Ep2:「出会い」

村長宅からの帰り道。レンは石ころを蹴りながら自宅への帰路を歩いていた。


夕陽は沈み、村は薄暗くなり始めていた。


「俺の思いは言い切った。あとは待つだけ…待つだけ…」


まるで待てない子供のような心を必死でなだめながら歩く。


「待つだけ…待つだけ…待つ待つ待つ…ブツブツ」


その時だった。


「てぇへんだぁーー!!てぇへんだぁーー!!!」


田舎の猟師が、”大変だ”を、田舎の猟師の様な言い方で叫んでいた。


村人達全員が何か何かと外に出てきて、声のする方へと目を向ける。


すると一人の猟師がものすごい形相で走ってきた。


「てぇへんだ!い、今よ、狩りにいった後、海でも見ながら帰ろうとよエギルの海沿いに歩いてたらよ!」


猟師は続ける。


「海によ!人が浮いてたんでぇ!仰向けで!んでもよ、怖くてよ!急いで帰ってきたんでぇ。」


「村長はどこでぇ!」


-------


猟師はショウに同じことを説明した。


「なんだと…!?」


驚いた様子を見せるもすぐに冷静を取り戻し猟師に案内を頼んだ。


「こっちでぇ!!」


そのまま村人ほぼ全員が猟師についていき、エギルの海へと到着した。もちろんレンも例に漏れずついてきていた。


海に着くと確かに、沿岸から約80メートルくらいの海面に、微かに人が浮いているのが見えた。


「結界より奥…?」


ショウはそう呟く。


「いや…おそらくあの距離、”防域”より外だ。」


ガンがそう答える。


「”防域”??!あ、ありえない!なんで…!」


「な、なんだなんだ!?」


住人たちを押しのけレンが前に進み出る。


住人たちの目線の先に海に浮かぶ人影がある。


「え、なんでみんな見てるだけなんだよ!助けろよ!」


今の状況に納得ができないレンはそう言い放つ。


しかし住人たちは動けない…


「レン。あそこは結界の外だ。いや、それ以前に防域の外だ。私たちはいけないんだよ。あそこまで。」


ガンが言った。


「いや意味がわかんねぇ!…行けば分かるさ…!!」


そう言うとレンは靴を脱ぎ海へと向かって走り始めた。


「まっ!待てっ!くっそ…!誰か!レンを捕まえろ!死ぬぞ!」


ショウの声に気づき、住人たちが決死の形相でレンを捕まえにかかる。


しかしさすがの運動能力。


一瞬ではあるが追いつけずレンは海に入ってしまった。


「うわっぷ!しょっぺぇ!!!なんだこれ!!!ウェ。」


そう言いながらも前に進む力を緩めない。


「レン!!レン…!」


必死に呼びかける声に見向きもしないレンを見てショウの目には涙が浮かぶ。


ショウだけではなくこの事態の危険性に皆一様に慌て、必死にレンの名前を呼んでいる。


その時、一人の村人が浮いている人物の方を指差し叫んだ。


「お、おい!!あれ!」


指をさした先には海に浮かぶ人物。ではなくその横から出ている泡。


泡が水の中からとめどなく出てくる。


さらに勢いを増していく。


泡はその量を増やしていき噴水の如き勢いで噴出した。


流石のレンもこの事態に泳ぐのをやめ、吹き出る空気の泡の方を見つめる。


「ま、魔物だ!レン!戻ってこい!」


住人の一人が叫ぶ。それをきっかけに再び他の住人も一斉に叫び始めた。


「なんだこりゃ。」


皆の声を無視して目の前の異様な光景に目を取られるレン。


「魔物…?この感じ…違う…」


ショウはそう呟く。


そしてそれは現れた。


吹き出る泡は止み、それと同時に下から長い”何か”が飛び出してきた。


「…」


何かを悟り呆然とするショウ。


「うわっ!!」


その”何か”が出てきたときの衝撃で、浜へと戻されるレン。


「レン!!」


住人達やガンがレンに駆け寄る。


