第1章:禁断の森「ソーン樹海」
Ep1:「掟」
その日はとても綺麗な夕焼けだった。
空には鱗状の雲が並び、夕陽の光を浴びてその美しさを助長していた。
ある村から少し離れた場所、綺麗な海が広がるその砂浜に一人、青年が横になって空を眺めていた。
その日は特に用事もなく、日がな一日中寝転んで空を眺めていた。
ふとお腹が空けば狩りに出かけ、取ってきた獲物を砂浜で調理して食していた。
ふと気がつくと周りは夕焼けに染まり、もうすぐ日が落ちようとしていた。
青年は徐に立ち上がり、目の前の一本の木が刺さっている不自然に膨らんだ砂山を見つめた。
「今日で18歳だよ。親父。…そろそろいくな。おれも…」
悲しそうに、しかし力強く呟いた。
ふっと気が抜けるように肩の力を抜いたかと思えばすぐさま意気揚々と海とは逆の方向へと向かい始めた。
"四角い箱"を手に、徐々に足取りは早くなっていく。
「決めたんだ…決めた!」
そう呟いたあと、ついに速度はトップを迎えた。
そのままの速度で村の入り口を通る。
魚屋のおばちゃんに声をかけられるがそのまま通り過ぎ自宅の扉を思い切り開く。
事前に準備していた大きなカバンをひったくるように掴み扉を出る。
‐こことも、もうお別れだ。‐
少し悲しいような気持ちもあるのだろう。
鼻がツンとする。
でもそれ以上に今は心が躍動している。
‐新しい世界を見るんだ。‐
その異様な急ぎ様と大きなカバンを見て、村の住人という住人が彼を呼び止める。
だけど止まらない。あと少しで入り口…
しかし
「待てえぇい!!」
ドスのきいた声とひょろひょろした体の男が、目の前にいきなり現れた。
「えっ!?」
勢い止められずそのままぶつかるが…
「バッ!」
そう言いながら10メートルほど飛ばされたのはヒョロガリの男だった。
しかし青年も勢いあまりこけてしまう。
「くっ」
急いで体制を整えようと立ち上がるが目の前には住人という住人。総勢100名。
「おーおー…よくもまあこの時間にこれだけお集まりなさったな。暇人どもが!ほぼ全員じゃねぇか!!」
そう言い放つとそのままジャンプをして住人の上を飛び越えようとする。
「なっ!」
住人たちは皆一様に彼の凄まじい身体能力に驚いた。
しかし。
「待てえぇい!!!!」
またしても彼の目の前にはドスのきいた声にひょろひょろの体があった。
「なにー!!!??」
そのままぶつかり飛ばされるヒョロガリな男。そして勢いが相殺され落ちていく青年。
.....
青年は脱走に失敗したのだ。
そのまま村の中央にある大きな家へと運ばれた。
住人総出で体をロープでぐるぐる巻きにされた青年は部屋の真ん中に座らされた。
すると奥から若い、中性的な顔立ちの人物が出てきた。
「レン…」
そう言うとその人物は青年の前に胡座をかいて座った。
「今日はしっかり話すか。なあレン。」
その人物はゆっくりとそう発言した。
「ショウにはわかんないね。俺がこの村を出て行きたい理由も、この村の掟が馬鹿げたものだってことも。さっさと縄をほどいてこの家から出してくんねぇかなぁ?」
レンはそう言いながら目の前のショウの顔に詰め寄った。
「!!?」
一瞬何が起きたのかわからなかった。
「ぐっ…え?えっ?!」
「もう一回やろうか?」
殴られたのだ。ショウに。手で。しかもグーで。
「ま、まままま、まって!痛って…やばいやばい…」
狼狽するレンを無視してショウは手を高く上げる。
「わわわっ!わかった!わかった!話す!」
レンが諦めそう言うと、ショウはゆっくり手を下ろした。
ーちびった。本当にちびった。ビビっただけじゃなくて絶対ちびった。少し濡れてる…気がする…ー
「みんなはここから出て行ってください。私とレンで。二人で話したい。」
「まあ、村長がそう言うなら…」
住人は少し不満そうな顔と声を漏らしながらも渋々建物の中から出て行った。
結局最終的に建物の中には3人が残った。レンと村長のショウとヒョロガリの男。
「なんで兄さんがいるんだよ。」
ショウがそういうとヒョロガリな男はそのドスのきいた声で話し始めた。
「なんでっておめぇ。俺がいなかったらレンは逃げてたろ?それに俺は親代わりや。リンとディズにしっかり託されてる。」
ヒョロガリな男はそう答えた。
「…けどその前にまずはレンと私で話がしたいんだ。兄さんは育ての親でも、私はこいつを兄弟だと思ってる。まずは二人で話したい。」
村長がそう言うと、大きくため息をついたヒョロガリな男は渋々家から出て行った。
「さて」
仕切り直しと言わんばかりにレンをじっと見つめながら村長は切り出した。
「まずは理由を聞こうか。レン。察しはつくが。」
そう切り出した村長に間髪入れずレンは答えた。
「だろうな。みんなの対応が事前に知ってた風だったし。」
その通り、ショウによって住民全員に知らされていたのだ。レンがこの村を出ようとするはずだから、と。その時が来たら止めて欲しいと、伝えられていた。
