2-7
薫はどうしているんだろう。寛太郎はふとそんなことを考えた。ここに戻ってきてから寛太郎が会ったのは、抜け殻のようになっていた隆だけ。その隆もあの時以来ここには来ていない。
寛太郎はやっと自分を取り巻く世界と自分を遮断できそうな予感がしていた。一度ここを離れたことは自分にとって良かったのかもしれない。
寛太郎はそう思った。それと同時に、新たな不安が自分の中に湧き上がってくるのを感じていた。
いったい自分はそのあと何をすればよいのか。慌てる必要はない。自分はもうこの世界から半分消えかけている。
まずは自分を完全にこの世界から消してしまうこと。
「どうすれば」
「時間だろうか」
寛太郎は自分に言い聞かせるようにつぶやく。時間が解決してくれるはず。そうゆっくりと時間をかけて。こうしているだけで。
「でも本当にそれでいいのか」
「自分のいる場所はここでいいのか」
寛太郎は何度も自問自答した。
「空虚」「虚無」そんな言葉が寛太郎の頭の中に浮かぶ。でも寛太郎はその言葉の本当の意味を知らない。そもそもこの世の中はむなしいもの。すべてが虚像の世界。
そして、自分は生まれきてからずっとその世界の中にいる。
「虚空」何もない空間。そしてすべてのものが存在する場所。広大な宇宙。
窓から漏れる明り。風の通り過ぎる音。空中を漂う埃。
世界の片隅に追いやられたこの部屋にも、何かが存在している。自分自身も含めて。
寛太郎はヘッドフォンを頭にかぶせて天上の音楽に耳を傾ける。
寛太郎の耳に届いているのは紛れもなく人間の声。タリス・スコラーズによるヴィクトリアのミサ曲。
「本当にこれで遮断できるのだろうか」
寛太郎はプレーヤーからCDを取り出して、別のCDをセットする。
アシュラの「ニューエイジ・オブ・アース」反復しながら複雑に絡み合った電子音が、寛太郎を新しい旅へと導いていく。
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