の先に両手を重ね、つまらなそうに顎まで乗せている大柄な男の体格の良さが目を引いた。今は座っているが、立てば恐らくルハナよりも背は高く、体重に至っては二倍以上はありそうだ。彼の両脇にはそれぞれ銃を携えた男と槍使いの男が控えている。


 そしてこの二組から少し離れた場所に、件の狩人は立っていた。前にせり出したつばのついている大きな帽子を目深に被り、つばの上には濃い色味のゴーグルを乗せている。髪は全て帽子の中に納めているようで、きのこの笠のように少し丸く膨らんでいる。首に緩く巻いている大きな布は彼女の口元まで隠していて、かなり身長差のあるルハナからは目元も見えないこともあり、表情が読めなかった。他の受験者が座っている中、なぜか彼女だけが立っており、背中には得物と思わしき長い棒。その棒の両端には大人の男の握り拳程度の魔石と思わしき球体がついているのだ。


 何とも変わった武器である。様々な狩人達と共に戦ってきたルハナであったが、このような武器は初めて目にした。しかしどうやら九級というのは本当らしい。他の受験者に比べ、服装が簡易的過ぎる。狩人というよりも町人が身につけていそうなものであるそれらには、防御的魔導が施されているようには見えなかった。対して下級狩人である他五名は、ルハナの服や防具には遠く及ばずとも、微弱な防御の魔導を感じる。


 受験者達全員がケラとルハナに気付き、緊張した目線を向けられたところでケラは足を止め、彼らに向かって声を掛けた。


「狩人組合の四級試験を受けられる皆様。大変長らくお待たせしました。今回の試験に同行する組合職員のケラと申します」


 ルハナの若くも威厳が滲む声が続く。ケラの隣でしゃんと背筋を伸ばして立っており、加えて腕を後ろに組んで胸を張っていると、体格の良さもあり、若いながらに風格を感じさせられる。


「試験官のルハナ・バンブルだ」


 受験者の中から息を飲む音がした。二級狩人の、と誰かが小さく呟く。


 先月に二級に昇格したルハナは十九歳にして晴れて上級狩人の仲間入りを果たした、いわば時の人なのである。特に十代にして上級狩人まで上り詰める者は、いくら狩人であふれかえっているローカスト国でも片手に数える程度しか前例がなく、ホッパーの町に至ってはルハナが初めてである。下級狩人である受験者からすれば雲の上の存在が目の前に現れたのだ。驚くのも無理はない。


 しかし受験者達の驚きとは対照的にルハナの表情は一切変わらない。こういった反応に慣れているのか、はたまた特に興味が無いのか。どちらにせよ無愛想な印象を与える男である。亜麻色の髪と明るい青目に加え、鼻筋の通った長身となればかなり整った外見だが、こういった彼の素っ気ない対応と乏しい表情が人をあまり寄せ付けない。


 ルハナは朗々たる声で試験の注意事項を読み上げ、最後に各々の狩人免許証の提示を求めた。受験者達は皆免許証を取り出し、ルハナの前に歩み出て順に見せていく。自然と最も離れて立っていた件の狩人は列の最後となり、前の槍使いの男は彼女の差し出した白を基調とした狩人免許証を見てギョッと顔を強張らせ、思わずと大声を出した。


「お前それ白札じゃねーか!」


 白札というのは、八級以下の狩人免許証の俗称である。下級狩人に上がれば薄くとも色が入り、中級の免許ではこれが濃くなる。これらは色札と呼ばれ、槍使いの手にしている免許証も淡い蒼である。因みに上級狩人になると、銀札となる。


 槍使いの言葉にルハナの眉がぴくりと動く。少し騒ぎになる事は想定していただろう。ルハナ自身もスバキの階級は記入ミスだと思ったのだから。だが侮蔑を言葉の端々に滲ませた声色が気にくわなかったのかもしれない。


 槍の男の仲間と思わしき銃の男と斧の大男が身を乗り出し、スバキの免許証に無遠慮な視線を注ぐ。ナゴの姉弟は興味深そうな顔をしているが、遠くから様子を窺うに留めている。斧の大男を含めた三人組は早々に他の受験者を精神的に追い込み、落第させようとしているのか、一人で受験しているスバキに積極的に突っ掛かっていく。合格者数は決まっているという嘘の噂を信じているのかもしれない。


 三人組の言動を不快に感じながらも、ルハナは口を出さない。中級や上級狩人にもなれば大勢の狩人達が参加する合同狩猟というものがあるのだ。なので他の狩人達とどう関わるか、その対応に問題があるか、それら全てが評価対象である。そして試験は既に始まっている。故に試験官であるルハナは先程の酔っ払った狩人の時のように仲介には入れないのだ。