「ショウはさ。ガンさんから俺の親父の話を聞いてどう思ってた?なにも感じなかったのか?」
そのままレンが続けた。
「そうだな。ディズさんとは小さい頃少しお世話になったこともあるし、お前とは仲良かったから気になる部分は多少あるよ。」
ショウはそう答える。
「なら!」
食い気味でレンは反応した。
「でも、それとこれとは別。私はこの村の長の家系に生まれて、どうしようもない兄に変わりこの村を守り、先の未来へとつなげていく義務がある。色々制約はあるだろうが、代々脈々と受け継がれてきたその掟を簡単に私の代で壊すわけにはいかないんだよ。」
しょうがない…と言わんばかりの声でそう答える。
「それにだ。何度も言ってる…あまり言いたくないんだが、お前の親父さん…ディズさんは死んだ。まぎれもない事実だ。」
重苦しく答えるショウはじっとレンを見つめながらそう話した。
「信じない。」
レンはそう呟いた。
「お前なぁ!」
まるで聞き分けのない弟のような目の前の男にショウは苛立ちを覚える。
「仮に!」
レンは勢いよく立ち上がって叫んだ。
「死んでいたとしても!自分で確かめたいんだ!自分の!この目で!」
次はレンがショウをじっと見つめながら力強くそう答えた。
「…だから精霊の石碑へ行こうとしたのか?」
「そうだ。」
なおも強く答えるレンを見てショウは少し微笑んだ。
「それだけじゃないだろうに。どちらにせよ…だめだ。行かせられない。」
「ショウ!!!」
納得してくれないショウにレンはイライラして声を荒げた。
「レン」
入り口の方から声がした。
「が、ガンさん…」
入り口にはヒョロガリなガンが立っていた。
「俺もな。昔はな、この村を出ようとしたもんだよ。ショウだってそうだ。けれど知ってるだろ。外にゃあ魔物だっている。巨人だっている。話が通じりゃあまだましだ。奴らはただ物を壊し生き物を殺し食べ喜んでいるような連中だ。話なんて通じない。」
ガンはつづけた。
「俺はお前とショウを小さい頃から見てきた。血は繋がっておらずとも本当に自分の子供のように思っとる。お前には自信があるのだろう。まさにディズさんの青年時代まんまさ。」
少し目がきらめいたかと思うと徐々に声が震え始め、ついには泣き始めた。
「お前にゃあわからんだろうけどもな…自分の子供が傷つくのはな、たとえ紙の切れ端で手を切ろうとも嫌なもんさ。ましてやなにがあるやもしれぬ村の外に出そうなんて思えるはずもないだろう…?」
消え入るような声でそう言ったガンの顔はクシャクシャだった。
「それでもいつかは親離れしていく子供を、いつかは来るもの、と思いながら生きてる。まさに子離れ出来ていないのは俺の方かも知れん。
けれどそれは村の中での話。外に出る出ないなら話は別だ!」
必死に訴える彼を二人は黙ってみていた。
「レン。お前の気持ちもわかる。今さっきも言ったが俺だって若いころは何回もここを出ようとした。そのたびにディズさんや当時の村長、、、親父に止められたもんさ。」
「俺はディズさんに憧れ、親父に嫌気がさしたからこそ、この村を出たかったのに、元凶のディズさんに止められてそりゃ意味が分からなかったもんさ。
そりゃ今の俺からは想像もできないだろうが、それはそれはイケメンな男だったんだぞ?筋肉隆々でな。
だけどその時にディズさんに言われたのさ。この村はだれが守るんだ、ってね。
言ってやったよ。俺だ俺だ俺だ俺だおれry」
そう答えるガンはすでに泣いてはいなかった。妙にやりきったような顔で窓の方に向きながらさらに続けた。
「だからな。レンはこの村の最年少だが、いい歳だ。結界にだって穴はある。いつ外から脅威が来るかもわからない。
さぁ、その時が来たらだれがこの村を守るんだ!?」
目をキラキラさせながらレンに向かいそう聞いた。
「まぁガンさんの言い分もわかるよ。」
レンはそう答える。
「え?」
裏切られたような顔をするガン。
「でも俺は若いんだ。だからこの村を出たい!!」
問答無用と言わんばかりにレンは大きな声でそう叫んだ。
「話聞いてた・・・??」
「出たい!!!」
「すごい感動する流れじゃん。」
「じゃあ行ってくるから!!」
そのままレンは出ていこうとする。
「待て待て待て!!待って!ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!!またんか-」
レンを止めようとガンが声を上げた瞬間、ガンの頭は床にめり込んでいた。
「・・・・・」
ショウはたった今振り下したその拳を上げた。
「え・・・?」
何が起こったのかわからなくなるレン。
「真面目な話をしてるんだ。少し黙ってくれないか兄貴。」
「大丈夫。もう黙ってるよ。」
レンは言った。つもりで心の中で言っていた。
そしてそのままレンの方に向き…
「い。いや!!おれは真面目だよ??!」
