第45話:スタンピード⑩

 アンジェリカが倒れ、エリリスも倒れた。

 それと同時にヤマタノオロチも首の数を減らし、残り一つとなっている。

 時間を掛ければ自己修復で首が再生してしまうこともあり、ルカはすでに動き出していた。


「フェリシア、大丈夫?」

『……もちろんよ! こっちの心配よりも、自分の心配をしなさいよね、ルーちゃん!』

「だから、その呼び方は止めてちょうだい」

『あはは! 照れちゃってー!』


 何気ない会話をしている二人だが、これはフェリシアが辛さを紛らわそうとしているからだ。

 そして、そのことに気づかないルカではない。


「……一気に叩くわよ」

『……もちろんだよ、ルーちゃん』


 一気に加速したルカは、両手でフェリルドを握りしめる。

 フェリガンズを失ったことで防御を捨て、全ての力を攻撃に注ぎ込む。

 一方でヤマタノオロチは全身から瘴気を噴き出し、残る本体の首からはブレスが広範囲に吐き出された。


『5分で決めてね!』

「了解」

『全能力4倍化、発動!』


 フェリシアの声を聞き、ルカの体が一気に軽くなる。

 ヤマタノオロチからすると、その姿が目の前から消えたかのように見えたかもしれない。


『――! グルゴオオガアアアアアアアアッ!!』

「遅いわね」


 熱波に晒されながらもブレスの下を潜り抜けたルカは、すれ違いざまに振り抜いたフェリルドでヤマタノオロチの胴を薙ぎ、傷口から紫色の血が溢れ出す。

 地面に触れたところで土を溶かし、同じ色の煙と共に悪臭が周囲を包む。


「血液すらも瘴気を纏っているようね。でも、今の私には関係ないわ!」

『グルガアアアアアアアアッ!』


 体を振り回すことで血液を飛散させ、周囲を再び瘴気で包み込もうと試みるヤマタノオロチ。

 しかし、ルカは構うことなく飛び込んでフェリルドを振り抜き、ヤマタノオロチを傷つけていく。

 討伐ランクSの魔獣であれば、すでに息絶えていてもおかしくはない傷だが、それでも動き回り、隙あらば一撃で殺してしまおうとするところはさすがランクSS魔獣だと、ルカは戦いながらに感心してしまう。


『……ゴゴガガ……ガガアアアアァァ……』


 だが、それも終わりだ。

 血を流し過ぎたのか、ヤマタノオロチの動きが徐々に鈍くなっていく。

 勝負を決めるため、ルカは再び懐へ飛び込み一撃を与えると、死角に飛び込んでから空高く飛び上がった。


「スキル発動――剛剣!」


 ルカの持つ固有スキル、剛剣。

 たった一撃にしか作用しないのだが、その効果は一撃の威力を10倍に跳ね上げる。

 どれだけ硬い魔獣でも、どれだけ大きい魔獣でも、剛剣の一撃によって屠ってきたルカだが、今回の一撃にはフェリシアの全能力4倍化が作用している。


「この一撃は、40倍の威力を持っているわ!」


 これで終わる――そう思っていた。


『グルゴガガアアアアアアアアッ!!』

「ブレス!」


 苦痛に呻いていたヤマタノオロチだったが、ここに至るまでの間に死を覚悟したことなど一度もなかった。

 どれだけ攻撃を駆使しても当たらないのであれば、当てられるタイミングで最強の一撃をぶつければいいと考えていたのだ。

 飛び上がっているルカには、ブレスを回避する術はない。

 40倍の一撃がヤマタノオロチを捉える前に、ブレスがルカを捉えてしまう。


「ブルヒヒヒイイイインッ!」

『ゴガガガガアアアアアアアアッ!?』


 今にもブレスを吐き出そうとしていたヤマタノオロチの意表を突いたのは、ルカの獣魔であるシルバーだった。

 周囲の魔力をひたすらに溜めていたシルバーは、ヤマタノオロチの顎めがけて一筋の白い光を放ったのだ。

 貫通はしなくとも、衝撃によって無理やり顎を閉ざされたヤマタノオロチのブレスが口内で暴発し、口の中から黒煙が吐き出される。


「ありがとう、シルバー」


 そして、黒煙の中から飛び出てきたルカのフェリルドが、ついにヤマタノオロチの首を捉えた。


「いっけええええええええええええええええっ!!」

『ゴグルゴガゲゴルガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?』


 頭蓋が粉砕され、鱗が、肉が、骨が、ヤマタノオロチを構成する全てが、フェリルドの刃によって両断されていく。

 刃が胴体に到達すると、ルカの倍以上ある大きさの体までもが首と同様に真っ二つになってしまった。

 フェリルドはそのまま地面をも切り裂き、周囲が陥没するものの、気を失っていたアンジェリカとエリリスは、すでにルークとトルソが背中に乗せて戦域を離脱していた。


「……はぁ……はぁ……はぁ……終わった、わね」


 完全に真っ二つになり、動かなくなったヤマタノオロチを見下ろしながら、ルカは大きく息を吐き出す。

 そして、体から全能力4倍化の効果が失われていくのを感じると、ルカはフェリシアに声を掛けた。


「フェリシア、終わったわよ」


 いつもならすぐに返事があるはずなのだが、いくら待っても一向にフェリシアから返事がない。


「……フェリシア?」


 もう一度声を掛けるが、やはり返事はない。

 上空を見上げると、フェニクスがクルクルと飛んでいるので次元の眼で結果は見えているはず。


「……ねえ、フェリシア、返事をしなさい。フェリシア? ……フェリシア!」


 アンジェリカとエリリスが気を失っている以上、この場を放置するわけにもいかない。

 ルカは勝利の余韻を味わうこともできず、フェリシアの無事を祈ることしかできないのだった。

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