第40話:スタンピード⑤

 フェリシアは次元の眼を使って、スタンピードの状況を確認している。

 アルカンダリア防衛戦に関しては、ヴィッジの聖剣が半数以上の魔獣を仕留めてくれたおかげで目処がついた。

 アルカンダリア付近を飛んでいたフェリクスは、大量の魔獣の上空を横切ってアンジェリカとエリリスを追い掛けている。


「聖剣、恐るべしだね。これなら、経費でちゃんとした聖剣を購入することも考えなきゃいけないな。……いや、それよりもヴィッジの存在をどうやって誤魔化すかも考えないといけないか」


 スタンピードの最中だというのに、フェリシアはその後のことを考えていた。

 しかし、次元の眼が捉えた異様な威圧感を放つ魔獣を目にした時、フェリシアの思考は全て持っていかれてしまう。


「……あちゃー。あれは、災害認定の魔獣じゃないのよ」


 現地にいないからだろうか、それともフェリシアだからだろうか、ケルベロスの姿を目にしても、いつもと変わらない口調で呟いている。

 だからだろうか、その思考は一度も止まることなく回り続けており、自分にできることをやろうと次元の耳に手を伸ばした。


「ルカ、聞こえる?」

『――……えぇ、聞こえているわ』


 最初に行ったのは、シルバーと共にケルベロスの元に向かっているルカに話し掛けた。


「原因になった魔獣の正体が分かったわ。討伐ランクSS、災害認定魔獣のケルベロスよ」

『……へぇ、そうなのね』

「場所は山頂付近なんだけど、瘴気を辿ればすぐに着くはずよ」

『分かったわ』

「……正体を知ってもそれだけ余裕を持てるなら、問題はなさそうね」

『そうでもないわよ?』


 普段と変わらない声音だったからこその呟きだったが、ルカからは意外な答えが返ってきた。


「……そうなの?」

『そもそも、ランクSSの魔獣を前にして、余裕がある人なんていないんじゃないの?』

「ルカがその数少ない人だと思ったんだけど?」

『私を人外みたいに言わないでよね』

「あはは、ごめんねー。……それで、どれくらいで到着できそうかな?」


 ルカがそこまで言う相手なのだと改めて理解したフェリシアは、到着時間を確認する。

 一分一秒でも遅れれば、アンジェリカとエリリスの生存確率がどんどんと下がってしまう。


『そうねぇ……10分以内では到着するわ』

『ブルフフフッ!』

「10分ね、分かった。そのことを二人にも伝えておくから、よろしく頼むわね」

『えぇ、もちろんよ。……ねえ、フェリシア』

「ん? どうしたの?」


 いつものルカならここで話が終わるはずだが、今日は彼女から声を掛けてきた。

 何事だろうとフェリシアは口を閉ざし、次の言葉を待つ。


『タイミングはあなたに任せるわ』

「……いいの? レベルを上げる、絶好のチャンスだよ?」

『私のレベル上げは、独り善がりの願望だもの。命の方が大事だわ』

「……分かった。ありがとう、ルカ」

『当然のことでしょ? それじゃあ、切るわね』

「うん」


 次元の耳が光を失うと、少しだけフェリシアはルカのことを考えた。

 自分のためにと自らを魔獣の前に晒して無理なレベル上げを繰り返してきたルカだったが、大輪の花を設立し、ギルドメンバーに恵まれてからは、過度なレベル上げをすることは無くなった。

 フェリシアはそのことを嬉しく思っている。

 だからこそ、ルカの信頼に応えるためにも失敗は許されなかった。


「……よし、次だ! アンジェリカ、エリリス、聞こえる?」

『――……マス……聞こえ……スター……』

『――……途切れ……ん……』

「どうして途切れるの? ……まさか、瘴気の影響?」


 次元の耳は、空気中に存在している魔力を利用して作動させている。

 しかし、瘴気はそんな魔力を遮るだけではなく、濃い瘴気の中では魔力自体を排除する性質を持っていた。


「ルカは10分以内に到着するわ! いい、10分以内よ! 聞こえてる!」


 フェリシアは途切れてしまうことを前提に、情報が二人に伝わるようにと何度も同じ言葉を繰り返す。


『……分か……絶……耐え…………』

「……光が、消えちゃった」


 次元の耳はもう使えない。

 ならばと次元の眼に視線を向けて状況を確認する。

 瘴気が濃いとはいえ、その外側にいれば魔法具を使用することは可能だ。


「二人は……うん、うん! 動きが変わってる、ちゃんと伝わったんだ!」


 今までは最小限の動きで長時間の足止めを想定していたこともあり、小さなダメージが蓄積していたが、今は10分後にやってくるルカに備えて力を温存する動き方に変わっている。

 ルカが合流した直後に、勝負を決めるつもりなのだ。


「三人が揃ったその時が、そのタイミングだね」


 そして、そのことをルカも理解しているだろう。

 フェリシアは10分という時間、次元の眼から視線を逸らすことは一度もなかった。

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