第44話:スタンピード⑨
次に動き出したのエリリスだ。
すでに拳王スキルを発動させて身体能力が10倍になっている。
そこにフェリシアのスキルが発動されたことで、元々の身体能力が40倍に跳ね上がることになった。
「先手必勝! ぶっ飛ばーす!」
『『『『グルゴガガアアアアアアアアッ!』』』』
吹き飛ばされた三つ首の再生を優先させていたヤマタノオロチだが、エリリスの雰囲気が一変したことで脅威と判断、再生を中断して四つ首で迎撃を行う。
離れていたアンジェリカとは異なり、自ら迫ってくるエリリスを見て、全身から瘴気を放出する。
ヤマタノオロチが放つ濃い瘴気は、少量であっても体内に吸い込むと身体に影響を及ぼしてしまう。
また、吸い込まなくても1分程その中にいるだけでも同じだ。
「どりゃああああっ!」
『ゴグギャガッ!?』
しかし、身体能力が40倍に跳ね上がったエリリスの速度を、ヤマタノオロチは捉えることができなかった。
飛び蹴りが炸裂すると一つの首がくの字を描き、エリュフォーンのかぎ爪によりブチブチという鈍い音を響かせ、勢いよくちぎれてしまう。
濃い瘴気はそこに存在するだけで脅威となるが、今のエリリスによる超加速をもってすれば、侵入から攻撃、そして脱出までに一秒も掛からない。
残す首は三つあり、エリリスはこのまま全てを潰す気持ちで二度目の攻撃を仕掛けた。
「そいやああああっ!」
『グルオアアアアゲガッ!?』
加速と共に右拳を振りかぶり、再びかぎ爪が襲い掛かった。
今度も悲鳴を響かせながら首を引きちぎり、残り二つ首となる。
だが、傷を負っているのはヤマタノオロチだけではなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……なかなか、きっついねえ!」
ヤマタノオロチが放つ濃い瘴気には、強烈な強酸が含まれていた。
肌に触れるだけでも爛れさせ、悪臭を発生させるその強酸は、一秒にも満たない時間でさえもエリリスを蝕んでいる。
さらに、両手足に装備しているエリュフォーンは瘴気を放つヤマタノオロチに直接触れたことで、完全に溶けてしまっていた。
「それでも、まだまだあっ!」
両足と右手はすでにボロボロで、力を入れるだけでも血が噴き出してしまう。
そんな状況であっても、エリリスは地面を踏みしめ、全身に力を込めて、濃い瘴気が渦巻くヤマタノオロチへと突っ込んでいく。
「これで、三つ目ええええええええっ!!」
『『グルオオアアアアッ!!』』
しかし、ヤマタノオロチは残る二つの首で一気に決めにきた。
一つの首に左手のかぎ爪が引っ掛かると、傷を負うことを覚悟してエリリスを叩き落そうと首を地面に叩きつける。
背中を打ち付けたエリリスの肺から酸素が吐き出され、体内に瘴気が吸い込まれてしまう。
「――!?!?」
外からだけではなく、内からも激痛に苛まれてしまうエリリスだったが、声をあげることなく、呼吸を止めて一つの首を睨みつける。
二つ首が左右からエリリスを食いちぎろうと迫ってくると、目を見開いて駆け出した。
瘴気が肌を焼く中、エリリスは今まで以上の速さで加速し、傷を付けた首めがけて突っ込んでいく。
そして、あろうことか瘴気を発生させているヤマタノオロチに抱きついてた。
「うらああああああああああああああああっ!!」
気合いの声をあげて全身に力を込める。
腕が、足が、ヤマタノオロチの肉体に食い込むにつれて、エリリスの肌が焼け爛れていく。
それでも、エリリスは力を込めて首を絞めつけていき、ついに引きちぎることに成功した。
引きはがそうと振り回していた首からは力が抜け、その勢いでエリリスは吹き飛ばされてしまう。
「……後は、任せたよ……ルカちゃん!」
その身で大木を何本も砕きながら、巨岩に大きなヒビを作るほどに叩きつけられて、ようやく止まった。
◆◆◆◆
次元の眼から戦場を見つめていたフェリシアは、苦悶の表情を浮かべていた。
それは自分が辛いからではなく、アンジェリカとエリリスの頑張りを目に焼き付けていたからであり、自分は二人と同じ場所に立つことができないという悔しさからだ。
「どうして私は、みんなと一緒に、戦えないのかな」
机の上には汗だまりができており、目も虚ろになっている。
だが、ここで倒れるわけにはいかないと、フェリシアは自分の太ももをこれでもかと強くつねり意識を保っていた。
「これで最後よ、フェリシア・リクルート! 私にできることは、これくらいしかないんだから!」
目を見開き、声をあげて、自身を鼓舞するのだった。
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