1-6

 コンビニのパスタは味気ない。

 霞はそう思いながら、プラスチックのフォークでパスタを口に運んでいる。

「運んでいる」まさにそうだ。

 霞はテーブルにひろげたノートにそのことを書き込んだ。

 女の子の部屋にしては殺風景な部屋。それでもそれなりに片付いているし、

彼氏が来ても問題はない。

 問題なのは、パジャマに綿入れ半纏を着て、こたつにあたりながら食事をしている自分自身なのかもしれない。

 どうして両親は霞なんて名前をつけたのだろう。霞のように霞んでしまって、誰も自分のことを見てくれない。

 平日は仕事と職場への往復でくたくたになる。どうにかもぐりこんだ会社は

建設会社とは名ばかりの工務店のようなところ。

 職場には若い社員は自分しかいない。それでも運が良かった。同じく卒業した同期生はみんなバイト暮らし。でも彼女たちのほうがずっと楽しそうにやっている。

 ギターを抱えてストリートに立っても、みんな振り向きもせずに通り過ぎていくだけ。でも今日はいい人に出会えた。

 ふと霞の頭の中にイヤな思い出がよみがえった。でも、あの人はそんな人じゃない。多分。ストーカーされて、部屋を変えた。歌う場所も変えた。どうにか仕事はやめずにすんだ。それでも歌うことはやめられない。

 今日あの人に聞かれた。

 そうあたしにとって歌うことは、生きること。生きている証。

 携帯電話がテーブルの上で震えた。霞は思わずドキッとして、画面を確認する。

 お姉ちゃんからのメール。

《ストーカーされてる》って本当だろうか。

 あの時はお姉ちゃんにはずいぶん助けてもらったけど、あたしはお姉ちゃんみたいにできそうもない。

「ねえ、ヒロさん大丈夫なの。ステーキなんて注文して。胃がびっくりしちゃうんじゃない」

「大丈夫」寛太郎は返事をしたまま考えていた。

 ストリートで歌っていた女の子にしてもそう。

 薫ちゃんにしてもそう。

 何ひとつ遮断できずにいる。

 それどころか、自分から進んでかかわっているじゃないか。

「野菜も食べなくちゃね。サラダ追加しよう」

「そんなに食べられるかな」

「まずは野菜」

「そうか」

 薫はウエイトレスを呼んでサラダを注文した。

「そうだよ」

 それから食事が運ばれてくるまで、二人とも話をしなかった。

 薫は寛太郎に聞きたいことがあったのだけれど、寛太郎が何やら考え込んでいる様子なので、声をかけられずにいた。

 いつもならそんなことおかまいなしに質問を浴びせるのに。何か今日はちがうと感じていた。

 食事が運ばれてきても、二人の会話はほとんどなかった。

 寛太郎は黙々とサラダを食べ、ステーキを口に運んでいた。

「ライスがよかった」

「ぼくがパンがいいって言ったんだ。かまわないよ」

 そう言って寛太郎はパンをちぎって口の中に入れる。

「お腹びっくりしてない」

「それが不思議なんだ。いくらでも食べられそうな気がする」

 薫は寛太郎と別れるまで、本当に聞きたかったことを聞けずにいた。それでも寛太郎が思っていた以上に元気だったので安心していた。

「ねえ、ストリートで歌っているの聞いたことある」

 別れ際に寛太郎が薫にきいた。

「やるの」

「何を」

「ストリートライブ」

「やらないよぼくは」

 薫は以前寛太郎がギターを弾きながら曲を作っていたことを知っていた。

「じゃ、おやすみ。今日はありがとう」

 今日のヒロさんはよくわからない。薫は電車の駅に向かいながらそう考えていた。

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