第42話:スタンピード⑦

「――お待たせ」

「ブルヒヒイイイインッ!」


 一筋の白い光が、アンジェリカとエリリスの横を通り過ぎていく。

 アンジェリカのスターダストですらダメージを与えることができなかった硬い体毛を、白い光は一切の反発を感じさせることなく貫いた。


『『『グルゴガガアアアアアアアアッ!!』』』


 右の前足に感じた激痛。

 ケルベロスは、生まれ落ちてから初めての痛みを感じることになった。


「ブルフフフフッ!」


 ここに来るまでに、シルバーは額の角に大量の魔力を蓄えていた。

 その全ての魔力を凝縮し解き放ったのが、先ほどの一筋の白い光だ。


「アンジェリカ、エリリス。一気に叩くわよ」

「もちろんです、ルカさん」

「それじゃあ、スキルを開放するよー!」


 ルカは再会を喜ぶでもなく、目の前のケルベロス討伐を優先させる。

 その動きを瞬時に察知した二人も、残る力を全て出し切る覚悟で臨戦態勢を整えた。


『『『グルルゥゥ……グゴゴゴゴ…………ゴグガアアアアアアアアッ!!』』』


 一方のケルベロスも大咆哮をあげると、四肢に力を込めて何度も踏みしめ、ルカたちを真っ赤に血走った瞳で睨みつける。


「あれ? 右の前足、回復してない!?」

「どうやら、自己修復の能力を有しているようですね」

「瘴気を吸収しているんじゃないかしら。でも、一撃で仕留めれば問題ないわ」


 濃い瘴気を吸収したケルベロスの右の前足は、完全に傷を癒している。

 そして、それは同時にさらなる進化を遂げるに至った。

 胴体がボコボコと膨れ上がり、長大な首がさらに四本生え、獣でも蛇でもない顔が形作られる。

 そして、三つ首もうねりながら伸びていき、その顔を同じものに作り変えた。


「……ま、まさか、あれは!」

「……七つの首の、ドラゴン――ヤマタノオロチ!!」


 アンジェリカが驚愕し、エリリスは魔獣の名前を口にした声が震えている。

 それも仕方がないことなのだ。

 ドラゴンとは、魔獣の中でも最強種と呼ばれている存在であり、最弱とされているワイバーンでも討伐ランクAと高いランクを有している。

 ヤマタノオロチも討伐ランクSSの災害認定魔獣だが、その脅威はケルベロスを遥かに凌ぐものとなっていた。


「この魔獣を解き放てば、ヴィッジたちが守り抜いたアルカンダリアが再び危機に陥るわ。それは同時に、フェリシアにも危険が及ぶということ。私は、それを許容しない」


 しかし、ルカだけは怯むことなくフェリルドを持ち上げて、切っ先をヤマタノオロチに向ける。

 その姿は雄々しく、アンジェリカとエリリスの恐怖を吹き飛ばしてくれた。


「……えぇ、その通りですね」

「……私たちが揃えば、ヤマタノオロチでもぶっ飛ばせるもんね!」

「もちろんよ。さあ、いくわよ!」


 ルカの合図と同時に、両者が動き出した。


 ◆◆◆◆


 ヤマタノオロチへの進化を、フェリシアも次元の眼を通して確認している。

 討伐ランクSSまでは予想していたが、その中でも最強種であるドラゴンは予想外だった。


「ケルベロスのままなら、今のタイミングだったんだけどなぁ。うーん、ヤマタノオロチとなると、タイミングを見つけるのが難しくなるぞ?」


 ルカに任された大役であり、失敗は許されないフェリシアの役目。

 七つ首となれば、その攻勢は激しいものになってくる。

 それらをかいくぐり、ルカの一撃を決めるには、現地の情報がとても重要になってくるのだ。


「濃い瘴気さえなければ、次元の耳が使えるのに~!」


 三人からヤマタノオロチの詳細な情報を聞き、それを加味してタイミングを計る。


「……ね、念のために、声を掛けてみるか。……ル、ルカ~?」

『……』

「……ル~カ~?」

『……』

「…………やっぱり瘴気が」

『聞こえてるわよ!』

「ひやあっ!?」


 突然の返答にフェリシアは変な声をあげてしまった。


「な、なんで聞こえてるの!? 瘴気はどうしたのよ!」

『知らないわよ! こっちは、必死なんだからね!』

「ご、ごめんなさああああい!!」


 実のところ、ケルベロスからヤマタノオロチに進化を遂げるにあたり、周囲に漂っていた瘴気のほぼ全てを吸収している。

 それもあり、現在では魔力も満ちてきており、次元の耳が使用可能になっていた。


「ヤ、ヤマタノオロチについて、情報をちょうだい! 予想外過ぎて、タイミングが計れないのよ!」

『七つ首の内、本物の一本を倒せれば、倒せるよ!』

「エリリス!」

『ですが、特定ができません! 他の首は、倒してもすぐに再生してしまいます!』

「アンジェリカも! ……よかった、みんな、無事なんだね!」

『あくまでも、今のところわよ! フェリシア、何か策はないのかしら!』


 いつも冷静なルカの語調も強くなっている。

 それだけ余裕がなく、ヤマタノオロチが強敵だと自ずと教えてくれていた。


「……みんなが無茶をしてくれているんだもの。私も、無茶をしないとね!」


 覚悟を決めたフェリシアは、思いついた策を口にした。

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