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「ねえ、派遣とかバイトじゃないんでしょう」

 寛太郎の耳に薫の大きな声がひびく。

「何で」

「今日行ってきたの。あなたの会社」

「そう」

「そうじゃないでしょう」

 薫が何を言いたいのかは寛太郎にはよくわかっていた。

「いじめ」

「別にいじめられてたわけじゃないよ。影は薄いかもしれないけど」

「一週間も休んでるのに、誰も様子見に来ないの」

「確かにね」

「確かにねじゃないよ」

「ねえ、聞いてるの」

 電話の向こうで薫が少しイラだっている。

「いいタイミングだったよ。今日人事の担当者が来てね。ちょっとだけどお金も出るらしい」

「やめるの」

「そうなってた」

「体のいいリストラだね」

「まあね。貯金もあるし」

 薫は携帯電話を持ったままじっと考え込んでいる。薫にとっては想定外。

 寛太郎はそのことをちゃんとわかっているのだろうか。

 薫は電話を切って注文したホットサンドを手でちぎって食べはじめた。チーズがまだ熱くて火傷しそうになる。薫はペーパータオルで手を拭った。

「想定外だけど、想定内。ヒロさんだからなあ」

 そうつぶやいてカフェオレをすすった。ちょっと甘すぎる。薫はそう思いながら外を眺めた。通り過ぎる人たちはみんなコートの襟を立てて歩いている。風が冬の街を吹き抜けていく。心の中に風が吹かないように、薫は両手をカフェラテのカップであたためていた。

 クリスマスが近づいていた。今年は多分、寛太郎とは過ごせないだろう。まあ、寛太郎にとってクリスマスなんて何の意味もないだろうけど。

 今までずっとそうだったように。

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