第39話:スタンピード④

 ――一方、アンジェリカとエリリスは、それぞれの獣魔に跨り瘴気の濃い方向へと進んでいる。

 西の森を向けたまではルカと同じルートを辿っていたのだが、魔獣がなだれ込んだことで山道が崩れてしまい、今は別ルートを進んで山頂を目指していた。


「瘴気が、どんどんと濃くなってきましたね」

「うぅぅ~。苦しいよ~」

「我慢しなさい。これでも、精霊の加護で瘴気を薄くしているのですから」


 人間は瘴気を避ける性質を持っている。

 その一番の理由としては、瘴気が人間に対して悪影響を与えることがあげられる。

 瘴気を大量に浴びてしまった人間は不調をきたすだけではなく、最悪の場合は死に至ることも多い。

 何の備えもなく瘴気の中に入っていくのは、自殺行為と言えるだろう。

 アンジェリカの精霊の加護は、その瘴気を薄くする効果を有しており、だからこそ二人は濃い瘴気の中でも活動できている。


「それにしても、魔獣もまだまだ多いのね」

「トルソが倒したがってるよー」

「グルガアアッ!」

「ブルヒヒヒン!」


 トルソだけではなく、ルークも同じことを考えていた。

 だが、今の目的は魔獣狩りではなく、スタンピードの原因になった魔獣の足止めである。

 ここで無駄な力を使うわけにはいかないのだ。


「邪魔な魔獣はヴィッジたちに任せます。私たちの目的はただ一つですよ」

「それは分かってるけどさぁ……この数だよ? 少しくらいは減らしていた方がいいんじゃあ……って、えっ?」


 分厚い雲に月が隠されている今、二人は暗闇の中を進んでいる。

 しかし、突如として眩い光が後方から放たれたことで、視界が一気に広がった。


「な、なななな、なんなのよ、あの光は!?」

「ただの光じゃないわ。あれは、膨大な魔力……それに、光の剣、かしら?」

「光の剣って……まさか、ヴィッジのスキル!」

「かもしれないわね。……なら、邪魔な魔獣は任せても問題ないでしょう」

「あははー。まあ、そういうことになるか」


 あっさりと結論付けたアンジェリカに、エリリスはやや呆れ顔だったが、それでもヴィッジのことを信頼しているのだと思えば納得できる決断だった。

 そして、それだけが理由でもない。


「そろそろ、原因になった魔獣の姿が見えるはずよ」

「さて、どんな魔獣が現れるのか、楽しみね!」

「……言っておくけど、ルカ殿と合流するまでの足止めだからね?」

「分かってるよ!」


 冷静な口調のアンジェリカとは異なり、エリリスはわずかにウキウキしている。

 ギルド本部にいた時は不安もあったが、いざ戦場に出てみれば、自分の実力を試してみたいという気持ちが不安を上回った結果だった。


「全く。これだから戦闘狂は嫌なのよ」

「何か言ったー?」

「何でもないわよ。それよりももう少し声を――!」


 エリリスに注意をしようとしたアンジェリカだったが、突如として前方から感じ取った威圧感に、全身から汗が噴き出した。

 それはエリリスも同様であり、先ほどまでの楽しそうな表情は一変し、緊張した面持ちを浮かべている。


「……これは、全力で掛かっても、足止めしかできないわね」

「……うん。トルソも、手助けしてくれるかな?」

「ガウアッ!」

「ルークも、お願いね?」

「ブルヒヒン!」


 二匹の獣魔も魔獣の威圧を受けているはずだが、アニマの調教を受けて二人に従順だ。

 そして、二人は二匹の態度を見て、絶対に死なせてはならないと決意する。


「……ルカ殿、なるべく早く駆けつけてくださいね」

「……一度、姿を隠そうか。魔獣の姿を、直接確認しなきゃ」


 エリリスの提案を受け、アンジェリカは隠蔽の魔法を発動させて全員の姿を消す。

 そのまま茂みに身を潜め、前方を凝視した。

 そして――二人は見てしまった。


「……あ、あれは」

「……地獄の番犬、ケルベロス。討伐ランクは、災害認定の、ランクSS!」


 肉食獣の三つ首に、毒蛇の尻尾を有している、ランクSS魔獣のケルベロス。

 その周囲には、可視化できるほどに濃く、膨大な瘴気が渦巻いている。

 ランクSですら、二人は単独での討伐は無理だと考えており、一緒であってもギリギリ討伐できるかどうかだと思っている。

 そんな二人の前に現れたのが、災害認定となるランクSSとなれば、死を覚悟するには十分すぎる相手だった。


「……でも、死ねないわよね」

「……もちろん。私たちには、ルカちゃんがいるからね。それに――」


 顔を見合わせた二人は、何とか笑みを浮かべて大きく頷いた。


「マスターが」

「フェリちゃんが」

「「見てくれているから!」」


 声を揃えて自身を鼓舞した二人は、アンジェリカが先手必勝と言わんばかりに精霊魔法をお見舞いする。

 足止めには十分すぎる程の威力を持つ、ブラックギャングクイーンを仕留めた七筋の流星。


「四大精霊よ、出し惜しみはしないわ! 力を貸してください――スターダスト!」

『『『『モチロン!』』』』


 金の光は様々な軌道を描き、ゆっくりと山を下っていたケルベロスめがけて殺到する。

 隠蔽の魔法を掛け、至近距離から放たれた七筋の流星は、その全てがケルベロスを貫いた。

 精霊魔法には瘴気を薄くする力があり、その力が凝縮されたスターダストには瘴気を打ち消す力がある。

 仕留めるには至らなくとも、足止めや弱体化させる効果はあるだろうとアンジェリカは思っていた。


『『『――……グルルルルゥゥ』』』

「……嘘、でしょ?」

「……無傷、なの?」


 アンジェリカから、エリリスから、驚愕の声が自然と漏れる。


『『『グルオオオオアアアアアアアアッ!』』』


 そして、三つ首からも開戦の合図とも取れる大咆哮が放たれた。

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