第43話:スタンピード⑧

「三人に、全能力4倍化を発動します。順番はアンジェリカ、エリリス、ルカの順番で」

『待ちなさい、フェリシア!』


 矢継ぎ早に口にした内容を、ルカが遮った。


「……どうしたの、ルカ?」

『それはダメよ! あなたへの負担が大き過ぎるわ!』

「でも、ヤマタノオロチを倒すには、ルカだけではダメよ。アンジェリカだけでも、エリリスだけでもダメ。三人に、スキルを使う必要があるの」

『……でも、それをしてしまったら、フェリシアは!』

「大丈夫だよ、ルーちゃん」


 言葉に詰まるルカに対して、フェリシアは昔の呼び方で声を掛けた。


「ここで何もしない方が、私は後悔しちゃうもの。それに、レベルは上がらないけど、私だって成長はしているんだよ? これくらい、どうってことないわ!」

『……本当に、大丈夫なのね?』

「もちろんよ。私を信じて、ルーちゃん」

『……昔の呼び名で呼ぶのは止めてちょうだい。分かった、信じるわ』


 フェリシアの全能力4倍化は、本来なら一人にしか使用できず、経験値4倍化の効果を変化させるものになっている。

 ライナーとシェリアのレベル上げも大事だが、すでにアルカンダリア防衛戦は終わりが見えていることもあり問題はない。

 だが、無意識に発動している経験値4倍化とは違って、全能力4倍化はフェリシアの意思によって発動されるだけではなく、発動するにあたりフェリシアに負荷が掛かることになる。

 今までのフェリシアなら、一人に使用するだけでも5分維持できるかどうかというところで、限界を超えると意識を失っていた。

 それを同時使用ではないにしても、順番に三人へ使用すると言っているのだから、ルカが心配になるのも仕方はないだろう。

 しかし、フェリシアはできると口にしている。

 ならば、ルカは信じるしかないと心に決めたのだ。


「まずはアンジェリカよ! 魔法で潰せるだけの首を潰してちょうだい!」

『分かりました! 全魔力を使います!』

「その後はエリリス! 残った首で、本物以外を潰してね!」

『了解だよ!』


 二人からの返事を聞いたフェリシアは、視線を次元の眼に向けた。そして――


「全能力4倍化、発動!」


 直後、フェリシアの全身から汗が噴き出したのだった。


 ◆◆◆◆


 アンジェリカの体から、膨大な魔力が溢れ出してきた。

 全能力4倍化によって、体内に収まりきらない魔力が溢れ出したのだ。


「アンジェリカ・スターラインの名において、お願い申し上げます。その力を、私にお貸しくださいませ。精霊の王――エレメンティヌス!」


 4倍になったアンジェリカの魔力が一気に消費されていく。

 額には汗が浮かび、呼吸も荒くなっていくが、それでもエーテルハイロッドを手放そうとはしない。

 四つの宝玉が今まで見せたことのないほどの輝きを放ち、一体の精霊が具現化した。


『我を呼び出したのはお主か、人間の娘』

「はい、エレメンティヌス様。私に力を、お貸しください」

『甘美な魔力に免じて、今回は力を貸そう。あれを、滅せればいいのだろう?』

「私の魔力が尽きるまで、お願いいたします!」

『瘴気を放つ魔獣よ、我の前に、ひれ伏すがいい!』

『『『『『『『グルオオオオオオオオアアアアアアアアッ!』』』』』』』


 七つ首が大咆哮と共に黒炎のブレスを吐き出した。

 火の粉に触れるだけでも一瞬で炭化させる地獄の業火だったが、エレメンティヌスが手に持つ錫杖を一振りすると、空間が歪みブレスが消失してしまう。


「ぐうああっ!?」

『耐えろ、人間の娘よ。この程度では、あれを滅することはできんぞ?』

「……まだまだ、いけます!」

『かかかかっ! 良い眼をしているではないか! さあて、反撃といくかのう!』


 威勢よく笑ったエレメンティヌスは、次に錫杖を天高く掲げる。

 すると、頭上に金色に輝く七つの光が顕現した。


『消し飛ぶがいい――スターダスト』


 アンジェリカが四大精霊の力を借りて放った魔法スターダスト。

 しかし、アンジェリカとエレメンティヌスでは、その威力か段違いだった。

 エレメンティヌスの一筋の光が、アンジェリカの七筋の光以上の威力を有している。

 放たれたスターダストは、それぞれがヤマタノオロチの首に着弾し、地面を揺らすほどの爆発を巻き起こした。


『……ふむ、ここが限界かのう』


 そう呟いたエレメンティヌスの姿は、徐々に薄くなり、足元は完全に消えてしまっている。


『よう耐えたと思うぞ、人間の娘よ』

「はぁ……はぁ……ありがとう……ござい、ます……」


 アンジェリカの魔力はすでに限界を迎えており、エーテルハイロッドを地面に突き立ててようやく立っているという状況だった。

 エレメンティヌスのスターダストの威力を目の当たりにしたアンジェリカは、これで終わってくれと秘かに願っていた。だが――


『『『『――……グルオオオオアアアアアアアアッ!』』』』


 舞い上がった爆煙の中からは四つの大咆哮が聞こえ、その衝撃で煙が吹き飛んだ。


『魔力が足りなかったな』

「……む……無念、です」

『後は、娘の仲間に頼ると良いぞ――』


 エレメンティヌスはそう口にすると、その姿を完全に消してしまった。


「……任せましたよ……エリリス……ルカ殿…………」


 魔力が底を尽いたアンジェリカは、意識を失った。

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