 歯痒く感じながらも、後々試験官手帳に記入する内容をルハナは頭の中でまとめていると、明るい声が響いた。


「やっぱり! 免許証の色って階級によって違うんですか。いやぁ、皆さんのは色がついてるなぁって不思議だったんですよ」


 九級狩人のスバキは首周りの布をずらした。笑っている口元が露わになる。ルハナが確認し終わった免許証を懐に仕舞い込みながら彼女は明るく話し続ける。


「お恥ずかしい話、狩人になったのもつい先日でして、右も左も分からないままやれ推薦だの、やれ試験だのとまぁ、今に至るのですが……未だ狩人というのがよく分かっていない訳なんですよ」


 歯を見せて無邪気に笑うスバキの反応があまりにも予想外だったのか、突っ掛かっていた三人組は言葉を詰まらせた。槍の男と銃の男はちらちらと斧の大男の様子を窺っている。大男は下手に出たスバキの意図を見破ろうと暫く睨みつけていたが、特に魂胆は無いと判断したのか、黄色い歯でにたりと笑った。


「そうかそうか。新人だったら白札でも納得いくってもんだ。俺は大斧使いのブラゼってもんだ。ここいらじゃちぃと名の知れた六級狩人だ」

「もうすぐ四級になるがな」


 なぜか槍使いの男が自慢げに鼻を鳴らしている。


 ブラゼという男は、確かにホッパーの町ではちょっとした有名人である。大きな体に見合った大きな斧を振り回す姿は、やはり狩場でも目立つ。しかしブラゼの名が町人、特に夜の女達の間で知られているのは、その戦いぶりよりも女に対するだらしなさ、次いでその金払いの悪さからである。節操無しのブラゼは粘着質な目線でスバキの姿を舐めるように眺める。


「なんだったら試験中、この俺がお前に狩人のイロハを教えてやってもいいぜ」


 誘い文句とも呼べないような、開け透けた下世話な言葉である。スバキが反応する前に、品定めするような不躾な視線を送るブラゼに対して、ルハナが黙っていられなかった。


「試験は連携して狩りするよう指定されたもの以外は、基本個人の技量が試される。その上、飛び級試験は落とす為の試験と言われる程の難関だ。他人の心配より己の心配をした方が良いだろう」


 年下であろうルハナの強い言葉にブラゼは一瞬にして笑みを消した。だが狩人同士の関係というのは年齢よりも腕と階級がものを言う、実力社会である。ルハナは若造ではあるが、上級狩人である為、ブラゼは睨むだけで何も言い返せない。しかし大男二人の無言の睨み合いから空気が張り詰めていき、二人の対立を感じ取ったケラはすっかり委縮してしまう。彼も一応四級狩人ではあるのだが、元来の気の優しさと、純然たる力ではブラゼに劣る故、気後れしているのかもしれない。そんな緊迫した空気に気付いていないのか、スバキの声には一切の緊張が無かった。


「んー。まぁ、試験官の方もこうおっしゃってることですし、有難い申出ですが、私も教わりながら試験本番での実践となると正直厳しいですし……今回は自力で頑張ってみようかと思います!」


 有難い申出という一言が効いたのか、ブラゼはルハナから視線を外し、表情をだらしなく和らげた。


「そうかそうか。いや新人のくせに中々の心構えじゃあねーか。まあ、試験の後に教えて欲しいことがあれば、いつでも俺んとこに来るがいいさ」


 そうしてその場は上手く収まった。


 組合の建物からケラが受験者達を引率する中、最後尾を歩いているスバキにルハナはそっと近づいた。彼女と並んで歩きながら、ルハナはケラのすぐ後ろについたブラゼ達を見やる。聞かれないくらい離れていることを確認すると、前を向いたまま抑えた声でスバキに話し掛けた。


「狩人組合では頼めば実力の伴った教官狩人をつけてもらえる。値は張るが身元もしっかりしているし、他人に教え慣れている者達ばかりだ。教えを乞うならば、そういう者達が良い」


 試験官として受験者同士の会話に極力関わるべきではないという考えと、ルハナが己に課している清く正しく在るべきという信念がせめぎ合った結果での行動だったのだろう。スバキも前を向いたままルハナの言葉を聞き届け、少しの間を置いてから左手で帽子のつばを摘み、会釈するように深くかぶり直した。お気遣いどうもという彼女の声は、どこか楽しげであった。

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