3-2

 海沿いの道路から少し入った丘の上に、千草と霞の祖父の家があった。

 思っていたよりずっと海に近いと千草は思った。多分子どものころだったからなのだろうか。両親に連れられてこの家に来た時、海からの帰り道がものすごく遠く感じられたことを覚えている。いくら歩いてもおじいちゃんの家にたどり着けなくて、坂の途中で妹が泣いて立ち止まってしまった。

「着いたよ、お姉ちゃん」 

 家へつづく階段の前で霞が千草にそう言った。階段の前に立つと懐かしい記憶がよみがえった。でもどうしてなんだろう、両親の納骨のときに訪れたときのことはほとんど覚えていない。

「おじいちゃんいるの。帰ったよ」

 階段を登り終えると霞の明るい声が庭先に響いていた。庭から見える海は陽の光を受けてキラキラ輝いている。

 あの時とおんなじ。千草はそう思った。

「きれいでしょ、お姉ちゃん。ここから見る景色」

 玄関が開いて、祖父の久弥が出てきた。

「霞、久しぶりだな」

「千草かい。こうしてみるとお母さんそっくりだ」

「おじいちゃんも元気そうだね」

「ああ、どうにかやってる。さあ、入って。おじいちゃん一人だから何にもできないが」

「大丈夫、あたしたちでやるから。ねえ、お姉ちゃん」

 千草と霞は荷物を置いてすぐに仏壇の前で手を合わせた。

「おばあちゃん、帰ってきたよ」

 霞は手を合わせながらそうつぶやいた。祖母は数年前に病気で亡くなった。

 千草は葬儀に参列できなかった。

「ありがとう。こうして千草と霞が来てくれるとは思わなかった。おばあちゃんも喜んでいるよ」

 少し涙ぐんでる久弥を見て、霞は急に老け込んでしまったように思えた。

 夕方にはサブ叔父さんが料理も持って来てくれた。テーブルの上には新鮮な海の幸が並び、親戚が集まってきた。

「久しぶりにじいちゃんも楽しそうにしているよ。ばあちゃんが死んでからずっとしょんぼりしてたから」

 サブ叔父さんが霞に近づいてそう言った。本当に楽しそうだと霞も思っていた。

「帰ってくる気はないのか。うちの民宿手伝ってくれてもいいし、映美ちゃんところのコンビニも手が足りないらしい。今は都会から来た若い男が手伝ってるけど」

「映美ねえさん帰ってきてるの」

「子ども二人連れて帰ってきた。詳しいことはよくわからないけど。お登美ばあさん口が堅くてなあ」

「それにしても、千草ちゃんは違うな。さすがに接待慣れしてる。でも、ここじゃちょっと上品すぎるかな」

 千草は親戚の人たちにお酌をして回っていた。知らない人ばかりで居づらいかなと思っていたけれど、やっぱりお姉ちゃんはすごいと霞は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る