その”何か”は海に浮かんでいた人物を頭に乗せこちらをじっと見つめている。


まるで蛇の様に長いその体を水面から出している。


その太く大きな体から、水上に出ている部分はほんの少しであると推察できる。


その体は煌めく蒼い鱗に覆われ、神々しさを感じさせた。


顔は装飾の様なヒゲやまつげと思われる物で飾られ、しかしその装飾の輝きに負けず、蒼く輝くその瞳は全てを見透かしているかの様な瞳だった。


「海神リヴァイアサン…」


後ろでショウが小さく呟いた。


「か、カイシン…??」


そう言いながら再度リヴァイアサンと呼ばれる物体に目を向けるレン。


しばらく沈黙が続く。


リヴァイアサンは何もしない。


そのリヴァイアサンを刺激しないように慎重になるレン達。


先に動いたのはリヴァイアサンだった。


リヴァイアサンが大きく口を開けた。


「くるぞ!皆備えろ!!」


ガンが叫ぶ。


次の瞬間、大きな咆哮と共に蒼白い光が周りを包む。


光が収まり皆が状況を確認する。


「だ、大丈夫か?!怪我は!?」


しかし、状況は咆哮が響く前と何一つ変わっていなかった。


「な、なんだ??何をされた。。。?」


レンが呟く。


「…結界を…結界を剥がされた…」


全てを諦めた様な顔をしてショウが呟く。


その一言に青ざめる一同。


しかしまたしても皆の予想は裏切られる。


リヴァイアサンは何事もなかったかの様に踵を返し帰っていったのだ。


「・・・」


凄まじい勢いで海へ潜っていくリヴァイアサンを目で追うも、誰一人として体は動かなかった。


また5分間(レンの感覚)ほど誰もしゃべろうとはしなかった。


まさに"圧倒"された。


砂浜には嵐が過ぎ去った後のような静さが残り、聞こえてくるのは島にいる動物の鳴き声が時折。

そして砂浜に打ち付ける弱々しい波音だけだった。


しかし、住人の一人がその沈黙を破る。


「お。おい!こいつ!!?」


住人が指差し向いている方向を見る。


「この子は・・・リヴァイアサンの上にいた子じゃないか??」


「まてっ!!そいつに近づくな!!」


聞こえてきたのはショウの声だった。


「そ、村長」


その目は何かを恐れ必死だった。しかしショウは腰が抜けたのかその場を動けずにいた。


「ま、まず、この場にいる全員、怪我はないか??いなくなった者たちはいないか??!!」


必死にそう聞いてくるショウに対し住人たちは一瞬うろたえるがすぐさま状況を確認し始める。


「だ。大丈夫だ村長!!誰一人いなくなったりしてねぇし、怪我もしてねぇ!!」


「そうか・・・」


ほっと安堵の笑みを浮かべるショウ。


「おい!そいつをほっとくなよ!すぐに手当てしなくちゃ死んじまうかもだろ!!」


レンが叫ぶ。


「だめだ!あのリヴァイアサンと一緒にいた奴だぞ!意識が戻ったら殺しに来るかも--」


ショウは何かに怯えているようにそう言った・・


「何言ってんだ!そもそもあのデカブツはそんなに恐ろしいやつなのかよ!何もしなかったじゃねぇか!」


「お前は知らなくていい!!これは俺たち長の家系の問題だ!!」


「じゃあなんだ、このままほっとくのか??!こんなずぶ濡れのまま!この浜辺に!!」


「・・・」


一瞬沈黙が流れる。


「いや・・・殺す。この場で息の根をとめるんだ。」


その一言に一同固まる。


村の総勢は約100人。代々続いてきたこの村は、昔はそれなりに村民も多かったのだが今では徐々に少なくなり、

2,3人たどれば親戚、なんてことも少なくないほどになってきた。


その中で、"結界"に守られ過ごしている住人に”人を殺す”という概念がないのだ。


確かに村を脅かす存在かもしれないが、村人の誰一人として彼を殺すという考えを持つものはいなかった。