必死にレンはそう言った。
「座れ。」
力強く言い放つショウの顔に、優しさという感情は微塵も感じられなかった。
「で、でも用事思い出して…さ。そ、その村一番の美人の五里美とご飯の…」
「・・・なら一旦手足でも折って動けなくしてやる。」
「・・・え?」
ショウがレンにゆっくりと近づいてくる。
「ま!!!待って!!冗談だって!?ねぇ。ねぇ!!」
ゆっくりと近づくショウに必死に説得するレン。その時後ろからガンの声がした。
「・・・その心意気・・・惚れた。。。!」
またしてもガンは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた
珍しく感情を表に出すガンにレンもショウも動きが止まる。
「どんなことがあろうとも自分の意志を曲げない。ディズさんまんまじゃないか。思い出すよ。思い出す!!グフゥ」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらも力強く必至に言い放つガン。
呆気に取られる二人。
「レン。お前ならやれる。やれるさ。」
まっすぐな瞳でレンを見つめそう言い放つ。
「よし、俺がゆるす。行ってこい!ディズさんのように。シンイ…」
話している途中でショウの攻撃によりまたしても顔が床にめり込むガン。
今度は穴が空いて割れた床の端に血が付いている…ように見える。
「話が進まん。兄貴はそこで寝てろ。」
「…」
それを黙って見守るレン。
ーこれは…この村から出ることはできないのではないか…?いや、そもそも今日で終わるんじゃないか…?死ぬんじゃないか?よしんばここで免れてもその後俺にこの村を出て行く勇気があるのかっ??!ー
汗ダラダラで顔だけが埋まったガンを見て、そして、ゆっくりと近づいて来るショウを見て。
ガンを見て。
ショウを見て。
ガンを見て。
ショウを見て。
…死ぬぅ。と、ふと声に出てしまう。
「あぁ?」
ショウはそう言うと元の位置にドカッと胡座をかいて座った。
「ぇ…?」
「次に話を逸らそうとしたら終わりだ。話を進めるぞ?」
「はい。どうぞ。」
ー終わり…とは??ー
必死に絞り出した声はヒョロヒョロした声だった。
「まあいい。とりあえずは…」
ゆっくりとショウが話し始めた。
「いいか。今さっき兄さんが言ったように、私もお前がこの村をを出て行くことに、根っこから全部反対してるわけじゃないんだ。けど、この村の長として、そして…お前の身を、心身を考えた時に私は…どちらを取ればいいのかわからなくなっているんだ。だから待って欲しい…結果を出せるまで。それは私だけじゃなく兄さんや村のみんなもそうだ。その結果行かせないって結果も大いにある。わがままであることはわかっている。この閉鎖的な空間を作り出してしまったのは他でもない、私たちの過去の英雄たちだ。」
ショウは自身の心境を述べた。
「…英雄なんて言い方するなよ。戦犯じゃねぇか。本当に村人を守りたかったから結界で村を囲み、外に出さないためにこんなルールを作ったのか?」
レンはショウに聞いた?
「俺は15代目村長だが、この代まで続いた村やそのルールを作った初代やこれまでの村人たちは紛れもなく英雄さ。」
ショウは続ける。
「先人たちの意図はわからない。がその結果15代まで続く歴史を生んだ。年々人口は減っては来ているがそれでも続いているんだ。」
ショウは俯きながらもそう答える。
「兄さんが答えたように、外には意思疎通もできないような魔物ばかりだ。巨人の存在も脅威でしかない。結界だってたしかに完璧ではない。いつ破られ魔物たちが侵入してくるかわかったもんじゃない。」
噛み締めるように呟くショウ
「でもそれじゃあ、徐々に減っていく村人を見ているだけで何もしない村長じゃないか。」
レンが続ける。
「それでいいのか?自分の代で掟を壊すのは…って考えるんじゃなくて、自ら掟を壊してこの先の命を助けるって考えはできないのか?仮に魔物の脅威が迫るんなら、それを守るだけの力を手に入れるために何か行動すべきなんじゃないのか?いつまでもこのままじゃ、保守的にしてるだけじゃ何も変わらない…改善はしないぞ!」
レンは少し息切れていた。
それを聞いたショウは少し目を見開きそしてまた俯き、なにかを考えていた。
「お前の思いはわかった。げとさっきも言ったように少し考えさせてくれ。」
その声に力はなかった。
「今日はもう遅い。もう日も落ちたか…帰って飯食って寝ろ。早い内に回答する。」
そう言われたレンは何も言い返さず踵を返し部屋を出て行った。
「どんな心境だ…?」
ガンがいつのまにか起きてショウに尋ねた。
「…揺らいでる…凄く。この現状に不満しか無いんだよ。私だってさ」
それを聞きガンはため息をついた。
「素直じゃないな。」
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