3-1
海からの風がひんやりと気持ちいい。迷った末、壊れかけたビニールの簾を葦で出来た簾に替えた。簾を替えると、部屋の中は寛太郎が思っていたよりずっと落ち着いた感じになった。
この時期特有の線香の香りが潮の香りと混じり合って部屋の中を漂っている。
「結局戻ってきてしまったのか」
寛太郎は夏の夕暮れの景色が懐かしく感じられた。ここで夏を過ごしたことなんてないのに。
そろそろ出かける時間。寛太郎はジーパンのポケットにしのばせた携帯電話を取り出して時間を確かめた。
またこいつを持たなくてはいけなくなってしまった。といってもこの電話の番号を知っているのは一人だけ。
寛太郎がアパートを出ようとしたときポケットの中で電話が震えた。
「わかりました。今出るところです」
寛太郎はそう答えると、いつのまにか暗くなってしまった堤防沿いの道を歩きはじめた。
「ヒロ君が戻ってくれて本当に助かった」
明るい縦じまのユニフォームを着た寛太郎を見て安堵した表情で映美がそう言ってくれた。映美の子どもたちも寛太郎になついていた。
「ヒロ兄ちゃんママと結婚すればいいのに」
やんちゃ坊主のケンタが、そんなことを言っていたことを寛太郎は思い出していた。妹のサキちゃんがそんなケンタの後ろから無邪気な顔をのぞかせていた。
寛太郎がはじめてこの町を訪れたとき、民宿のおじさんに頼まれて映美のやっているコンビニを手伝うことになった。
「あんたしかいないんだ」
おじさんのこの言葉がやけに説得力があるように寛太郎には思えた。
「映美ちゃんは一人で頑張ってるんだよ。二人の子ども育てながら」
おじさんがさらに追い打ちをかける。断る理由が見つからなかった。でもその時は、きっといつかこの人たちを悲しませてしまうと寛太郎は思っていた。
寛太郎は、この町を去らなければならないのだから。寛太郎がこの町を去ろうとしたとき、ケンタとサキは目を真っ赤にして泣いていた。
民宿のおじさんも映美も寛太郎を無理には引き止めなかった。わけあってこの町に流れ着いたことはわかっていたようだから。
でもそのわけって何なんだろう。寛太郎は何度も自分に問いかけている。
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