1-5
「神様なんているのかな」
霞がひとりごとのように言う。
正面を向いていた視線はぼんやりとしていたけれど、その言葉は彼女のとなりにすわっている寛太郎に向けられている。
「最近いるんじゃないかって」
「思うようになった」
「そうなの。あたしね。何となくだけど、そう思うの」
そう言いながら霞はギターのコードを軽く鳴らした。
「寒いとね、指先が切れそうになるの」
そう言うと霞は弦を押さえていた左手を寛太郎に見せた。
「どうして歌ってるの」
「どうしてだろう。生きているからかな」
いつもなら気にもせずに通り過ぎるはずなのに、寛太郎は足を止めて歌を聴いていた。いったいこの女の子は何に向かって歌っていたのだろう。
彼女のまわりには誰もいなかった。寛太郎が立ち止まるまで。まるで彼女を避けているように。
かわいい女の子だった。この女の子に興味を持った男が何人かいてもおかしくない。少しハスキーな歌声もいいし、曲も悪くない。ギターはもう少し練習が必要かもしれないけれど。
「あたし友達いないから」
醒めた口調で霞が言う。
「それはぼくも同じさ。ギター弾いていい」
霞からギターを受け取って寛太郎はコードをいくつか鳴らした。
そしてすぐやめた。指先がちぎれるように痛かったから。左手の指先には弦がくい込んだ痕がついて赤くなっている。
「本当に指が切れそうだね」
「あたしはタコができてるから、まだましなの」
霞はまた左手を寛太郎に見せる。
「久しぶりだったんでしょう、ギター弾くの」
「毎日弾いてないとね、すくにやわらかくなっちゃう」
霞がそう言って笑った。
「休みの日はだいだいあそこで歌ってるから、気が向いたらまた来てください」
寛太郎と霞は駅の入口で別れた。
いつになったらこの世界と自分を遮断できるのだろう。そう思いながら寛太郎は雑踏の中に吸い込まれていく。
「どこに行ってたの」
薫がアパートの前で寛太郎を待っていた。
「電話はつながらないし」
「雑踏の中にいれば一人になれると思ったんだけど」
寛太郎はつぶやくように答えた。
「そうかもね。差し入れ持ってきた」
薫は持っていたビニール袋を寛太郎に渡した。
「ちゃんと食べてるとは思うけど」
「死なない程度にね」
そう言いながら寛太郎は部屋のドアを開けた。寛太郎が部屋に入ろうとしても薫は外に立ったまま動かない。
「入っていかないの」
「何もないんでしょう。元気なのがわかればそれでいい」
確かにそうだ。人を迎え入れられるような部屋ではない。
「それともファミレスに行く」
「ファミレス嫌いじゃなかったの」
「ここよりはいいんじゃない。そんなに遠くないし」
薫は寛太郎の言葉にうなずいた。寛太郎は薫からもらったビニール袋を部屋の中に置いてからドアを閉めた。
「寒いね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます