2-4

 簾が風に揺れている。寛太郎は、まるで抜け殻のようになってしまった隆を見ていた。

 隆は寛太郎が海辺の町に行っていた間に起こったことを、ポツリポツリと途切れながら話した。

「どうすればいいのかな」

 隆が寛太郎にこう言ったとき、寛太郎は隆が答えを求めていないことをすぐに感じ取った。

「自分もこんな感じだったのかな」

 寛太郎は寒かった冬のこの部屋で過ごした時間を思い出している。

 沈黙が二人を包んでいた。窓から入ってくる風が心地良いと寛太郎は思った。決して重苦しいわけではない。

「どうして戻ってきたんだ」

 それはここに帰ってきてから、寛太郎がずっと自分に投げかけてきた言葉。

「どうしてかなあ。でも、戻らなくちゃって思ったんだ」

「ただそれだけ」

「それだけか」

 隆の口元がかすかにゆるんだ。

「すっかり忘れていたんだ。夢見さんのことは」

「お前が仕事辞めたこととか考えていたら、思い出してさ。そしたら突然彼女が現れた」

「とりつかれちゃったのかな」

「そんなことないさ。心の奥に隠れていただけ」

「そうなんだな、多分」

「空っぽになりたくてね」

 寛太郎が言っていたその言葉。

 霞はコンビニの弁当をはしでつつきながら、寛太郎がしばらく住んでいたという海辺の町を想像していた。

 たぶんそこではこんなコンビニ弁当でも全然味が違うのだろう。

 霞はすっかり冷めてしまった弁当をひとくち口に入れながらそう思った。

「行ってみたい」霞がかすかな声でつぶやく。

「空っぽになったの」

「それがそうもいかなくてね」

 どこにいても一人ぼっち。霞はずっとそう思っていた。自分で壁を作ってるわけでもないのに。テーブルに置いていた携帯電話が震えた。

 お姉ちゃんからのメール。

 今日のストリートはどうだったのかという内容。特に用事があったわけではない。毎週日曜日の夜には同じ内容のメールがくる。

 いつもどおり沢山の人が来てくれたと返信した。寛太郎のことには触れなかった。

 そもそも寛太郎のことをお姉ちゃんは知らない。

「よかったね」と返信が返ってきた。

 ストーカーの件はほぼ解決したようだった。人違いだったようで、ストーカーはお姉ちゃんのお店に新しく入ってきた人の友だちだった。

 お姉ちゃんは、ストーカーしていた人の知り合いの女性によく似ていたらしい。

 知り合いの女性は何年も前に死んでしまったらしいけど、ストーカーをしていた人はいまだにその女性を忘れられないでいる。

 霞にはその女性がうらやましく思えた。

 でも、一方的な思い込みなら、やはりその人はストーカーなのか。たとえ片思いでも、人と人はどこかで通じ合っている。それがわかっていれば、ストーカーにはならない。

 霞はそう思いたかった。

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