「なにしてる!はやく・・・」


「ショウ!!」


ショウの近くにいたガンが大声をあげた。


「冷静になれ!!結界は今、壊されているんだぞ!!!!」


その声にハッとするショウ。


その瞬間、森や海から聞こえ始める異音。鳴き声。


「け。獣・・・魔物だ!!」


村人たちがパニックになり叫び始めた。


「くっ・・・!」


対応しようにも腰が抜けて立てないショウ。


「皆!!!落ち着け!!」


またしてもガンが普段らしからぬ声を上げる。


その声に驚き動きが止まる村人たち。


「ここでパニックになってどうする!死人や怪我人が出るだけじゃないか!」


「まず村に戻るんだ!固まって動きなさい。戦えるものは戦えないものを囲み村に戻れ!」


村人たちは先ほどとは打って変わり団結し始めた。


「ここは俺とショウに任せろ!すぐに結界の準備に入る!」


「村に戻ったら柵を閉め魔物に備えろ!あと・・その子も忘れるな!!治療してやれ!」


そう叫ぶガンの目線の先にはリヴァイアサンと共にいた者の姿があった。


「な!!何言ってる!!兄さん!!そんなこと--」


ガンはその言葉を制止した。


「ナイスだガンさん!!」


ガンに向けて満面の笑みを浮かべるレン


「なーにしてるレン!!お前も戦えるだろ!あの村を守るのはだれだ!!」


「俺に決まってんじゃねぇか!この俺様に!!」


「うぉい!!このスットンキョウがっ!!てめぇには笑いを叩き込まねぇとなぁっ!!」


「ははっ。笑いもわかんぇけど教えてくれよな!聞きたいことたくさんあるんだ。ショウが全然教えてくれねぇからさ。」


にぃと笑ったレンは皮肉っぽくそういうと、彼を担いだ。


「あぁ教えてやるとも。俺たちの家で待ってなレン。」


「えぇ!!?本当!!」


「あぁ本当さ。」


またしても大きな笑みを浮かべたレンは、担いだ彼とともに村人と村へと帰っていく。


「ちょ、ちょっと兄さん!!何言ってる?!」


「いいんだ。もう。俺は今何かを感じている。これはリヴァイアサンと一緒にいたあの子にか・・?いや、違う。レンに対してだ。俺は全てを話すつもりさ。そしてあの子はこの村を出るんだ。」


「そんなこと!!させるわけないだろ!」


村を行くレンの声が聞こえてくる。


「この村を守るのは、俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ俺様だ!!!」


「少し違うんだがなぁ・・・」


その声が聞こえてくる方を見つめているガンの瞳は少しうるんでいるように見えた。


ー兄さん?泣いているのか・・?ー


その瞬間後ろから魔物の咆哮が聞こえる。


「ショウ!!さっさとその腰を直せ!いつまでも座ってるわけにはいかないぞ!」


「あ、あぁ!わかってる。それより兄さんこそ久しぶりに一から結界を作るわけだが、行けるのか・・・?」


よろよろ立ち上がりながら皮肉っぽくショウが答える。


「そんなよろよろしている奴に言われたかぁねぇぞ!」


そう言いながらガンは目の前の魔物を"魔法"で倒した。


「やるなぁ。何度も村を出ようとしたその力は伊達じゃないね。いつも弱いフリしてさ。」


「男ってのはなぁショウ。いざというときに強いと惚れられやすいんだぜ。」


「ハイハイ。あっそ。」


棒読みで答えるショウ。


「反応悪いなぁ。。。」


明らかにしゅんとなるガン。


「・・・・・兄弟としては惚れてるよ。馬鹿兄貴。」


それを聞き満面の笑みを浮かべるガン。


「んじゃぁ行くぞ。兄弟!」


「あぁ!」


眩い光が2人を包み徐々に広がっていく。

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