1-8
冬の海は思っていた以上に寒い。
寛太郎はカバンひとつを持って、電車を乗り継ぎ、海辺の小さな町に来ていた。
一泊させて一泊させてもらった民宿のおじさんが人の住まなくなったアパートを紹介してくれた。
話をすれば貸してくれるだろうという。寛太郎はアパートの持ち主に会いに行き、
一か月の予定で部屋を借りた。布団は民宿のおじさんが用意してくれた。
部屋に荷物を置いたあと、寛太郎は海のほうに歩いて行き、堤防から水平線をぼんやりながめていた。
「自分は逃げてきたのだろうか」
寛太郎は自問する。
「そうじゃない」
そして否定する。
自分と自分を取り巻く世界を遮断して虚無に近づくにはこれしかない。
「でも、どうして遮断しなければならないのか。虚無に近づかなくてはならないのか」
寛太郎はそもそもその答えを知らない。そうしなければと思っている。
でも、どうしてそうしなければならないのか。
自分の心の中にある大きな飛躍。溝と言ってもいい。
「神は存在する」
寛太郎は、薫とそんな話をしたときの事を思い出していた。何故あの時は確信を持てたのだろう。
あらゆる人たちの欲望や思惑が、やがてひとつの塊に収束して世界を動かしている。そんな確信。
そしてそれが神に違いない。そんな確信。
人間の心の中から生まれてきたのにもかかわらず、人間にはコントロールできない存在。その存在が寛太郎には神に思えた。
でも、こうして息苦しい都会から離れて、遥か遠くまで広がる海を見ていると、そんなものは寛太郎自身の心の迷いから生じた、ただの幻のように思えた。
もしかすると、それが虚無なのか。
砂浜でたき火をしていたおばさんたち。寛太郎は吸い寄せられるようにたき火に向かって歩いていく。
おばさんたちのにぎやかな声が聞こえてくる。
寛太郎はたき火に背中を向けて暖をとった。そんな寛太郎の存在など気にもかけずに、おばさんたちは話を続けている。
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