第46話:スタンピード⑪

 ――その後、シルバーが上空に白い光を放ったことで、原因になった魔獣の討伐が完了したとアルカンダリアに知らされた。

 アルカンダリア防衛戦もヴィッジの聖剣によって戦況をひっくり返し、大きな被害もなく収束へと向かっている。

 事前に指示を受けていたヴィッジは、グレイズに断りを入れてヤタに飛び乗ると、光が放たれた場所へと全速力で向かった。


「――ルカ様!」

「ヴィッジ! 私はすぐに戻るから、ここは任せてもいいかしら? 任せるからね!」

「えっ! いや、あの、ちょっと!?」

「フェリシアから返事がないの! きっと何かあったんだわ!」

「フェリシア様から! わ、分かりました!」


 すぐに状況を理解したヴィッジがその場に留まり、ルカはシルバーに跨ると全速力でアルカンダリアへと戻っていく。

 道中では撃ち漏らされた魔獣が襲い掛かってきたが、ルカがひと睨みすると魔獣は一目散に逃げ去ってしまう。


「……フェリシア……お願い、無事でいて!」


 不安な気持ちを言葉で打ち消しながら、ルカは行きの時よりも速い時間でアルカンダリアに帰還したのだった。


 ◆◆◆◆


 ギルド本部に駆け込んだルカを見て、アニマはとても驚いた表情を見せた。


「ラ、ラッシュアワーさん!?」

「フェリシア!」

「あっ! ちょっと待って、ラッシュアワーさーん!!」


 アニマに呼び止められたものの、ルカは構うことなく二階へと上がりフェリシアの部屋を目指していく。

 そして、部屋の扉が勢いよく開けられると――


「……すぅー……ひゅー……」

「…………ね、寝てる?」

「もう、ラッシュアワーさん! リクルートさんなら大丈夫ですよ!」

「……アニマさん、どういうことですか?」


 フェリシアの寝顔を見たルカの体から力が抜け、近くにあった椅子に腰掛けると、アニマに問い掛ける。


「リクルートさんは、スキルの使い過ぎでそのまま気絶してしまったんです。でも、命に別状はないから心配しないで大丈夫なんだよ」

「……そう、だったんですね」

「まあ、いきなり返事がなくなったら心配にもなるだろうし、仕方ないわね」


 呆れた感じでそう口にしたアニマは、窓を開けて新鮮な空気を部屋に取り入れる。


「私は下で、みんなを迎え入れる準備をしますから、ここは任せましたよ」

「はい。アニマさん、ありがとうございました」

「みんなのように私は戦いに行けないからね。これくらい、どうってことないわよ」


 笑いながら優しく肩を叩いたアニマは、扉を開けたまま部屋を後にした。

 ルカは椅子をベッドの横に移動させて座り直し、気持ちよさそうに眠るフェリシアの寝顔を見ながら頭を撫でる。


「……私にとっての一番は、あなたなんだからね? 無理は、してほしくないわ」


 そう口にしたものの、無理をさせてしまったのは自分の力不足だと気づき、あまたを撫でていた手の動きが止まってしまう。

 もっと強ければ、レベルが高ければ、フェリシアに無理をさせずにヤマタノオロチを討伐できただろう。


「……私は、まだまだ弱いのかな」


 レベルが50を超えた時点でアルカンダリアではトップ10の実力を有しており、ルカが弱いなどあり得ない。

 しかし、ルカの基準はフェリシアの手を借りることなく、一人で全てを振り払えるほどの力を得ることにある。

 その領域には程遠く、行きつくにはフェリシアの力をまだまだ借りる必要があった。


「……むにゃむにゃ……ルーちゃん」

「……フェリシア?」

「……すぅー……ひゅー……」

「……寝言か」


 名前を呼ばれ、自分が弱気になっていたことが恥ずかしくなり、ドキッとした。


「……大丈夫だよ……ルーちゃん」


 そして、寝言であるにもかかわらず、フェリシアはまるでルカの心を見ているかのような言葉を紡いでくれた。


「……ありがとう、フェリシア」


 不思議と心が穏やかになり、同時に窓から爽やかな風が部屋の中を満たしていく。そして――


「お疲れ様ー!」


 アニマの声が窓の外から聞こえてきた。


「お疲れさん、アニマ!」

「今回はさすがに疲れましたね」

「「お、お疲れ様です!」」


 アルカンダリア防衛戦に参加していたグレイズ、ハウザー、ライナーとシェリアの声が続いて聞こえてくる。

 大輪の花のギルド本部に、賑やかさが戻ってきた。


「疲れたよー!」

「こら、エリリス。行儀が悪いですよ」

「お疲れ様です! アニマ様!」

「私に様付けは必要ないって、ガイズナーさん! それと、みんなもお疲れ様だね!」

「ガウガウッ!」

「ブルヒヒヒンッ!」

「キュルルルルッ!」


 エリリス、アンジェリカ、ヴィッジの声に続いて、獣魔たちの鳴き声が聞こえてきた。

 これで、いつもの大輪の花が帰ってきたのだ。


「……誰も、欠けていない。そうよ、それが全てだわ」


 窓の外から、開かれた扉の先から、聞き慣れたギルドメンバーの声を耳にして、これがフェリシアが守りたかったものなのだとルカは心に刻む。


「焦らなくて、いいのよね?」

「……ふへへへへ~」


 寝ているので聞こえているはずがないのだが、ルカの呟きに満面の笑みを浮かべるフェリシアなのだった。

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