第41話:スタンピード⑥

 アンジェリカとエリリスは、ケルベロスの三つ首が放つブレスに苦しめられていた。

 炎のブレス、氷のブレス、雷のブレスと、それぞれが別属性のブレスを放つため、一つの属性に絞っての耐性魔法を使うことができない。

 故に、身体能力向上の支援魔法のみで攻撃を回避しつつ、足止めに徹していた。


「んもー! こいつ、面倒くさいよ! 毛も硬いし、攻撃が通らないしー!」

「エリリス! 不用意に近づかないで!」

『フシャアアアアッ!』

「うわあっ!?」

「ガルアアアアッ!」

「ブルフアアッ!」

「トルソ! ルーク!」


 ケルベロスの目の前を動き回っていたエリリスは、時折懐に潜り込んで足めがけて攻撃を繰り返していた。

 しかし、硬質な体毛が衝撃を吸収してしまいダメージを与えることができずにいる。

 それでも嫌がらせ程度にはなるだろうと思い繰り返していたのだが、そこへ毒蛇の尻尾が襲い掛かってきた。

 トルソとルークが毒蛇をけん制して動きを阻害し、その隙に離脱したエリリスだったが、二匹がいなければ致命傷になり得る毒を受けるところだった。


「気をつけなさい!」

「ご、ごめん、アンちゃん! ありがとう、二匹とも!」


 声に力が入るアンジェリカ。

 魔力を温存したとはいえ、スターダストが直撃したにもかかわらず無傷だったケルベロスを相手に、どう立ち回ればいいのかを分からなくなっていた。

 エリリスもスキルを使っていないとはいえ、その打撃力は岩を軽く砕くほどの威力を有しているが、その攻撃も全く届かない。

 動きにも精彩を欠き、こちらも迷いが見え隠れしている。

 魔法耐性も物理耐性も備えているとなれば、二人にはどうすることもできない。


『――アン……エリ…………える?』


 そんな時、まるで神の啓示かと言わんばかりにずっと耳にしたかった声が聞こえてきた。

 しかし、その声は途切れ途切れになっており、はっきりとは聞こえてこない。


「マスター! 聞こえます、マスター!」

「途切れるよ、なんで?」

『……して……瘴気……』


 途切れる声から情報を精査し、アンジェリカは周囲に視線を向ける。

 フェリシアも気づいたように、魔法に精通しているアンジェリカも途切れる原因に気づいた。


『……ルカは……着する…………10ふ……えてる……』

(ルカ様の名前が出た。ちゃくは……到着? なら、10分で到着する、ということ?)


 聞こえてきた言葉から推測することしかできないが、ここで逃げろを言わないということは、ルカはリントヴルム討伐を成功させたということだろう。

 フェリシアの性格を鑑みて、アンジェリカはそう結論付けた。


「分かりました! 絶対に耐えてみせます!」

「……アンちゃん、聞こえなくなっちゃったよ!」


 エリリスにもフェリシアの声は聞こえていたはずだが、何を言いたかったのかは理解できずにいる。

 それでも、フェリシアからの報告を受けたアンジェリカの指示は的確だった。


「10分よ! それまで耐えて、ルカが来たら一気に決めるわ!」

「えっ! ……よーし、了解だよ!」


 アンジェリカの言葉を受けて、エリリスの表情にも笑みが浮かび、その動きにはキレが戻ってきた。


「地の精霊ノーム、地盤を柔らかくしてください!」

『オデ、やるねー!』


 ノームの元気な声が聞こえてくると、ケルベロスの足元の地面がぐにゃりと波打った。


『『『グルガアッ!』』』


 柔らかくなった地盤がケルベロスの重量に耐えることができずに陥没し、後ろ足が沈み込む。

 這い出てこようと前足に力を込めるが、そこも沈み込んでしまう。

 毒蛇は完全に地面に埋まってしまい、悲鳴すら聞こえない。


「動きを止めるだけですよ!」

「分かってるよー!」

『『『ガアアアアッ!』』』


 しかし、足が埋まろうとも三つ首が地上に出ていれば、ブレスという攻撃手段がある。

 炎、氷、雷のブレスが近くにいたエリリスに向かって吐き出されるが、全ての力を回避に回すことで危険な場面が訪れることはない。

 しかし、ノームの魔法もずっと続くものではなく、魔法効果が切れて地盤が固くなると、体を乱暴に振り回して土を吹き飛ばし、ゆっくりと這い出てきた。


『ごめんなんだなー』

「いいえ、十分です。ありがとうございます」


 当初、ケルベロスは二人のことを羽虫程度にしか考えていなかった。

 しかし、こうも邪魔をされ、足を止められれば羽虫から邪魔者に格上げとなり、これ以上の邪魔をするなら、手間だが殺すのも仕方がないと考え始めていた。


「ほらほーら! こっちだよーだ!」

「ガルガガガー!」

「ブルッヒヒイイイイン!」


 そんなタイミングだったからこそ、エリリスや二匹の挑発はとても有効に働いた。

 三つ首が、そして毒蛇が、その口を大きく開けて飛び掛かってきた。

 地面が砕け、木々がなぎ倒されていく。

 牙が、爪が、そしてブレスも吐き出されながら、エリリスたちが狙われる。


「鬼さんこちらー! まだまだ逃げちゃうよー!」


 それでもエリリスたちは逃げ切っている。

 一人と二匹が離れて逃げ回ることで、ケルベロスは狙いを絞れない。

 獣魔の二匹ならともかく、普段のエリリスならば途中で捉えられていてもおかしくはなかった。

 しかし、今は身体能力向上の支援魔法が発動されており、アンジェリカも魔法の効果を速度向上にのみ割り振っていた。


「あっははー! これなら、いつまでも逃げ切れそうだよ!」

「ふざけないの! ほら、次が来るわよ!」

『『『グルガアアアアッ!』』』

「おっとっとー! 危ない、危なーい!」

「こちらには毒ブレスですか!」

『ビジャアアアアッ!』


 エリリスに攻撃が当たらないと見るや、毒蛇がアンジェリカにブレスを吐いた。

 しかし、こちらはシルフの風のヴェールによって遮られ届かない。

 勝てる見込みが出てくると、こうも積極的に動けるものなのかと、二人は驚いている。

 そして、この状況を作り出してくれた本人が、ついに姿を現した。

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